14. 人間を売り出すということ
翌朝、私はいつもより少し早く出社した。昨日帰宅してからも、頭の中ではずっとLYRENのことを考えていた。瑛の歌をどう見せるか。玲と優のダンスをどう広げるか。麗央のトーク力をどこで活かすか。凪の演技をどうグループに繋げるか。
(こういうの考え始めると、止まらないんだよね……)
パソコンを立ち上げ、新しい資料を開く。一番上に【LYREN企画案】と打ち込み、その下に五人の名前を並べた。
【麗央:ダンス・歌/MC】
【優:ダンス/バラエティ】
【瑛:歌/音楽】
【凪:ラップ/演技】
【玲:ダンス/?】
「…………」
最後だけ締まらない。
(未来の玲なら、書けることは余るくらいあるんだけど……これは追々でいいか)
まずは昨日、瑛と話した内容を形にしていく。歌だけを短く切り取るのではなく、最初に瑛自身にカップリング曲の好きな部分について話してもらう。そこから昨日のライブ映像に繋げることで、楽曲をフルで聴ける場所へ誘導する。
短い動画を曲の代わりにするのではなく、曲まで辿り着くための入口にする。
(編集もそんなに難しくないし、これくらいなら私でもできそう)
広告代理店時代、簡単な動画編集なら何度もやった。プレゼン用の映像を作ったり、SNS企画のラフを自分で繋いだりする程度だけれど、今回の動画なら十分だろう。
「……朝から真面目ね! 偉い偉い」
「うわっ!」
後ろから声をかけられて振り返ると、佐伯さんが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう〜」
「佐伯さん、ちょうど相談しようと思ってました!」
私は昨日のイベントで考えたことと、瑛と話した内容を説明する。佐伯さんは途中で口を挟まずに聞いて、最後に資料へ視線を落とした。
「なるほど。瑛がそう言ったんだ。にしても行動力あるね、さすが湯河さん」
「本人が嫌がる形ではやりたくなくて。すみません、また勝手に聞いちゃって。こういう動画ならどうかなと思ってます」
「いいんじゃない? 媒体とか他社が絡まず、自社で何かやるときはどんどん動いていいからね。ただ、他社が絡む仕事のときは、メンバーへの聞き方とかタイミングには気をつけてほしいけど」
「はい」
「まあ、湯河さんは新卒なのにしっかりしてるから大丈夫そうね。場合によっては、メンバーに先に意見を聞いちゃいけないこともあるから、そこだけ覚えておいて」
「分かりました!」
確かに、先方からまだ確定していない仕事を本人に聞いて、その気にさせてから「やっぱりなくなりました」では困る。自分たちだけで完結する企画と、外部が関わる仕事では動き方が違うのだろう。
「それにしてもすごいね、湯河さん。新卒とは思えないくらい資料がちゃんとしてる」
佐伯さんがページをめくりながら、感心したように言う。
「こういう企画資料が得意な人って、うちにはあんまりいないから助かるよ。私も日々の調整だけで一日終わっちゃうこと多いし」
(そうだ……この前も佐伯さん、そんなこと言ってたな)
現場を回して、スケジュールを調整して、移動して、関係各所へ連絡して。それだけでもマネージャーの仕事は山ほどある。
思っていた以上に褒められて、少し照れくさくなる。
「ありがとうございます」
「うん。動画編集担当にも聞いてみよう」
「ありがとうございます! 編集は私できるので、やりますよ!」
「いや、湯河さんが頑張り屋なのは分かるけど、それはやらなくていいよ」
「えっ」
即答された。
佐伯さんが少し呆れたように笑う。
「何でも自分でやろうとしてない?」
「……そうですか?」
「してる。企画考えて、メンバーと話して、現場ついて、その上編集までやったら普通に倒れるよ」
思わず黙る。
広告代理店時代は、時間がなければ自分でやるのが一番早かった。企画書のデザインも、簡単な映像も、必要なら自分で作った。
「でも私、できますよ」
「うん。できるんだろうね」
佐伯さんは否定しなかった。
「でも、できることを全部自分でやる必要はないから。マネージャーは、全部自分で作る人じゃないよ」
「…………」
「湯河さんが考えて、必要な人に頼んで、ちゃんと完成させる。それも仕事」
