32. 話していて落ち着かない
元の世界でも、LYRENはこの番組に出演していた。
ファンになって間もない頃に見た番組だから覚えている。まだ五人について知らないことのほうが多くて、出演情報を見つけるたびに録画予約をしていた頃だ。出番はほんの数分でも歌っているところだけでなく、挨拶や短いトークまで繰り返し見ていた。
(けれど、スタッフロールに誰の名前があったかなんて...流石に気にしたこともなかった)
そもそも別れてからは朝陽のことをなるべく避けていた。SNSで顔を見かけることはあっても、どんな仕事をしているのか自分から知ろうとはしなかった。
だから朝陽がこの番組を担当していたとしても、私が知らなかっただけ、ということは十分にあり得る。
(……私がここにいなくても、二人は会っていたのかもしれない)
自分がマネージャーになったことで、知っている人たちが同じ場所に集まったように考えていた。
けれど、この番組に出演するのは私ではなくLYRENだ。朝陽が出演者対応をしていたなら、元の世界でも今日と同じように玲たちを楽屋へ案内していたのかもしれない。
もしそうなら、その後も一緒に仕事をする機会があったのだろうか。
もっとも、番組で一度挨拶を交わしてそれきりだった可能性もある。二人が会っていたかもしれないというだけで、その先まで想像するのは早い。
「春さんって高屋さんと知り合いなんですか?」
凪の声に、考えを引き戻された。
顔を上げると、鞄を椅子へ置いた凪が不思議そうにこちらを見ていた。
「さっき、二人ともすごい楽しそうに話してましたよね!」
隣から優も口を挟む。
「あ、はい。高校の同級生なんです」
「「えっ、同級生?」」
二人の声が重なった。
「世界狭っ。俺らが出演する番組に春さんの同級生がいるんだ」
優が私と朝陽を見比べる。凪も驚いた顔をしたあと、すぐに朝陽のほうへ向き直った。
「じゃあ、学生の頃の春さんも知ってるんですね。どんな感じだったんですか?」
「どんな感じって……普通の学生でしたよ」
私が先に答えると、朝陽が少し笑った。
「昔から、湯河さんはドラマとかCMを見るのが好きでしたね。面白いものを見つけると、よく送ってくれたりして」
「へえ。じゃあさっきもそういう話をしてたんですか?」
「はい。少し、企画の相談に乗ってもらってました」
「春さん、友達と会っても仕事の話をしてるんだ」
「今は仕事中ですから」
そう返すと、凪が「やっぱり先生みたい」と笑って、同意を求めるように優を見た。
「俺、学生のときの春さんの話、もっと聞きたい」
「凪さんは、先に今日の台本を確認してください」
「やっぱり先生だ!」
凪はますます楽しそうに笑った。いかにもグループの末っ子らしい反応に、こちらはもう何と返せばいいのか分からない。
朝陽まで笑っているので、思わずそちらを見てしまった。
そのとき、佐伯さんが手を叩いた。
「はい、続きはまた今度ね。着替える前に今日の流れを確認しよう」
優と凪がようやく席に着く。瑛はすでに台本を開いていて、麗央も隣の椅子を引いた。
「では、また準備ができましたらお声がけします」
朝陽は一礼すると、バインダーを抱えて楽屋を出ていった。
その背中を見送りながら、元の世界でも、こんなふうに五人と話していたのだろうかと思う。
けれど、それを考え続ける時間はなかった。
五人が衣装に着替えたあとは、事前の打ち合わせとリハーサルが続いた。立ち位置や出入りを確認し私も佐伯さんと一緒に進行を確かめる。楽屋とスタジオを行き来しているうちに、あっという間に本番の時間になっていた。
◇
「……俺、すごい普通のことしか言ってなかったくない?」
本番を終えて楽屋へ戻る途中、凪がぽつりと言った。
パフォーマンスは、いつも通りよかった。けれど、その前のトークでは五人ともどこか遠慮がちで、質問に答えるたび司会者の次の言葉を待っていた。
「俺も。最近何の話しましたかって聞かれた瞬間、急に何も思い出せなくなった」
優が隣で頷く。
