↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しが27歳で死んでしまうので、マネージャーになって未来を変えます  作者: Liino
第2章 これから起こる未来を知っている、アイドル運営

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/55

41. 分かりやすい振り付け

 週明けの月曜日。

 ダンスレッスンが終わったあとの練習室に、私たちは六人で集まっていた。


「じゃあ、臨時のメンバー会議を始めます」


 鏡の前に立った麗央が、ペットボトルをマイクのように握って言った。

 五人はレッスン着のまま床に座り、私はその輪の端で資料を膝に広げている。定例企画会議は月に一回。次はまだ先だけれど、今日は玲から「報告したいことがある」と言われて、麗央が十分だけ時間をもらってくれたのだ。


「定例じゃないのに、会議室じゃなくていいんすか」

「今日の議題は、ここじゃないとできないから」


 優の素朴な疑問に答えたのは、麗央ではなく玲だった。

 タオルを首にかけたまま、壁際から一歩前に出る。


「土曜日、振付の先生に相談してきたんだけど。次のアルバムの収録曲の、サビの振りのことで」

 練習室の空気が、すっと玲の方へ集まった。


「サビの頭に、誰でも真似できる振りを入れたいって話をしたら……採用してもらえることになった。先生が少しだけ手を入れて、形も整えてくれて」


 一瞬の間のあと、優が「え、マジ!?」と身を乗り出した。


「玲が考えた振りが入るってこと?」

「サビの四カウントだけ」

「いや、すごいって! 先生、そういうの絶対厳しいじゃん」


 金曜日の夜、練習室で見せてもらったあの振りが、もう本物になろうとしている。

 膝の上の資料を持つ指に、思わず力がこもった。


 玲は私の方へ視線だけ寄越して、小さく頷いた。


「先生にも言われました。『客席が一緒にやれる振りを今から考えとくのはいいことだ』って」

「さすが先生。分かってる〜」

「で、具体的にどんな振りなの?」


 凪が両膝を抱えたまま首をかしげる。

 麗央がぱん、と手を叩いた。


「じゃあ一回、みんなでやってみるか」


     ◇


 玲が鏡の前に立ち、スマートフォンでサビだけを流す。

 両手を胸の前で交差させて、ぱっと開く。片手を横へ流し、最後に斜め上をすっと指差す。たった四カウントの動きなのに、玲がやると驚くほど絵になる。


「こんな感じ」

「え、めちゃ簡単じゃん」


 優が真似をすると、一回目からほとんど完璧だった。麗央も、瑛も、凪も、もう音にはまっている。さすが、毎日踊っている人たちだ。



「うん、いいじゃん。これならファンの人もすぐできそう」

「いったん春さんもやってみてよ!」

 優がにっこりと笑って、こちらを振り返った。


「……え?」


 五人分の視線が、一斉に私へ向いた。


「ちょ、ちょっと待ってください。私は……」

「一般の人ができるかどうかが重要なんじゃん!」

「たしかに。でも春さん、ダンス得意そうですよね。なんでもできそう」

 凪まで、無邪気にきらきらした目を向けてくる。


(……なんでみんな、私にやらせようとするの!?)


 助けを求めるように視線をさまよわせると、鏡越しに玲と目が合った。金曜日の惨状を知っている、この部屋で唯一の人。


 玲は何も言わなかった。

 止めもせず、無表情のまま、ただ一人分の場所をすっと空けた。


(ええええ……)


 断れる空気ではなかった。

 私は資料を床に置き、メンバーたちの隣に立った。鏡の中で、レッスン着の五人と、ブラウス姿の私が並んでいる。どう見ても一人だけ浮いていた。


 曲が流れる。

 サビの入り。胸の前で交差させて――。


 交差させる前に、両手が頭の上へ浮きかけた。

(だめ、上げない……!)

 慌てて引き戻すと、今度は開くタイミングが半拍遅れる。流す手は逆。最後の指差しは、斜め上ではなく、天井の照明を曖昧に指していた。


(この前はできていたのに....緊張して、またできなくなっちゃったみたい)


「…………」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、優が床に崩れ落ちた。


「え、春さんダンス苦手なの!?」

「苦手です! 金曜日に玲さんにも言いました!」

「いや、なんでも完璧にこなすから、絶対できる人だと思ってた! えー、意外! もう一回! もう一回見たいっす!」

 

 顔から火が出そうだった。

 そのとき、壁際に座っていた瑛が、イヤホンを片方外して静かに言う。


「春さん、サビの一拍前で、手が上に行こうとしてる」

「え」

「たぶん、身体が勝手に音を取りにいってる」

「おい瑛、真面目に分析するなよ! 春さんが可哀想だろ!」

 麗央がすかさず突っ込む。


(いや、そのツッコミをされてることが、一番可哀想なんですけど……)


「ぎこちない春さん、新鮮で、超かわいいです」

 

