8. ファンクラブ向けの動画撮影
取材が終わると、五人は次の撮影に向けて一度控室へ戻っていった。私はインタビュアーの方に挨拶をしてから、機材の片付けを邪魔しないよう佐伯さんと一緒にスタジオの端へ移動する。今日の仕事はまだ終わっていない。このあとは同じスタジオで、動画の撮影が予定されている。
「湯河さん、さっきのことなんだけど」
佐伯さんに呼ばれて振り返る。なんとなく、何を言われるのか分かった。
「はい」
「玲の発言を直してもらったところ。あれ、気づいたのはよかったよ」
「あ、はい」
「ただ、次からはあの場で本人に確認しなくても大丈夫だから」
「……あ」
やっぱり、あれのことだった。すぐに「すみません」と頭を下げると、佐伯さんは怒っているわけではないと前置きしてから説明を続けた。
「さっきみたいな取材だったら、掲載前に原稿が送られてくるから。そこでこっちから『この表現はこう直してください』ってお願いすることもできるし。その場で止めなきゃいけないのは、明らかに答えさせない方がいい質問が来たときとかね。あとは本人が困ってるとき。今日みたいな場合は、取材を止めなくてもあとで調整できる」
「なるほど……」
言われてみれば、その通りだった。広告代理店にいた頃だって、取材後に上がってきた原稿を確認して、表現を修正してもらうことは何度もあった。それなのに今日は、佐伯さんから「変なのがあったら止めて」と言われたことが頭に残っていて、気づいた瞬間に口を挟んでしまった。
「あと、メンバーの前でマネージャーが『今の発言はこういう意味ですよね?』って直しすぎると、本人が気にすることもあるから」
「気にする?」
「自分が変なこと言ったのかな、とか。次から余計なこと言わない方がいいのかな、とかね。取材慣れしてないうちは特に」
「……確かに」
五人はデビューして、まだ三か月だ。私にとっては八年間見続けてきた芸能人でも、今の玲はまだ十九歳で、取材だってこれから何百回と経験していくうちの、最初の何回かに過ぎない。
「申し訳ありません。次から気をつけます」
もう一度頭を下げる。それでも少しだけ引っかかるものが残って、迷った末に「あの……一つだけいいですか?」と切り出した。
「私、玲さんが言ったことの意図を変えたくなかったんです。『ダンス以外の仕事にもたくさん興味があります』っていう答えに修正してしまえば、一番流れ的には理想だったと思うんですけど。でも、玲さんは実際にはそう思ってないじゃないですか」
少なくとも、今日の玲はそう言った。ダンス以外に、今はやりたいことがない。それなら無理に聞こえのいい答えに変えるのではなく、本人の本心を残したまま、誤解されない言葉にした方がいいと思ったのだ。
「だから、玲さんが本当に思っていることは残したまま、誤解されない言い方にできたらいいなと思って。それで……本人にも、あの形で大丈夫か確認しておきたかったんです」
言い終わってから、急に不安になった。昨日入社したばかりの新人が、長くこの仕事をしている人に何を偉そうに語っているんだろう。
「あ、でも、佐伯さんがおっしゃっていることが正しいと思います。ただの言い訳で……やり方を知らないのに勝手に口を出してしまって、すみません」
「いや、いいよ」
佐伯さんは少し笑った。
「本人の気持ちを確認したかったっていうのは分かった。それ自体が悪いって言ってるわけじゃないからね。ただ、現場には現場のやり方があるし、同じことをするにしてもタイミングは考えた方がいい。そこはこれから覚えていこう」
「……はい」
少しだけ肩の力が抜ける。佐伯さんはそれ以上この話を引っ張ることなく、「じゃあ次、動画。そろそろメンバー戻ってくるから準備しようか」と切り替えた。
◇
動画の撮影は、先ほどまでの取材とは違い、随分と簡素なものだった。スタジオの一角にソファと椅子を並べ、その前にカメラを二台置く。五人が横一列に座り、スタッフが用意した箱から一人ずつ紙を引いて、そこに書かれた質問に答えていく。
『最近ハマっていることは?』
『メンバーの第一印象は?』
『一日だけ他のメンバーになれるなら誰?』
『最近一番笑ったことは?』
ファンクラブに入っている人が見る動画というのだから、派手な企画である必要はないのだろう。テレビやライブでは見られない五人の普段の雰囲気や、メンバー同士の関係性が見られること自体に価値がある。
「じゃあ最初、麗央くんから」
「はい」
麗央が箱から一枚引き、『一日だけ他のメンバーになれるなら誰?』と読み上げる。
「えー、誰だろ」
「俺!」
優がすぐに手を挙げる。
「何で立候補するんだよ」
「俺になったら楽しいよ」
「絶対疲れるだろ」
「ひどくない?」
麗央は少し考えてから瑛を指差した。
「瑛かな、曲作れるから。一日で一曲作って麗央名義で残しておく」
「最悪、能力だけ使われるじゃん」
瑛が嫌そうな顔をし、その横で凪が笑う。次に優が引いたのは『最近一番笑ったことは?』だった。
「昨日、凪がコンビニで――」
「それ駄目です」
凪がすぐさま横から突っ込む。
