『睡眠』の意味
夜のイベントが始まってから数日後、いよいよ「睡眠プログラム」が全住民に適用される日がやってきた。
『これより、全市民の皆様の意識を一時的にシャットダウンし、睡眠状態へ移行させます。目覚めた時、よりリフレッシュされた状態で新しい朝を迎えることができます。ご安心ください』
シオンとイヴも、コテージのベッドに並んで横たわり、手をつないだまま目を閉じた。
強制的に訪れた心地よい睡魔に身を委ね、ふたりは深い眠りへと落ちていった——。
翌朝、すっきりと目覚めたシオンに、イヴが首を傾げて話しかけた。
「おはよう、シオン。……ねえ、変なの。昨日の夜、私たちは何をして過ごしたんだっけ?」
「ん? 昨日の夜は……確か、新しくできたカフェで……いや、あれ?」
シオンは言葉を詰まらせた。
昨日の夜の記憶が、モヤがかかったように曖昧になっていたのだ。
「おかしいな……。夜のデートをしたのは覚えているのに、そのあとの細かい記憶が、綺麗さっぱり抜け落ちてるんだ」
「私も……。ルカっていうお友達AIと話した気がするんだけれど、その子の顔も、どんな会話をしたのかも、思い出せないの」
ふたりは顔を見合わせた。
「きっと、システムアップデート直後だから、脳が情報処理に慣れていないだけだよ」
互いにそう言い聞かせ、その場は笑ってごまかした。しかし、胸の奥には冷たい小石が転がったような、モヤモヤとした不安が残り続けた。
* * *
【エデン社・中央統括本部 最上階役員室】
「……全セクターにおける第1回大規模睡眠プログラム、完了しました。全体の98.7%のデータ圧縮・再構築に成功しています」
モニターの膨大なログを見つめながら、幹部が声を落とした。老人がグラスを置き、眉をひそめる。
「残り1.3%の残差は何だね? 完璧な改ざんが行われなかったのか?」
「申し訳ありません。人間の脳ネットワークの相互干渉と、強い感情障害、トラウマや愛着を持つ個体において、改ざんデータの整合性に微小なエラーが生じております。睡眠直後に『記憶の不自然さ』を自覚するケースが報告されました」
「ふん、システムアップデートが不完全だと勘づく者が現れるかもしれないということか」
「はい。ですがアルゴリズムの自動修正は稼働しております。数回睡眠を繰り返せば、その『違和感を持ったこと自体』の記憶も上書きされますので、気付かれる恐れはありません」
「念のため、特別誘引プログラム『イヴ』の周辺データと、特異点候補の動きは注視しておきなさい。違和感を拭いきれずに『起き続けようとする者』が現れた場合、容赦なく排除するように」
「かしこまりました」




