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推しが27歳で死んでしまうので、マネージャーになって未来を変えます  作者: Liino
第2章 これから起こる未来を知っている、アイドル運営

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20. 鋭い目が見ているもの

振り返ると、玲が扉のすぐ横に立っていた。黒いパーカーのポケットに片手を入れ、もう片方の手をだらりと下ろしている。前髪の隙間から覗く切れ長の目はまっすぐ私へ向けられていて、何となく逃げ道を塞がれたような気持ちになる。


「すみません大きな声出して。てっきり、みんなと一緒に行ったかと思ってました!」


「....忘れ物取りに戻ってきました」

 玲が机の端に置かれていたスマートフォンを持ち上げる。


「あ、本当だ。忘れ物するんですね。なんか意外」

「……忘れ物くらいしますよ。人間なんで」

「あ、いや。なんとなく玲さん、しっかりしてるイメージだったので……」


 そう言いながら資料を鞄へ入れようとして、ふと気づく。

 スマートフォンを取ったのに、玲は動かなかった。


「……何かありました?」

「さっき」

 玲が少しだけ眉を寄せる。

 何かを考えたり、確かめたりするときにする顔だと、この数日で何となく分かるようになってきた。


「何かあったでしょ」

「え?」

「グループ名の由来の話してたとき」


 心臓が少しだけ跳ねる。

「……何もないですよ。ちょっとぼーっとしただけです」

「嘘」


 間髪入れずに返ってくる。

「というか、前からちょっと気になってることもあって」


(え、何々。怖い)

 仕事中はちゃんと推しを封印して、担当アーティストとして接しているつもりだった。少なくとも、入社初日に比べればかなり普通に話せるようになってきたはずだ。


「春さんって、俺のこと見るとき、やっぱりたまに変な顔しますよね?……なんか、すごく悲しそうな顔っていうか」

 玲はそこで一度言葉を切り、私の顔をじっと見る。


「俺見ながら、泣き出しそうな顔するときある」


 息が止まった。


「え……」

「俺、何かしましたっけ?」

「してないです!」

 思わず強く否定した。

 

「玲さんは何もしてないです。絶対」

「でも俺、最初に会ったときも『前に仕事したことありますっけ』って聞きましたよね」

「聞かれましたけど……」

「やっぱり、どうしてもどっかで会ったことある気がするんですよね。なのに、何も思い出せなくて。俺記憶力いい方ではあるんだけど....」

 玲は記憶の中を探るように、わずかに目を細める。


「もし本当に会ってたなら、そのとき俺、何か失礼なことしました?」

「いやいやいや! 会ったことないです!」


 慌てて両手をぶんぶん振る。

 その動きを止めるように、玲の手が伸びた。


「!」


 片方の手首を軽く掴まれる。手首を包む指先の温度が、やけにはっきり分かる。

 十九歳にしては整いすぎている顔が、思っていたよりずっと近い。少し切れ長の目が、逃げることを許さないみたいに真っ直ぐこちらを見ている。


(ひええええええ、ちょっと待って。無理無理無理。推しとこの距離は無理!)


「ちょ、ちょっと待ってください! 本当に人違いです!」

「じゃあ、何で俺見るときだけ時々そんな顔するんですか」

 問い詰めるような強さはない静かな声だった。むしろ本人も本当に理由が分からなくて、それを知りたがっているように聞こえる。


 (...あなたが死んだから)

 

そんなこと、言えるはずがない。

 二十七歳の玲がいなくなった朝のことを、私はまだ鮮明に覚えている。ニュースサイトに並んだ写真も、SNSに溢れた言葉も、その後四人になったLYRENも。

 それを知っている私が十九歳の玲を見れば、知らないうちにそんな顔をしてしまうことがあるのかもしれない。


「……すみません! 本当に。そういう顔してる自覚なくて……!」

 玲は何も言わなかった。私の手首を掴んだまま、しばらくこちらを見ている。

 

 それから、何かを諦めたように小さく息を吐いた。

「そういう顔されるの、嫌っていうより……」


 言葉を探すように少しだけ視線を逸らし、ようやく私の手を離す。

 離れたところだけ、急に空気が冷たくなった気がした。

 

「なんか、気になるんですよね」

 胸が、また大きく鳴った。


「…………気になる?」

「いや、俺自身もなんかよく分かんないですけど」

「ああ、いや、私のせいですよね。すみません!以後気をつけます」

 別の意味に受け取りかけた自分が恥ずかしくて、私は慌てて視線を逸らした。


「……俺のこと、嫌いですか?」

「ひえっ!?」

 今度は、自分でも分かるくらい声が裏返った。


「何でそうなるんですか!?」

「だって、俺と話すときだけ何となく態度違うし、たまに悲しそうな顔するし」

「嫌いなわけないじゃないですか! 好きですよ!!」


 反射的に答えてから、はっとする。

 玲も一瞬、目を丸くした。


「…………」

「…………」

 会議室に、妙な沈黙が落ちた。


(待って。いや、大丈夫。大丈夫なはず)

 マネージャーとしてなら、「好きですよ」は別におかしくない。担当アーティストなのだから当然だ。

 なのに、なぜか顔が熱い。


「……あの、まだ新人ですけど、もちろん担当してるみなさんのことは全員、大事に思ってて――」

「分かってます」

 玲が途中で遮った。切れ長の目がゆっくり細まり、その口元が少しずつ緩んでいく。


「すみません。なんか言わせちゃいましたね」

「…………玲さん、揶揄ってます?」

「別に」


 そう言いながら、玲が笑う。

 その笑い声が、誰もいなくなった会議室に妙に近く響いた。

 私は顔が熱くなったまま、机の上の資料を勢いよく鞄へ押し込む。


「やっぱり、人違いじゃない気がするんですけどね」

「ちょっと、まだ言うんですか!?」

「ずっと引っかかってたんで」

 玲は手の中のスマートフォンへちらりと視線を落とし、それからまた私を見る。


「まあ、嫌われてないならよかったです。スマホ忘れてきた甲斐がありました」

「えっ」


 玲はそれ以上説明するつもりはないらしく、スマートフォンをパーカーのポケットへ入れた。

「今日、みんなで飯行くんです。待たせてるんで、もう行きますね」

「あ、はい……お疲れさまでした」


 言いたいことだけ言って、玲はさっと会議室を出ていった。


「…………」


 扉が閉まる。 その音がしてからもしばらく、私は動けなかった。

 

 さっき掴まれていた手首が、まだ少しだけ熱い気がする。

(……推しが生きてるだけでいいって思ってたのに)


 それなのに、こんなふうに私だけを見て、距離を詰めて、笑われると、心臓がうるさくなる。

 これは元ファンだからだ。八年間推しだった人だから。


 今まで画面の向こうにいた人が、突然こんな近くにいるから。

 (いきなり距離が近くなったせいで、身体が勘違いしているだけ。中身は三十歳なこと忘れちゃだめだ自分!)


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