妙に納得してしまった。
(……確かに)
八年分の経験があるせいで、二十二歳の新人としてはできることが多い。でも、できることと、自分がやるべきことは違う。
「分かりました。お願いします」
「よろしい」
(佐伯さん、いい上司だな……)
「それで、この五人のやつは?」
資料の下を指差される。
「ああ、それも昨日考えてて。全員同じ方法で見せるんじゃなくて、それぞれ違う入口を作った方がいいかなって」
「例えば?」
「優さんならダンスです。SNSと相性もいいし、本人もこういうことやりたがってるので。瑛さんは歌と音楽。凪さんはラップもありますけど、これから演技に挑戦するなら、そこから知ってもらえる可能性もあります」
「麗央は?」
「トークです」
そこは迷わなかった。
「昨日のイベントを見てても、進行すごく上手かったじゃないですか。インタビューでも誰かが答えに困ったら自然に入るし、五人で喋るときも全員に話を振ってるので」
「確かに」
「麗央さんが一人で喋るというより、麗央さんがいることで、五人の会話が聞きやすくなるので」
「なるほどね。じゃあ玲は?」
「……考え中です」
「ダンスじゃないの?」
「ダンスはもちろんなんですけど、それだけじゃない気がして」
佐伯さんが少し笑う。
「じゃあ、それもそのうち見つけてあげて。私もそうだけど、湯河さんが頑張ってるのは、現場にいるメンバーもちゃんと分かってきてるみたいだし」
「……そうですか?」
「うん。最初より明らかに話しかけられてるでしょ?」
「それは……確かに」
少しずつではあるけれど、最初の頃よりメンバーと話す機会は増えている。
「でしょ。いつも私は『仕事だからこれやってね』って一方的な話し方しちゃうんだけどさ。規律を守るためにそれも重要なんだけど、湯河さんはあの子たちと年近いから、同じ目線でたくさん話聞いてあげる役割になってくれたら嬉しい」
◇
その日の午後、瑛の動画企画は思っていたよりすんなり進むことになった。昨日撮影したライブ映像が使えることもあり、追加で瑛のコメント部分だけを撮影する方向で動画担当の方に相談してもらえるらしい。
「よかった……」
私はデスクで修正した企画案を見ながら、一人で満足していた。
今日は午後からメンバーのボーカルレッスンが入っている。ボーカル室は事務所の同じフロアにあり、私たちのデスクのすぐ近くにウォーターサーバーがあるため、休憩の合間にメンバーが水を汲みに来ることもある。
「何がですか?」
突然声をかけられて顔を上げると、紙コップを持った玲が立っていた。
「わあっ! 玲さん。ボーカルレッスン中じゃなかったですか?」
「今休憩です。水なくなったんで」
(いきなり社内で話しかけられるの、まだ慣れない...)
玲は紙コップに水を入れると、そのままボーカル室へ戻るのかと思いきや、私のデスクの前で足を止めた。
「それ何ですか?」
視線の先には、開きっぱなしになっていた企画資料がある。
「SNSの企画です。昨日、瑛さんと話してたやつ」
「見ていいですか?自分の名前が見えたので」
「もう見てるじゃないですか……どうぞ」
資料を渡す。玲は紙コップを片手に、思っていたより真剣に読み始めた。
「麗央、トークなんだ」
「はい。五人で喋ってるとき、麗央さんがいると話がまとまりやすいので」
「確かに」
「優さんはダンス。瑛さんは歌。凪さんはラップと、これから演技もですね」
「…………」
玲の視線が止まった。
「俺だけ『?』ついてる」
「……まだ考え中なんです。本人がやりたいものにしたくて!」
玲が資料を見ながら少し考える。
(あ、やばい失敗したかも……ダンス以外にも何か、って求められてるように感じさせちゃったかな……)
「……別に、一人一個ずつ分けて考えなくてもよくないですか?」
「え?」
「入口」
玲が淡々と表情を変えずに言う。
「何ていうか、綺麗に割り振らなくてもいいんじゃないですか」
「…………」
「例えば俺と優で踊るのが反応よかったなら、二人の動画を増やしてもいいし。瑛が歌の話するなら、他のメンバーが好きな曲を言って、瑛がちょっと歌うとか」
「なるほど……」
「ライブの演出とかも、一人ずつ担当決めるんじゃなくて、二人ずつ順番にアイデア出すとかでもいい気がするし……」
