25. 天才だと思っていた
それから意識して玲を見てみると、今まで以上に玲のダンスへの熱量が目につくようになった。
五人全員でのレッスンが終わり、他のメンバーが着替え始めても、玲だけは「あと少しだけ」と言って鏡の前に残っていること。移動車の中でイヤホンをつけ、スマートフォンを見ていると思えば、国内外のダンサーの動画を何度も止めたり戻したりしながら見ていること。一度振付師から指摘された部分は、その日のうちに何度も練習して、次に同じ曲を踊る頃にはほとんど直してくること。休憩中に優や凪と話しているときでさえ、ふと鏡に映った自分の身体を見て、さっき踊った振りの一部分だけを小さく確認していること。
どれも一つ一つを見れば、ダンスが好きな人なら珍しくないことなのかもしれない。でも、それがほとんど毎日のように積み重なっている。
(……私、ずっと勘違いしてたのかもしれない)
ファンだった頃の私は、玲をどちらかといえば天才型の人だと思っていた。
もちろん、努力をしていないなんて考えたことはない。プロとして活動している以上、見えないところで練習していることくらい分かっていたし、それだけの努力をしているからこそステージに立てるのだとも思っていた。
ただ、玲自身がそれをほとんど表へ出さなかった。
何時間練習したとか、休みの日までスタジオへ行ったとか、そういうことを自分から積極的に話すタイプではなかったし、少なくとも私が覚えている限り、SNSに「今日も自主練」と練習室の写真を載せて、自分がどれだけ頑張ったのかを見せるようなこともなかった。
それなのにステージへ立てば、同じ振付を踊っているはずなのに一人だけ不思議なくらい目を惹いて、初めて見るような振付でも、最初から自分の身体の一部だったかのように見えた。
だから私は勝手に、玲はそういう人なのだと思っていたのだ。
身体をどう使えば一番綺麗に見えるのかを感覚で理解できて、音が鳴れば自然と身体が反応するような、生まれたときからダンスに向いている人。
(それも、きっとあるんだろうけど。それ以上に……)
その日のレッスンが終わり、他のメンバーが先に着替えへ行ったあと、廊下を通りかかった私は、練習室の扉についた細長い窓の向こうに玲が一人残っていることに気づいた。
鏡の前に立った玲は、さっきまで全員で踊っていた曲の同じ八カウントを何度も繰り返している。
一度踊って、鏡を見る。少し首を傾げて、もう一度。私には一回目と何が違ったのかほとんど分からないのに、それでも納得できなかったらしく、今度は音楽を少し戻して、また同じ部分を確認する。
振付として見ればほんの数秒しかないところを、玲は何度も何度も繰り返していた。
何回目なのか分からなくなった頃、ようやく納得したのか玲が音楽を止め、近くに置いてあったタオルで額の汗を拭う。そのまま顔を上げた玲と、鏡越しに目が合った。
(あ)
勝手に見ていたことが急に恥ずかしくなり、反射的に視線を逸らす。
その数秒後、ガチャ、と目の前の扉が開いた。
「春さん、なんで目逸らすんですか?」
「えっ」
玲が不思議そうにこちらを見る。
まさか「何分も前から練習しているところを見ていました」と素直に言うのも少し気まずくて誤魔化そうとしたものの、ちょうどいい言葉が思いつかなかった。
「あ、いや……邪魔しちゃいけないと思って。すみません、挨拶もせずに勝手に見ちゃって」
「別に自主練だから、邪魔とかないですけど」
玲はそう言って、表情をほとんど変えないまま首にかけたタオルで汗を拭う。
「……最近思ったんですけど、玲さんってこんなに練習してたんですね。勝手に、もっと感覚だけでできちゃう人なのかなって思ってたので」
「そんなわけないじゃないですか」
玲が少しだけ呆れたように笑った。
「世界には俺より上手い人なんていっぱいいるし、俺なんてまだ全然ですよ」
「…………」
何でもないことのように言われた言葉に、今度は私が少し驚いた。
(この人、十九歳なのに、もう比べてる相手が『アイドルの中』じゃないんだ)
誰にも負けないくらいダンスを磨きたい。
少し前の取材で玲がそう答えていたことを思い出す。
あのときは随分大きな目標だと思ったけれど、本人の中では口先だけの話ではなく、本当にそこを見て毎日踊っているのかもしれない。
格好いいな、と思った。
ステージの上で完璧に踊っている玲を見てそう思うことは、これまで何度もあった。でも今目の前にいるのは、客席から見える完成された桜島玲ではない。
誰も見ていない練習室で、ほんの数秒の動きを何度も繰り返して、それでも本人にとっては特別なことでも何でもないような顔をしている、十九歳の玲だった。
八年間推していた人なのに、知らないことがこんなにもある。
(……こういうところも、好きだったんだろうな)
自然に浮かんだ言葉に、自分で一瞬遅れて引っかかった。
(……好きだった、っていうか……ん?)
「春さん、どうしました?」
玲の問いかけで我に返る。
「あっ、いや……すごくいい心意気だと思うんですけど! それより、もう結構遅いですよ。玲さん、今日も午前中からレッスンしてましたよね? そのあと取材もあって、今また残って練習して……明日も十時集合なんだから、ちゃんと休まないと」
「休んでますよ」
「いつですか?」
「寝てるときとか」
「……それ、休みって言わないですよ」
思わず笑うと、玲もつられるように少し笑い口を開いた。
「....俺小さい時からダンスしかやりたいことがなくて。職業もダンス関連しか思いつかなくて、だからグループ入ったんです。」
(それは、未来で知っていた情報だ。もともとダンスを長く続けたくて芸能界に入ったと、未来の玲も何度もインタビューで答えていたから)
「だから、レッスンとか練習も何も苦じゃないんですよ。それに今は、もっと上手くなって格好よくなったって思って欲しいし」
「ファンの方々にですか?」
「....ファンの方々にも勿論思って欲しいですけど」
それから、玲は何か思い出したようにこちらを見た。
「てか春さん、『練習してるところもせっかくだしビハインドで撮りましょう』とか言うのかと思ってました」
「えっ。いやいやいや、本人が出したいと思ってないことまで撮って動画にしたいとは、さすがに思いませんよ」
言いながら、未来の玲を思い出す。少なくとも、私がファンとして見ていた玲は、自分がこれだけ練習していることを積極的に表へ出す人ではなかった。
それなら、今だってきっと同じなのだろう。玲が誰にも見せないつもりで続けているものなら、私が勝手にカメラを向けて「努力家な玲」として世間へ見せる必要はない。
「ははっ。すみません」
玲が下を向いて急に声を出して笑った。
「まあ、春さんなら『それは撮るつもりない』って言ってくれるんじゃないかなって分かってて、わざと言いました」
「!」
(……こんな笑顔初めて見た)
テレビやライブで玲が笑っているところなら、もちろん何度も見たことがある。でも、こんなふうに髪もボサボサで、何の準備もしていない顔で目の前の相手だけに向かって笑う玲を、ファンだった頃の私は知らなかった。
(それでも綺麗すぎる顔だけど....十九歳の玲は、笑うと少しだけ幼く見える)
さっきまで格好いいと思っていたのとはまた違う意味で胸の奥が妙に落ち着かなくなり、私はそれをごまかすように鞄を持ち直した。
「と、とにかく帰りますよ。明日も早いので」
「はいはい」
まだ少し笑いながら返事をする玲を見て、私は練習室の時計へもう一度目を向けた。
(練習に熱心なのはいいことだけど.....無理しないように見張っとかないと)