 凪が、にこにこしながら素直に言った。

 悪気も、他意も、ひとかけらもない声だった。


「凪さん……」

 苦笑いしながら返したとき、視界の端で何かが動いた。

 玲が、ほんの一瞬だけ、凪の方を見ていた。


 表情は変わらない。眉一つ動いていない。

 ただ、視線だけが一度、凪の横顔に止まって――すぐに鏡へ戻った。


 その玲を、麗央が何も言わずに眺めていた。

 麗央はペットボトルを握ったまま口元だけでかすかに笑い、またぱん、と手を叩いた。


「はい、じゃあこの振りは春さんでもできるように、もうちょい簡単にする方向で」

「流す手は、左右どっちでもいいことにします。指差しも、まあ角度はそこまでこだわらないってことで」


 玲が淡々と付け足す。


「天井でもいいってことっすね」

「優さん……」

 練習室に、笑い声が弾けた。


     ◇


 笑いが落ち着いたところで、私は床に置いた資料を拾い上げた。

 ここからが、私の仕事だ。


(元の世界でLYRENを一気に広めたのは、真似したくなるダンス動画だった)


 曲は違う。時期も、数年先だった。

 でも、あのとき起きたことの形は覚えている。TikTokでそのダンスが一気に広がって、気づけばLYRENを知らなかった人まで踊っていた。広がったのは曲そのものではなく、「流行ってるから、自分もやってみる」という気持ちだった。


 ただし、それをそのまま言うことはできない。

 未来を知っているからではなく、今ここにある材料から、筋道を立てて話す必要がある。


「あの、一つ提案してもいいですか」

 麗央が「どうぞ」と手のひらを向けた。


「この振りだけを切り出した、短いダンス動画を作りませんか。サビの部分を、三十秒くらいで」

「振り付け講座みたいな?」

「はい。それを公式のTwitterに載せて、ファンの方にも踊ってもらうんです。『一緒に踊ってね』って」


 五人が顔を見合わせる。

 私は続けた。

 


「前に玲さんと優さんのダンス動画が伸びたとき、『LYRENって初めて聞いた』っていうコメントがたくさんありましたよね。見てくれる人は、もういるんです。あとは、見るだけじゃなくて参加してもらえたら。真似して踊るには、何回も曲を聴かなきゃいけないじゃないですか。気づいたら曲を覚えてて、好きになってる――そういう入り口を作りたいんです」



 言いながら、私は瑛の方をうかがった。

 以前、歌のサビだけを切り出した動画を提案したとき、瑛は「その三十秒が、その曲の全部になる」と言った。


「今回は、曲を宣伝する動画じゃなくて、振りを渡す動画にしたいんです。曲の一番いいところを切り取るんじゃなくて……ライブや、この先いつか開催するツアーで一緒に踊るための、練習用の動画です」


 瑛は少しだけ考えるように天井を見た。

 それから、短く言った。


「それなら、いいと思う」

「……!」


 胸の奥が、ふわっと温かくなった。

 あのときの言葉を、瑛もちゃんと覚えていた。そのうえで頷いてくれたのが、なんだか無性に嬉しかった。


「公開のタイミングとか、アカウントの運用は佐伯さんと会社に確認します。もし通ったら、次のMV撮影の後でどうでしょう」


 麗央が自分のスマートフォンでスケジュールを確認して、頷いた。


「じゃあ、撮影はMVの現場で。玲、それで大丈夫?」

「はい」

 玲は鏡の中の自分を一度見てから、こちらを振り返った。


「俺のアイデア、聞いてくれてありがとうございます。それに見合うよう、練習もっとがんばりますね」

 

 淡々とした、いつもの声だった。

 頼もしいはずの一言なのに、なぜか胸の奥に、小さな棘のようなものが引っかかった。


     ◇


 会議が終わり、五人が着替えに向かったあと。

 私はデスクに戻って、今日の内容を週報にまとめていた。


「湯河さん、ちょっといい?」


 顔を上げると、佐伯さんがコーヒーのカップを片手に立っていた。


「あ、佐伯さん。ちょうど相談したいことがあって。玲さんの振りが採用されたので、それを使った動画の企画を――」

「うん、それもあとで聞く。その前に、ちょっとね」


 佐伯さんは隣の空いている椅子を引いて、腰を下ろした。

 声を少しだけ落とす。


「玲がね、最近ずーーっと練習室使ってるみたいなんだけど」

「……え?」

「受付の人に聞いたら、ここ二週間くらい、鍵を返しに来るのが毎日一番遅いんだって。自主練なのは分かってるし、もともと練習する子だから、悪いことじゃないんだけど」


 キーボードの上で、指が止まった。

 ――もうちょっとだけやってから帰ります。


 金曜日の夜の、何でもない一言がよみがえる。

 あの日だけではなかった。私が知らない夜にも、玲はずっと一人で、遅くまであの練習室に残っていた。


「最近、湯河さんのおかげでグループの雰囲気もいいから、余計に頑張りたいのも分かるんだけどね」


 佐伯さんは困ったように笑って、カップに口をつけた。


「玲、湯河さんの言うことなら聞くと思うから。あんまり無理しないように、言っておいてね」

「……はい」


 返事をした声は、自分でも驚くほど小さかった。


 佐伯さんが席を立ったあとも、私はしばらく画面を見つめていた。

 週報の、玲の名前の欄。今日の記録には、「振りが採用された」「動画の企画が決まった」と、いいことばかりが並んでいる。


『かっこいいとこ、見せたかったんで』


 廊下で聞いた、あの低い声がよみがえる。

 あのときは、胸が痛いくらいにうれしかった。今は、同じ言葉が、少しだけ違う重さで沈んでいく。


 ――自意識過剰かもしれないけど。

 でも、もし私がこうやって行動を起こしていることが、玲が頑張りすぎる理由の一つになっているのだとしたら。


 窓の外では、八月の夕立が、音もなく降り始めていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。