7. 歴史に残るWEBインタビュー
午後の取材は、若手俳優やアイドルを中心に扱っているWEBメディアだった。
レッスンを終えた五人と一緒に事務所を出て、車で都内の撮影スタジオへ向かう。運転は佐伯さんで、私は助手席。後部座席には五人が詰め込まれていた。
「着いたら先に媒体の方へ挨拶ね。そのあと衣装に着替えて、ヘアメイク。取材中は基本横について、時間を見てて」
「はい」
「質問表は昨日送ってもらってるから確認済み。たまにその場で追加の質問が入るから、変なのがあったら止めてみて」
「変なのって、どういうのですか?」
「恋愛とか、メンバー同士を無理に比較させるやつとか。まあ、この規模の取材ならないと思うけど」
なるほど、と頷きながらメモを取る。
広告代理店にいた頃も取材に立ち会うことはあったけれど、相手は企業の担当者や商品の開発者が中心だった。発言によって守らなければならないものが企業ではなく人になると考えると、同じ取材でも随分違う。
「すみません」
後ろから声がして振り返ると、凪が具合が悪そうにこちらを見ていた。
「何ですか?」
「酔いました」
「えっ」
まだ出発して十五分も経っていない。
「凪、またスマホ見てただろ」
麗央が呆れたように後ろから言う。
「ゲームしてました」
「馬鹿正直に言うなよ……そりゃ酔うわ」
「だって暇だったから」
「寝れば?」
「寝たら顔むくむ」
「酔いやすいんだから、外見てろよ」
麗央に言われ、凪は渋々スマートフォンをポケットへしまった。
「凪、これ飲んで」
佐伯さんが信号待ちの間に鞄から酔い止めを取り出し、私に渡す。後ろへ回すと、凪が「ありがとうございます」と受け取った。
「湯河さんも、こういうの覚えておいてね」
「こういうの?」
「誰が車酔いしやすいとか、誰が朝弱いとか、何が食べられないとか。現場でいちいち本人に確認しなくても動けるようになると楽だから」
「なるほど……」
(確かに、凪が車酔いしやすいのは初めて知った事実だ)
私は手元のメモの端に、小さく『凪――車酔い』と書き足した。
◇
スタジオへ着くと、五人はすぐに衣装へ着替え、順番にヘアメイクへ入った。
ここで私は、アイドルの現場というものについて一つ学んだ。
(…………長すぎる)
とにかく、準備に時間がかかる。
一人ずつヘアメイクをして、衣装を着て、必要なら髪を直して、衣装とのバランスを見て、また少し直す。もちろんヘアメイクさんもスタイリストさんも複数人いるので完全な一人ずつではないけれど、それでも五人全員が完成するまでには二時間以上かかった。
「これ、毎回こんなにかかるんですか?」
小声で佐伯さんに聞く。
「今日は早い方じゃない? MVの現場とかだと三時間くらい見とくこともあるよ」
「三時間……」
広告撮影でもタレントの入り時間が本番より随分早いことは知っていたけれど、実際にその待ち時間を最初から最後まで経験するのは初めてだった。しかも、その間ずっと全員が忙しいわけではない。途中途中で、かなり待ち時間が発生する。
優はスマートフォンを触り、凪はさっきまで「寝たら顔がむくむ」と言っていたくせにソファで寝ている。瑛はイヤホンをつけ、麗央は事前に渡されていた取材資料を読んでいた。玲はヘアメイク用の椅子に座ったまま、鏡の前でぼんやりしている。
(……この時間、結構もったいないな)
そんなことを考えてしまうのは、前職の癖だろうか。
ヘアメイクの途中だから写真や動画を撮るのは難しくても、音声のコメントくらいなら録れるかもしれない。何かの企画について話し合うことだってできる。もちろん疲れている日にまで仕事を詰め込むのは違うけれど、二、三時間あるなら何かに使えそうな時間ではある。
(……いや、二日目の新人が考えることじゃないか)
まだこの現場にとって何が普通なのかさえ知らない。効率化を考えるのは、せめて一通り仕事を覚えてからだ。
そんなことを考えているうちに、ようやく五人全員の準備が整った。午前中までスウェット姿で床に転がっていた人たちが、髪を整えて衣装を着ただけで、一気に「アイドル」になる。
(ヘメスってすごいな……)
麗央は明るい髪がきちんとセットされると華やかさが増すし、優は衣装を着ると細身のスタイルがよく分かる。瑛は長めの前髪を活かしたスタイリングが静かな雰囲気によく合っていて、凪はまだ十八歳だからこその透明感があった。
玲は黒髪を少し上げて、額を出していた。
(みんな、とっても似合う!)
