30. 六年以上付き合っていた人との再会
「まあ、そこまで久しぶりじゃなくね? 別れてまだ半年ちょっとだろ」
朝陽はそう言いながら、両腕に抱えていた弁当の箱を少し持ち直した。
「あ……そうだよね」
向こうにとっては、その半年程度だ。
高校一年生から大学四年生まで六年以上付き合い、去年の終わりに別れてから、まだ半年ちょっとしか経っていない。けれど私にとっては、そのあと広告代理店へ入社し、玲を推しはじめ、仕事をしながら八年間応援して、その死を知るところまでがすでに過ぎている。
だから何気なく「久しぶり」と口にしただけなのに、私と朝陽の間に流れている時間がまったく違うことを、改めて突きつけられたような気がした。
「仕事始まってから、時間が経つのが遅く感じるんだよ」
「そういうもん?」
「新人だから毎日いろいろありすぎて。大学卒業したのも、ずっと前のことみたいな感じがして」
「それは俺も同じだけど」
朝陽は納得したような、していないような顔で答えてから、改めて私を見た。箱を抱え直した拍子に、胸元の社員証が小さく揺れる。
「というか、呼び方」
「……?」
「別れたあとも、朝ちゃんって呼んでくれんのな」
「あ……嫌だった?」
「いや。今さら他の呼び方だと変な感じするし大丈夫。高校の時からそうだったじゃん」
そう言って少し笑った顔は、私が覚えているものとあまり変わらなかった。ただ、元の世界のSNSで時々見かけるようになっていた顔が、今は大学を卒業したばかりの頃へ戻っていて、その笑顔にはまだどこか学生らしさが残っている。
私にとっての朝陽は、いつの間にか近況を写真で知るだけの人になっていた。そんな相手が今、手を伸ばせば届くところに立っていることが思っていた以上に不思議だった。
「さっき俺のこと探してたって聞いたけど」
「うん。私、今LYRENを担当してて、事前に楽屋と導線を確認しておきたかったのもあるんだけど……朝ちゃんの名前が資料にあったから、いるなら少し話したいと思って」
「意外。俺も、春が入った事務所のグループだって知ってたから、もしかしたら来るかなとは思ってたけど」
「意外?」
「……避けられるかと思ってた」
さらっと言われたはずなのに、すぐには言葉が返せなかった。
(....ごめん。広告代理店の時の私は、実際に避けていた)
仕事でこの局へ来るたびに、どこかで朝陽と鉢合わせないか少しだけ気にして、似た背格好の人が見えれば、何となく顔を伏せて通り過ぎたこともある。嫌いになって別れたわけではなかったけれど、六年以上も恋人だった相手に、今度はどんな距離感で接すればいいのか分からず、会わずに済むならその方が楽だと思っていた。
「......喧嘩して別れたわけじゃないんだから、普通に話すよ」
「まあ、そうだけど。春の方から探してくれるとは思ってなかった」
「……せっかく同じ現場だしね」
なんとかそう答えながら、進行表の端を指で軽く押さえた。
本当は、懐かしくなって会いに来ただけではない。玲と私の間に、今の私が覚えていない接点がなかったかを確かめたくて、朝陽と二人で話せるよう、わざわざ早く入館した。それでも、彼が私との再会を少し気にしていたのだと分かると、さっきまで頭の中で順番を考えていた質問を、そのまま切り出すのはためらわれた。
「……で、とりあえず、これ置いていい? 春と話すのは大歓迎なんだけどさ。さすがに腕きつくなってきた」
「あ、ごめん。持とうか?」
「大丈夫。もう楽屋そこだし、半分渡す方が大変だから」
朝陽が箱へ顎を向けるので、私は先に楽屋の扉を開け、彼が入りやすいように横へ寄った。
テーブルへ箱が下ろされると、朝陽はようやく肩を回し、上に貼られた伝票と手元のリストを見比べ始めた。その隣で、私は自分の進行表を机の端へ置く。
メンバーたちが来るまでもうそれほど時間はないため、早く本題へ入りたい気持ちもある。
それでも、慣れた手つきで弁当の数を確認している朝陽を見ていると、まずは彼がずっとやりたがっていた仕事を今どんなふうに過ごしているのか、少しだけ聞いてみたくなった。
「……仕事、どう? 研修終わったばっかりだよね」
声をかけると、朝陽はリストへ最後のチェックを入れてから顔を上げた。
「大変。毎日、何やってたか思い出せないくらい動いてる」
「それでも、楽しい?」
「うん。まあ。今は雑用みたいなもんだから辛いこともあるけど、基本的には楽しいよ」
迷わず返ってきた答えを聞いて、私は少しだけ口元を緩めた。
朝陽は確認を終えたリストを二つ折りにしてポケットへしまうと、弁当をテーブルの端へ寄せながら、少し楽しそうに話を続けた。
「まだ任されてるのは準備とか連絡ばっかりだけど、同じ収録でも、先輩によって全然やり方が違うんだよな。何か起きてから走る人もいれば、起きそうなことを先に全部潰してる人もいて。テレビで見てたときには分かんなかったことが毎日あったりして」
「朝ちゃん、そういうの見つけるの好きだもんね。大学のときも、番組の内容より『今の編集、何でここで切ったんだろう』って話してたし」
「春だって、CM見るたびに『このコピー、なんで語尾こうしたんだろう。ターゲットに合ってなくない?』とか言ってたじゃん。普通に見ればいいのに」
「そっちもでしょ」
そう返すと、朝陽が屈託のない笑顔で笑った。
六年以上一緒にいた間、私たちはこういう話をよくしていた。面白かった番組やCMを見つければ互いに送り合い、どこが良かったのかを話しているうちに、自分たちならどう作るかという話へ勝手に広がっていく。デートの帰りに入ったチェーンのカフェで、レシートの裏へ思いついた案を書き始め、気づけば飲み物の氷が全部溶けていたこともあった。
恋人らしいことを何もしていなかったわけではないけれど、二人で過ごした時間を思い返すとそういう場面の方が先に浮かぶ。
今、目の前にいる朝陽もあの頃と同じような話をしている。私の方では八年以上が経っているのに、少し話しただけで会話の調子が戻ってしまうことに、不思議な懐かしさを覚えた。
(....でも、このまま世間話をすることが目的じゃない)
私は手元の進行表へ一度目を落とし、顔を上げた。
「....そういえばなんだけどさ。朝ちゃんって、今日来るLYRENのメンバーと、前に会ったことあったりする?」




