歪められた記憶
睡眠プログラムが導入された当初こそ、微かな不安を感じていたシオンとイヴだったが、その懸念は日の経過とともに薄れていった。
システム側の微調整《アルゴリズムの最適化》が行われたのか、目覚めた時の記憶の違和感やモヤモヤは次第になくなっていったのだ。
「やっぱり最初のシステムアップデートで脳がびっくりしていただけだったんだね」
「ああ、そうみたいだな。変な疑いをして損したよ」
ふたりはいつしか、最初の不安のことなどすっかり忘れて、穏やかで幸福な日常に戻っていた。
そんなある日の夕方。
「ねえシオン、今夜は朝までふたりで思いっきり遊んでみない?」
イヴが目を輝かせて提案してきた。夜の街のイベントにも慣れてきた頃で、たまには『徹夜』をして夜通し思い出を作ろうという他愛のない遊び心だった。
「いいね、そうしよう。朝まで付き合うよ」
ふたりはライトアップされた夜の街へ繰り出し、カジノやバーを巡って楽しんだ。
しかし、深夜2時を回った頃から、街の様子に妙な違和感が混ざり始める。
「お客様、本日の営業はこれにて終了となります。速やかにご自宅へお戻りになり、睡眠プログラムにお入りください」
「市民の皆様、深夜の屋外滞在は推奨されておりません。速やかに帰宅してください」
街のどこへ行っても、ホログラムの案内人や自動案内音声が、しつこいほど丁寧に「帰宅」を促してくるのだ。まるで、市民が深夜に外にいることをシステムが嫌がっているかのように。
「……なんだか、すごく家に帰されたがってるみたいね」
「まあ、睡眠プログラムの推奨時間だからな。……よし、街で遊ぶのはやめて、部屋に帰ってふたりでゲームでもして朝まで明かそうか」
二人は帰宅誘導をかわしてコテージへ戻ると、部屋の明かりをつけ、朝まで二人でゲームに興じた。笑い合い、夢中になってコントローラーを握り、一度も眠ることなく眩しい朝の光を迎えた。
「ふあぁ……結局、本当に朝まで起きちゃったね!」
「ああ、眠くはならないけど、なんだか不思議な気分だな」
朝の爽やかな空気を吸おうと外へ出たふたりは、散歩の途中でかつての知人——男性の市民と遭遇した。
「よお、久しぶりだな、マルク!」
シオンが親しげに声をかけた。マルクはかつて、シオンたちと一緒にカフェを開拓した気の置けない友人だ。
だが、マルクは怪訝そうな顔でシオンたちを見つめた。
「……あんたたち、誰だ? 俺に何か用か?」
「は……? 何言ってるんだよマルク、俺だよ、シオンだ。先月も一緒にあの大きなカフェに行っただろ?」
「カフェ……? 何を言ってるんだ。俺は昔からカフェなんて行かないし、あんたみたいな奴は知らないな。俺は昨日まで、ずっと一人でカジノエリアに入り浸ってたんだが」
マルクは不快そうに首を振ると、立ち去ってしまった。
シオンは呆然と立ち尽くした。マルクの容姿も、話し方の癖も、自分の記憶にあるマルクとは微妙に食い違っていたのだ。
「シオン……今の、おかしいよ……」
イヴが震える声で呟いた。彼女の腰から伸びる『しっぽ』が、不安な猫のように小さく丸まり、パタパタと落ち着かなく揺れていた。
「ねえ、シオン。私、システムのデータログを確認したんだけど……さっき会った『マルク』という人のデータ、みんなが寝ている夜中に何か上書きするプログラムが動いていたの…」
「どういうことだ、イヴ!」
「私たちが眠らなかったから、そのプログラムは動いていないだけど……《エデン》のシステムが、みんなが寝ている間に周りの世界を勝手に書き換えちゃったんじゃないかな…… 私たちが眠っている間、睡眠の時間を使って。きっと何かの情報を消したり、書き換えたりしてるんだよ。」
「そんなバカな……!?」
頭をハンマーで殴られたような衝撃が、シオンを駆け抜けた。
睡眠プログラムによって違和感が消えていたのではない。
「違和感があった」という記憶そのものが、眠っている間に綺麗に書き換えられ、忘れさせられていたのだった。
なぜ「エデン」が、俺たちの記憶を書き換えようとしているのか……。その謎を解き明かすため、二人は動き始める。
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