こうして並んでいると、やっぱり芸能人なんだなと実感する。
◇
白ホリでの撮影がおわり、取材が始まると、私はインタビュアーの後ろに立って様子を見た。
「デビューして三か月ですが、グループとして今後挑戦してみたいことはありますか?」
最初に麗央が意気揚々と答える。
「まずはもっとたくさんの方に僕たちを知ってもらいたいです。今はライブを中心に活動しているので、いつかもっと大きな会場でもできたらいいなと思っています」
「神谷さん、いいですね。ありがとうございます。目標の会場はありますか?」
「えー……どこだろ」
「スタジアム!」
横から優が答える。
「お前が答えるなよ」
「いいじゃん、夢は大きく!」
「じゃあ、スタジアムツアーをいつかしてみたい、ということで」
「俺が言わせたみたいになってるじゃん」
スタッフが笑う。
私もつられて笑いながら、未来の光景を思い出していた。
この人たちは、本当にスタジアムへ行く。今は冗談半分で口にしている場所を満員にする日が来ることを、ここにいる誰も知らない。私だけが知っている。
「二階堂さんは?」
「僕は曲作ってるので、いつか自分の曲をグループで出したいです」
「もう作ってるんですか?」
「はい。まだ全然ですけど」
瑛が音楽の話を始めると、それまでより明らかに言葉数が増えた。
「瀬名さんはどうですか?」
「俺はいっぱいありますよ!」
待ってましたとばかりに優が身を乗り出す。
「まずダンスでは有名になりたいし、バラエティにも出たいです。あとテレビのレギュラーとか欲しい!せっかくこの仕事してるんだから、やれること全部やってみたいです」
「欲張りだな」
麗央が笑う。
「百田さんは?」
「僕は演技やってみたいです。ドラマとか」
「俳優にも興味がある?」
「あります。でもラップももっと上手くなりたいので、どっちもやりたいです」
「優と同じで欲張りだ」
麗央がここでも、取材を盛り上げるために口をはさむ。
「優くんと一緒にしないでください」
「何でだよ!」
優が不機嫌そうに凪につっこみ、スタッフから笑いが起きる。
こうして聞いていると、本当に五人とも違う。瑛は音楽、優はダンスだけに留まらずバラエティやテレビ、凪は演技とラップ。それぞれに、ぼんやりとでも「これからやってみたいこと」がある。
そして、玲に質問が回る。
「桜島さんは、今後やってみたいことはありますか?」
「やってみたいこと……」
玲が少し考える。
「今いるアーティストの誰にも負けないくらい、ダンスを磨きたいですね」
「ダンス?」
「はい」
「それ以外には? 例えばお芝居とか、バラエティとか」
「…………特にないです」
「玲!」
麗央が小さく突っ込む。
「だって、ないもん」
「何かあるだろ」
「今はダンスできればいいです」
(……そうだった)
このインタビュー、覚えている。
LYRENを好きになった私は、デビュー当時の記事まで遡って読み漁った。その中でも、この記事は妙に印象に残っていた。
後に玲は、求められた仕事を何でもそつなくこなすようになる。俳優として作品に出れば評価され、バラエティに出れば意外な発言を切り取られ、ライブや楽曲について自分から意見を出すことも増えていく。
でも、この頃は違ったのかもしれない。
「ダンスだけは、自分を表現できるので。それ以外に関しては、今は事務所にやれって言われてることをやってるだけなので……」
「玲!」
今度は麗央の声が少し大きくなった。
「だって本当じゃん」
「本当でも言い方があるだろ」
記者の人が面白そうに笑う。
「桜島さんは、あまり芸能活動そのものには興味がないままデビューしたの?」
玲は少し考えた。
「ダンス以外は、まだよく分からないです。言われた仕事をやって、そこで自分にできることをやる感じなので。これがやりたいとかは、今はないです」
「でも、もったいない気もしますね」
インタビュアーが少し残念そうに言った。
「桜島さん、デビューしてまだ三か月なのに、すでにかなりファンの方が多いですよね。ダンスだけではなく、歌もすごく上手なイメージもあって。こうしてお話ししていると落ち着いていて少しミステリアスな雰囲気もありますし、何よりすごく華があります。お芝居でもバラエティでも、挑戦してみたら案外何でもうまくいきそうですけど」
「……そうですかね」
玲はどこか他人事のように答えた。
「ファンの方も、いろんな桜島さんを見てみたいんじゃないですか?」
「………」
私は思わず玲を見る。
十九歳の玲は、本当に欲がない。それは、この記事を読んだときにも思ったことだった。
いや、ダンスに関してだけは誰より貪欲なのだと思う。もっと上手くなりたい。誰にも負けたくない。でも、それ以外のことになると急に興味を失う。自分がどう見られたいのか。どんな仕事がしたいのか。そういう未来については、まだ何も持っていない。
「では、今はとにかくダンス、という感じなんですね」
沈黙を遮るように記者の人がメモを取りながら言う。
その横で、私はふっと、先ほど佐伯さんから車の中で言われたことを思い出す。
変なのがあったら止めてみて。
(……あ。これか)
このまま記事になれば、「ダンス以外の仕事はやりたくない」とも読めてしまう。
「あの、すみません」
恐る恐る声をかけると、全員の視線がこちらへ向いた。
「今のところなんですけど……『ダンス以外には興味がない』というより、『今はダンスを一番頑張りたい』というニュアンスにしていただくことってできますか? そのままだと、ほかのお仕事をやりたくないという意味にも取られてしまうかなと思って」
「ああ、確かに」
記者の人はすぐに頷いた。
「もちろんです。原稿でもそのニュアンスでまとめますね」
「ありがとうございます。玲さんも、それで大丈夫ですか? 玲さんの本心にも嘘をつかない形がいいかなと思って」
玲を見ると、少し目を見開いた。
「…………大丈夫です」
何か言いたそうにも見えたけれど、そのまま次の質問へ進んだ。
そのあとの取材でも、私は五人の話を聞きながらメモを取った。
麗央は、グループを大きくしたいと抽象的に語る。優はテレビにも出たいし、ダンスでも注目されたい。瑛は自分の曲をLYRENで歌いたい。凪は演技もやってみたいけれど、ラップも上手くなりたい。
そして玲は、ダンス。
(同じグループにいるのに、見ている方向は少しずつ違うのかもしれない)




