15. 死なせない仕組みをつくりたい
玲がボーカルレッスンに戻ったあと、私はもう一度パソコンへ向き直った。
【※全員、変動可能性あり! 決めつけない。一緒に活動しながら考える】
さっき書き足したばかりの一文を眺める。
(……一緒に考える、か)
玲と話したことで、頭の中にあったものが急に繋がった気がした。
アイドルのマネージャーとしてやりたいことがすでにいくつもある。ショート動画をもっと増やしたい。二〇二一年にLYRENが始めるTikTokだって、できることなら今からやりたい。YouTubeもミュージックビデオや告知映像を載せるだけではなく、メンバー自身が出る企画を増やしたい。
特にTikTokは、日本では前年にサービスが始まったばかりだ。私がいきなり「これから絶対流行るので公式アカウントを作りましょう!」なんて言ったところで、変に思われる可能性がある。それに、仮に佐伯さんが賛成してくれても、会社の公式アカウントをすんなり開設できるはずもない。
(絶対、もっと上の人の決裁がいるよね……)
そして新人の私が、いきなりそこまで話を持っていくのは難しい。
広告代理店にいた頃だって、新しい媒体を使うような重要な提案に本格的に関われたのは二年目以降だった。目的、ターゲット、運用体制、費用、リスク。全部整理して社内を通して、その上でクライアントに提案する。考えてみれば、二年目でそこまで任せてもらえたのも早い方だったのかもしれない。
未来では、縦型動画が当たり前になる。
私だけが知っているその事実は、一番強い根拠なのに、誰にも説明できない。
(だったら、順番を変えよう)
いきなりTikTokを始める必要はない。まずは今できる動画企画を増やして、ファンの反応を見る。何より、私一人で「この人にはこれ」と決めるのではなく、メンバー自身にも考えてもらう。
さっき玲が出してくれた案だって、私は思いつかなかったものばかりだった。
(だったら、動画も含めてこういう話を五人で定期的に会議するルーティーンも作っておきたい)
私より若いメンバーたち自身から「もっと動画を出したい」「こういう企画をやりたい」という意見が出るようになれば、いずれSNSを強化するときにも、スタッフ側から一方的に始めるよりずっと自然だ。逆に、本人たちがそこまで望まないなら、その中で何ができるのかを一緒に探せばいい。
瑛のように、発信の仕方にこだわりがある人もいる。だからこそ、最初から話した方がいい。
それに――。
(二年後にはコロナが来る)
そのときになって初めて動画を作ろうとしても遅い。今のうちからメンバーとスタッフで企画を考え、映像を高頻度で作ること自体を当たり前にしておくことが重要だ。
(玲が二十七歳で亡くなる理由を探すためにも、五人と真剣に話す機会や、撮影を通して一緒に過ごす時間は多い方がいい)
それにもし玲が亡くなった理由が、仕事やグループに対する気持ちと少しでも関係していたのなら、本人が何をやりたいのか、何を楽しいと思うのかを今から知っておいて損はない。
(……よし)
私は新しいページを開いた。
【LYREN定例企画会議の提案】
その文字を打った途端、資料に次に何を書けばいいのか、不思議なくらいスラスラと作業が進んだ。
(……あれ? これ、今日作れるな。何となくもっと時間かかるかと思っていたけど)
企画書といっても、社外へ出すものではない。まず佐伯さんに相談するための簡単な資料だ。八年間、散々企画書を作ってきた。
目的を一行。その下に実施概要。運用方法と、想定されるメリット。最後に注意事項。
どこに何を置けば相手が読みやすいのか、考えるより先に指が動く。
新卒の私が作るには少し整いすぎている気もするけれど、今さらわざと下手に作る意味もない。
「……できた」
時計を見る。二十分も経っていない。
(さすが社会人九年目の私!....と思ったけど、流石にこんなに資料作成早いほうだったっけ?)
タイムリープしてさらに仕事力が強化でもされたのだろうか。まあ、悪いことではないので何でもよしとする。
◇
「すごくない?」
資料を渡した瞬間、佐伯さんの第一声がそれだった。
「さっきまで別の資料作ってなかった?」
「そこから思いつきまして」
「もう新しいの作ったの?」
「はい」
「新卒ってこんな感じだっけ……」
若干引かれている気がする。
「と、とりあえず見てください!」
佐伯さんが笑いながら資料へ目を落とす。
「定例企画会議?」
「はい。そんな大袈裟なものじゃなくていいんです。月に一回とか、スケジュールに余裕がある日に三十分くらいでも」
「何を話すの?」
「今後やってみたいこととか、動画企画とかです。例えばファンクラブの企画動画の一部をYouTubeに載せて、続きはファンクラブで見てもらうとか。」
「なるほどね」
「世間の人が見たいものをスタッフだけで考えるんじゃなくて、メンバーにも一緒に考えてもらえたらと思って。自分たちで考えたものなら、本人たちのモチベーションにも繋がると思いますし」
「うーん……」
佐伯さんがページをめくる。
「正直、今の時期はメンバーの意見を聞くより、事務所側である程度しっかり方針を決めた方がいいとは思うけど」
「はい。それも分かります」
まだグループが駆け出しの今は、本人たちのやりたいことだけで仕事を決められるわけではない。
「なので、そこで出た案を全部やるというより、一度スタッフ側で整理して、できそうなものだけ上に相談する形がいいかなと」
「なるほど」
「あと、さっき玲さんと話してて思ったんですけど、私より本人たちの方がお互いのことを知ってるじゃないですか。実際、玲さんから私が思いつかなかった案や視点も結構出てきて」
「玲から?」
「はい! 意外と企画考えるの好きかもしれないって言ってました。その内容をベースに、五人にも何をやってみたいか聞けたらなって思って」
「へえ玲が。それは意外」
佐伯さんが少し笑った。
「いいんじゃない?」
「本当ですか!?」
「ちゃんと一回スタッフ側で整理する、っていうのを守れば。ただ、五人集めていきなり『会議しましょう』って言っても、多分まとまらないよ」
「それは……私もちょっと思ってました」
(みんな、プロといってもまだ若いもんね)
「メンバー側で一人、話を回す人がいた方がいいかもね」
「……麗央さんですか?」
「うん。麗央がいいと思う」
私もすぐに納得した。
「イベントとかインタビュー見てても、麗央さんって進行上手ですよね」
「そうなのよ。あの子、五人で話すとき全員ちゃんと見てるし、スタッフにも気を遣ってくれるから。」
「じゃあ、私から相談してみてもいいですか?」
「いや、最初は私から言っとくよ。私から話した方が麗央も責任感感じると思うしね」
「なるほど……ありがとうございます!」
企画を考えることと、それを組織の中で動かすことは違う。
誰が、誰に、どの順番で、どう話すのが一番効果的か。
(八年働いていたはずなのに、まだまだ学ぶことばかりだなぁ)




