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推しが27歳で死んでしまうので、マネージャーになって未来を変えます  作者: Liino
第2章 これから起こる未来を知っている、アイドル運営

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42. 二十二時のルール

 それから、次のダンスレッスンがある日。

 私はレッスンが終わる時間を待って、練習室の扉を開けた。


「すみません! 着替える前に五分だけいいですか」


 床に座ってストレッチをしていた五人が、そろって顔を上げる。

 鏡には、汗で前髪が張りついた五人と、ノートパソコンを抱えた私が映っていた。


「おっ、また臨時会議っすか?」

「会議ってほどじゃないです。お願いが一つあって」


 私は小さく息を吸った。

 この数日、どう言えばいいか何度も悩んで、頭の中で組み立て直してきた言葉だ。


「これから自主練は二十二時までに切り上げて、鍵を返すようにしませんか。佐伯さんにも相談して、いいんじゃないって言ってもらいました」


 練習室が、一瞬だけ静まりかえる。


「遅くまで残って練習するのが悪いって言いたいわけじゃないんです。ただ、長い時間を続けるより、短い時間で集中した方が身につくって、よく言いますよね」


 五人の顔を順番に見る。

 一人だけに視線が留まらないように、意識して。


「それに、睡眠も練習のうちだと思うんです。寝ている間に、身体が覚えたことを整理してくれるって聞いたことがあって。だから、ちゃんと帰って、ちゃんと寝る。それも含めて、練習にしてほしいなって」


 言い終えると、空調の低い音だけが残った。


 誰のための話なのか、たぶん全員が分かっていた。

 この中で毎晩一番遅くまで鍵を持っているのが誰なのか。四人とも、私より前から知っていたはずだ。


 それでも誰も玲の方を見なかった。

 麗央はペットボトルのキャップを閉め、瑛はイヤホンのコードを指に巻き、凪は膝を抱えたまま私を見ている。


 最初に口を開いたのは、優だった。


「なんか部活みたいっすね!『二十二時完全下校』みたいな」

「下校って。ここ会社だぞ」

「いや、でも分かるっす。俺、夜更かしした次の日、絶対振り飛ぶし」


 麗央の呆れた声と、優の笑い声。それだけで、張りつめかけていた空気がふっとほどけた。

 さすが、ムードメーカーだ。


(……こういうときの優には、本当に助けられる)


「じゃあ、二十二時ルールで。いいよな、みんな」


 麗央がまとめると、凪が「はーい」と元気よく手を挙げ、瑛が小さく頷いた。


 最後に、玲。

 壁にもたれたまま、表情一つ変えずに、こちらを見ていた。


「はい」

 短い、いつもどおりの声だった。

(……心から納得してくれたのかは、分からないけれど)


 全員が、はいと頷いた。

(今は、これ以上できることもないし……)


「春さん、今日は部活の顧問の先生みたいですね〜」

 凪がふわふわした笑顔でそう言って、私は少しだけ肩の力を抜いた。


     ◇


 それから、季節は少しずつ進んでいった。


 九月も中旬に入り、十月に発売されるアルバムのMV(ミュージックビデオ)・PV(パフォーマンスビデオ)撮影が行われた。振り動画の撮影も、衣装とヘアメイクを生かせるように、同じ日にまとめて行うことになっている。


 一月に出たデビューシングルのタイトル曲は『Stars』。星空の下を駆け抜けていくような、疾走感のあるダンスナンバーだ。これから輝き出すグループについてを歌う曲だった。


 そして今回、ファーストアルバムのタイトル曲に選ばれたのは、『一等星』というラブソング。

 さらに収録曲の中から、もう一曲だけパフォーマンスビデオを撮ることになっている。それこそが、玲が考えたサビの振りが入った『スターライト・コール』だ。


(元の世界では、この二曲は二〇二〇年に発売された曲なんだよね……。しかも、タイトルも違ってた)


 元の世界のファーストアルバムは、少し洋楽寄りの雰囲気をまとったダンスナンバーがタイトル曲だった。それが今は、二年後に出るはずだった王道のJ-POPらしいラブソング二曲に置き換わっている。曲名も、元の世界とは違う。


 しかも星を思わせるコンセプトはデビュー曲だけだったはずなのに、今回は二曲とも、星のコンセプトシリーズとして引き継いでいた。


(メンバーが意見を出したことで、未来が変わった……)


 元の世界でも、LYRENの曲の中でファンに一番愛されたのは、洋楽寄りの曲ではなく王道のJ-POPらしいラブソングだった。

 その曲たちが、二年早く、ファーストアルバムの真ん中に置かれている。


(私が定例会議をやろうって言い出したことが、いい方向に向かってるといいけど……)


     ◇


 撮影は、膨大な量のカットを一日に詰め込んで撮っていく。

 メンバーは全員、朝四時起きでヘアメイクに入った。


 その日、個人カットも含めて玲はダンスシーンで一度もNGを出さなかった。

 カメラの赤いランプが点いた瞬間、ちゃんとレンズの向こうを見て踊っている。収録曲の最後の八カウントで、目が合わなくなることもない。


「玲さん、完璧です……すごいですね」


 休憩に入ったところで水を渡しながら、思わずそう言うと、玲はタオルで汗を押さえながら、短く答えた。


「春さんに言われたとこ、頑張って直しました」

 ばっちり仕上がった、アイドルの顔で。


(……衣装もかっこよくて、今日は一段と王子様すぎる)


 かっこよすぎるあまり直視できなくて、私はしばらくモニターの前から顔を上げられなかった。


 タイトル曲とアルバム曲のビデオをすべて撮り終えたあと、最後に振り動画の撮影が行われた。 


 玲がサビの四カウントをゆっくり見せて、最後に五人で踊る、三十秒の動画。


 撮影した映像を佐伯さんに送ると、すぐに会社の上の人たちにも回してくれた。


「いいじゃん、これ。デビュー曲とか、ほかの曲でもできないの?」

 社内の会議で、そんな声が上がったらしい。普段はLYRENの企画にあまり口を出さない、宣伝の担当者からだった。

 その一言で、デビュー曲や今回のタイトル曲でも、同じように振りを紹介する動画を後日作ることが決まった。


(ちょっと上手くいきすぎてる気もするけど......二年後のコロナ禍に向けた準備が、少しずつ整ってきた)


ーー対面で会えなくなる日が来ても、画面の向こうで、ファンの人たちがメンバーと一緒に踊れるように。


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