そこまで言って、玲がふと口を止めた。
「……すみません。俺、運営でもないのに何様って感じですよね」
(確かに玲の言うとおりだ。グループなんだから、一人ずつ分ける必要なんてないんだ)
広告の仕事では、一つの商品に対してどう魅力を伝えるかを考えることが多かった。でもLYRENは違う。五人それぞれが個人でありながら、五人で一つのグループでもある。
私は思わず玲を見る。
(玲は、周りのことをよく見てる)
「確かにです!私、五人それぞれに入口を一個ずつって考えすぎてました。組み合わせてもいいですよね。むしろ一人から別のメンバーに興味が移る導線も作れるし」
「導線?」
「人が次のものに興味を持つまでの道筋みたいなものです。玲さん、企画向いてるかもしれないですよ」
「えっ俺が?」
「はい。自分のことも含めて、一歩引いたところから周りを見られる人って、大人でも意外と少ないんですよ」
(未来ではその洞察力と立ち回りがとてもとてもすごかったんですよ、と言いたい。今のダンスにしか興味がない玲も人間らしくて可愛いけど……)
(人って、こうやって少しずつ変わっていくんだなー)
何だか感慨深くなっていると、玲が一瞬黙ってから口を開いた。
「……そうですか」
そう言いながら、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。
(……褒められて嬉しいんだ)
未来の玲を八年間見てきたのに、こんな表情は知らなかった。
「じゃあ」
玲がもう一度資料を見る。
「五人で曲選ぶのは?」
「曲?」
「一人一曲、他のメンバーにやってほしい曲を選ぶとか。俺が瑛に踊ってほしい曲選んで、瑛が俺に歌ってほしい曲選ぶとか」
「それもいい!」
「あと、優が一人で喋ると多分長くなるから、麗央と一緒の方がいいです」
「ふふ」
「何ですか」
「いや、ちゃんとメンバーのこと見てるんだなと思って」
「そりゃ、ずっと一緒にいるんで」
玲にとっては当たり前のことらしい。でも私には、それが少し羨ましかった。
私は未来の五人を知っている。
玲は、今の五人を知っている。
「じゃあ、これから企画考えるとき、玲さんにも相談していいですか?」
「えっ、いいですけど……」
「本当に?」
「俺も考えるの、意外と嫌いじゃないかもしれないです」
その言葉に、手が止まった。
ついこの前まで、
『今はダンスできればいいです』
そう言っていた人だ。
俳優も、バラエティも、特に興味はない。やりたいことはダンスだけ。それが今、自分からグループの見せ方を考えている。
「……やりたいこと、一個増えたかもしれないじゃないですか!」
「……これ、やりたいことに入るんですか?」
「入れてもいいんじゃないですか?」
「…………」
玲が何か考えるように黙ったのと同時に、ボーカル室の方から声が聞こえた。
「玲ー! 休憩終わるよー!」
麗央だ。
「あ」
玲が時計を見る。
「すみません! 私、普通に話し込んじゃってました」
「いや、俺が勝手に話しかけただけなんで。戻りますね」
玲は残っていた水を飲み干すと、紙コップを捨てる。
「はい。レッスン頑張ってください」
「春さんも」
数歩進んだところで、玲がほんの少しだけ振り返ってぺこりとお辞儀する。
「あ、また何か思いついたら言います」
そう言ってボーカル室へ戻っていく姿を、思わず目で追ってしまう。
(……何か、絵になるな)
ただ廊下を歩いて、少し振り返っただけなのに、ドラマのワンシーンみたいに見える。
(そのワンシーンが、自分だけに向けられてる破壊力……)
さっきまで仕事相手として普通に話せていたはずなのに、こういう瞬間に突然、推しだったことを思い出させられるから困る。
玲がボーカル室へ戻っていくのを見送ってから、私はもう一度パソコンに向き合った。
【玲:ダンス/?】
疑問符は、まだ消さなかった。でも、その横に小さく一つだけ付け足す。
【企画?】
そして五人の名前の下に、新しく一行、大きな文字で書き足した。
【※全員、変動可能性あり! 決めつけない。一緒に活動しながら考える】
(……広告で扱っていた商品と違って、アイドルには心があるからね)