「もっと話してもよかったのかな」
「でも、どこで入ればいいか分かんなくなかった?」
「分かる。話し始めたら、司会の方とかぶりそうで」
さっきまで言葉を選んでいた二人が、今はまた交互に話し始めている。
「春さん、どうでした?」
優に尋ねられて私は顔を上げた。
「パフォーマンス、すごくよかったです」
「トークは?」
「……いつもより、おとなしかったですね。カメラが回っていないときの皆さんのほうが面白いかもしれません」
「やっぱり!」
優が肩を落とすと、後ろから瑛が口を挟んだ。
「いつもはうるさいから、そのくらいでいいんじゃない」
「春さんは面白いって言ってるんだよ。うるさいとは言ってないじゃん」
「いや、俺はいつもうるさいと思ってる」
凪が吹き出し、麗央も笑う。
佐伯さんはその様子を見て、少し口元を緩めた。
「そういう普段のやり取りが次は少し出せるといいね」
ファンとして見ていた頃は、こういう姿も初々しくてかわいいと思っていた。
今も、それは思う。けれど本人たちは自分たちなりに、もっとできたことを探している。
次に同じような質問をされたとき今日より少し話しやすくなるように、あとで映像を見て、どこなら言葉を足せそうだったか一緒に振り返ってみようと思った。
着替えと忘れ物の確認を終えた頃、楽屋の扉が叩かれた。
「本日はありがとうございました」
顔を出した朝陽に佐伯さんが礼を返す。五人も立ち上がり、順に挨拶をする。
私も進行表をまとめ鞄を肩にかけ、朝陽に声をかける。
「高屋さん、今日はありがとうございました。いろいろご対応いただいて」
「こちらこそ、ありがとうございました」
朝陽はそう答えたあと、少しだけ声を緩めた。
「さっきの話も、ありがと。もう少し考えてみる」
「うん。企画通るといいね」
軽く上げられた朝陽の手を見て、私も手を振り返し、先に楽屋を出た佐伯さんたちを追う。
廊下では優と凪がまだトークの話をしている。今度はこんなことを言えばよかったと、終わってからならいくらでも思いつくらしい。
その声を聞きながら歩き出すと、隣に玲がいた。
「……仲よかったんですか?」
不意に尋ねられて、顔を上げる。
「え?」
玲が無表情でこちらを見ていた。
「ああ……高屋さんですか? はい。高校の頃の友達で。大学は別だったんですけど、よく話してました」
元彼だとは言わなかった。高校の頃から知っていて、気の合う友達だったのも本当だ。以前付き合っていたことまで、わざわざ仕事帰りに説明する必要はないだろう。
玲が何も言わなかったので、沈黙を埋めるように言葉を足した。
「興味のあるものとか、好きなものが似ていたので」
玲は小さく頷いた。それで会話が終わるかと思ったのに、少し間を置いて、こちらへ顔を向ける。
「……春さん、今は何が好きなんですか?」
「えっ」
(何が好き……!? 二〇一八年に戻る前なら、迷わず『LYRENの玲』って答えてたけど……!)
そんなこと本人の前で言えるわけがない。
「今、ですか……」
何か別の答えを探して視線を落とし、考えながら顔を上げると思っていたより近くに玲の顔があった。
私の歩く速さに合わせているせいか、普段少し前を歩いているときよりも距離が近い。
(……この距離はまだ慣れないかも....)
何か答えなければと思うのに、一瞬言葉が止まった。
玲は私の返事を待つようにわずかに首を傾ける。その何でもない仕草に胸の奥が小さく跳ねた。
「い、今は、皆さんの活動をこうやって見届けられるのが好きというか……嬉しいです!」
自分でも少し声が大きくなったのが分かった。
朝陽とは何も考えなくても普通に話せていたのに。
玲には何が好きかと聞かれただけで、すごく落ち着かなくなる。
「……確かに、先生みたいな答えですね」
玲が小さく笑った。いつもは少し鋭く見える目元が、ふっと和らぐ。
その顔をまともに見てしまって、私はまた思わず鞄の持ち手を握り直した。
(……ヘアメイクもばっちりのままだし、いつもより余計にかっこよくて心臓に悪い……!)




