3. 未来の大人気アイドルと初めての挨拶
「「「お疲れさまです」」」
いくつかの声が重なった。
私は一歩、部屋に入った。五人いた。 たったそれだけのことで、心臓がドキンと脈を打つ。
(5人いる。5人、5人だ…………。みんな顔つきが若々しい…………)
若々しいが、全員しっかり芸能人だ。顔が小さく、美しい顔立ちの少年たちがそこにいた。
リーダーの神谷麗央は、記憶より髪が明るい。瀬名優はソファの背にもたれながら、こちらを見て大きなタレ目を細めてすぐににっこりと笑った。二階堂瑛はスマートフォンを見る姿勢から顔だけを上げて、重たい前髪の隙間から入り口の方に視線をやる。ふわふわした栗毛が特徴の百田凪は何か食べていたらしく、慌てて口元を押さえた。
そして、一番奥。
黒いパーカーを着た男の子が、こちらを見た。
息が止まった。
桜島玲。
何度も見た顔なのに、知らない人みたいだった。
(いや、ちょっと待って。知らない人だから!知ったような態度はダメなのに!)
すっきりした輪郭に、通った鼻筋。少し切れ長の目。まだ今ほど洗練された髪型ではないし、メイクも薄い。それでも、素材だけなら十九歳の時点でもう十分すぎるほど整っている。
「今日から一緒に担当してくれる湯河春さん」
佐伯さんの声と同時に、挨拶のために立ち上がった玲を実際に目の前にすると、思っていたよりずっと大きく感じた。
「初めまして。湯河春です。今日からマネージャーとして担当させていただきます。新卒なのでまだ分からないことも多いですが、みなさんを有名にするために、一生懸命がんばります」
頭を深く下げる。自分でも驚くほど、普通の声が出た。
「よろしくお願いします!」
最初に返してくれたのは最年少の凪だった。
「百田凪です。十八歳です。最年少です」
「幼稚園生みたいに挨拶するじゃん」
優が笑う。
「え〜俺緊張しているだけだよ」
「嘘つけ。瀬名優です。よろしくお願いします。春さんって呼んでいいですか?」
「え」
「優、初対面で距離近い」
麗央がすぐに止める。
「だって新卒なんでしょ?俺らそんな年齢変わらないじゃん」
「そういう問題じゃないだろ」
知っているやり取りだ。
(いや、違う……正確には、この空気を、画面を通して知っているだけ)
八年後も優はこうやって誰にでも距離を詰めて、麗央が横から止める構図は、ファンの間でよく見る光景となる。
思わず笑いそうになって、慌てて口元を引き締めた。
「神谷麗央です。リーダーやってます。こいつら手のかかる奴らですけど、こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「……二階堂瑛です」
スマートフォンを片手に顔だけをあげながら、他のメンバーに続いて静かな声で瑛も挨拶をする。
「よろしくお願いします」
最後。 自然と視線が向く。
玲は私を静かに見ていた。
(さっきからずっと。かなり、みられている…………?)
おそらく、自意識過剰だ。仕事なんだからファンとしての考えは捨てなくてはいけない。
すぐさま自分の恥ずかしい勘違いを頭から消し去るようにする。
(…………この人が亡くなったことを、私は知っている)
ニュースサイトに一斉に並んだアーティスト写真のこと。
過去の映像が何度もテレビで流れたことも
その後、どこか辛そうにメンバーが四人で活動している光景も。
全部知っている。でも、この人は知らない。目の前にいる十九歳の玲には、まだ何も起きていない。
そしてファンの顔をしてはいけない。未来を知っている人間の顔も。マネージャーになったなら、アーティストを不安にさせるような行動は絶対にしてはいけないと、先ほどの教育で教えてもらった。
(……でも、正直どこかほっとしている。自分の想像より玲がずっと幼くて……。
もともとの私と11歳差だもんね。これなら理性を保って、しっかり仕事できそう。助かったあ)
玲は数秒遅れて口を開いた。
「……桜島玲です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
平然とした顔で挨拶ができて、心の中でガッツポーズする。
「あ、あの」
安心したのも束の間、玲が何かを思い出そうとするような顔で口を開く。
「はい?」
「前にどっかで仕事したことありますっけ?」
心臓が跳ねた。
「……私とですか?」
「はい」
「あ、私、新卒なので……ない、かと思います」
ない。
少なくとも、広告代理店でLYRENの案件を担当したことはない。仕事の現場で玲と会ったこともない。
もしかしたら何かの案件で担当できる日が来るかも?と心の片隅で思いながら毎日残業を耐え忍んでいたのだから、そんな出来事があったら忘れないはずだ。
(仕事じゃなくて、オフラインイベントで目があったことはあるけれど。どんなに玲が頭がよくったって、何千人の中の一人を覚えているわけなんてないよね…………)
しかも、それは今よりも未来の話だ。
優が横から笑う。
「なんかナンパみたいな話しかけ方するね?」
「違う……なんか」
玲が眉を寄せた。答えを探しているような顔だった。そんな顔もすごく絵になるので、内心ドキドキする。
(だめだめ。推しだからといって、10代になんて、ときめくな!春!!)
玲がふっと俯いて話を続ける。
「すみません。似た人と勘違いしたかもです。失礼しました」