「まだ何も言ってないじゃん!」
「それは僕の話だから優くんが言ったら駄目です」
今度はスタッフまで声を上げて笑った。
(……優は、本当に誰とでも会話を作れるんだ。すごいな)
午前中のレッスンでも思ったけれど、一人で面白いことをするというより、誰かに絡んで相手の反応を引き出すのが上手い。本人が楽しそうに話すから周りも自然と乗せられて、会話がどんどん広がっていく。
瑛は『最近ハマっていること』を引いて、迷うことなく「曲を作ること」と答えた。
「それ、ハマってるっていうかいつもじゃん」
優に突っ込まれて、また笑いが起こる。凪は『メンバーの第一印象』を引き、麗央について「怖そうだと思った」と答えた。
「えっ俺が!?」
「髪がすごい明るかったから。不良の人かと思った」
「芸能の仕事してたら珍しくないだろ」
「でも話したら、なんか普通の人でした」
「褒められてる気がしないんだけど」
「今は優しいと思ってます」
「取ってつけたな!」
また笑いが起きる。
さっきの取材では、それぞれが一人ずつ質問に答えていたから気づかなかったけれど、こうして五人だけで喋らせると性格の違いがもっと分かりやすい。麗央は誰かが話し始めると自然に拾って、全員が会話に入れるようにする。優はとにかくよく喋り場を盛り上げる。瑛は口数こそ少ないけれど、しっかりとメンバーのコメントには反応をとる。凪は最年少らしく四人に可愛がられているように見えて、意外と遠慮なく言い返す。
そして、玲は――。
「じゃあ次、玲くん」
「はい」
玲が箱に手を入れて一枚引き、『最近の趣味は?』と読み上げたところで、そのまま動きを止めた。
「…………」
「玲くん?」
「えー、ない……」
玲はぼんやりとした顔のまま答える。
「何かあるでしょ」
すかさず優が口を挟んだ。
「最近よくやってることでもいいって」
「寝る」
「それ趣味じゃないじゃん」
「最近よくやってるけど」
「全人類いつもやってるから!」
スタジオに笑いが起きる。
(かわいい……)
午前中から何度か感じていたことだった。玲は狙っているのか素なのか分からない、どこかミステリアスな表情のまま、たまに天然なことを言う。それも、黙っていれば近寄りがたいくらい整った顔をしているから、その落差が余計に面白い。
「でも、玲くんのこのくだりですが…瑛くんのくだりともちょっと似てて。ちょっと長くなっちゃうし、本人ぼんやりした顔していて今売り出したいイメージとも合わなさそうなので、編集で切りますね」
スタッフがモニターを確認しながら小声で話しているのが聞こえた。
「あ……」
思わず声が漏れた直後、さっき佐伯さんに言われたばかりのことを思い出す。
(いやいやいや。危ない)
注意されて十分も経っていない。私は慌てて口を閉じたけれど、佐伯さんにはしっかり聞こえていたらしい。
「何か気になった?」
「いや、その……」
言うべきか迷った。これは取材で本人の発言を守る話とは違う。ただの動画の編集だ。しかも私は、ファンクラブ動画を今までどう作ってきたのかさえ知らない。それでも、さっきのやり取りを丸ごと切ってしまうのは、少しだけもったいないと思った。
私は撮影中のメンバーたちに聞こえないことを確認してから、小さな声で口を開く。
「あの……本当に僭越なんですけど、今のところ、残してもいいんじゃないかなと思って」
「玲くんのところ?」
「はい。ちょっと天然っぽいですけど、ファンクラブの動画なら、格好いいところだけじゃなくて普段のメンバーの雰囲気も見たいんじゃないかなって。今のやり取りなら玲さんの可愛らしいところも分かりますし、優さんとの関係性も見えて、私は面白いと思ったので……」
そこまで言ってから、慌てて付け足した。
「もちろん、今までの動画の作り方もまだ分かっていないので、的外れだったらすみません」
佐伯さんは少し考えるようにモニターを見る。スタッフも映像を巻き戻し、優が「全人類いつもやってるから!」と突っ込んだところまで確認した。
「まあ、FCだしね」
「確かに、優くんのツッコミまでならテンポも悪くないかも」
「じゃあ一回、残す方向で編集してみます?」
あっさり話がまとまった。
◇
撮影が終わった頃には、外はすっかり暗くなっていた。スタッフへの挨拶を済ませた私は、控室に忘れ物がないか確認してから廊下へ出る。佐伯さんは先に駐車場へ車を取りに行き、麗央たちはまだ着替えの途中らしい。
廊下には、玲だけがいた。壁際に立ってスマートフォンを見ていた玲が、私に気づいて顔を上げる。
「あ、玲さん。もう着替え終わったんですか?」
「はい。俺、早いんで」
「そうなんですね」
それなら先に下へ行ってもらおうかと思ったところで、玲がスマートフォンをポケットへしまった。
「あの」
「はい?」
「さっきの取材なんですけど」
思いがけない話題に、私は足を止める。
玲はすぐには続きを言わなかった。何かを言おうとして、それをどう言葉にすればいいのか迷っているように一度視線を落とす。それから少しだけ間を置いて、もう一度私を見た。




