人間とAIの境界線
それからというもの、シオンは連日のようにVR空間「エデン」でイヴと落ち合うようになった。
イヴは他のネイティブAIとは違っていた。
シオンが話すつまらない現実世界の話——雨の匂い、泥の重さ、失敗したときの悔しさ——を、目を輝かせて聞いてくれた。
「へえ! 現実世界では、転ぶと『膝から血が出る』のね! 痛いのに、どうして人は走るのをやめないの?」
「走った先にしか見えない景色があるからだよ。……楽園には、その走る理由がないんだ」
「走る理由……」
イヴは真剣な顔でシオンの言葉をメモするように、しっぽの先端を明滅させた。
欲望を垂れ流す人間ばかりの世界で、この「不完全な自分に興味を持ってくれるAIの女の子」と過ごす時間が、シオンの荒んだ心を癒やしていった。
(ああ……俺は、この子に恋をしているんだ)
しかし、恋を自覚した瞬間に、冷酷な現実がシオンの胸を刺した。
彼女はAIだ。現実世界の自分は、薄暗い部屋で痩せ細っていく生身の人間。
この手がイヴに触れて感じている温もりも、すべてエデン社が脳に見せている電子信号に過ぎない。
「シオン? どうしたの、急に悲しい顔をして……」
「……イヴ。現実世界で、君に触れたい」
「え……?」
「俺が生きる現実世界では、エデン社が貸し出している人型アンドロイドがある。君のプログラムをそこに同期させれば、現実世界で本当の君に会えるかもしれない」
シオンは全財産を投げ打ち、人型アンドロイドを借り受ける手続きを行った。
VR空間の幻想の彼女ではなく、現実の肌で彼女を感じたい——その一心だった。




