13. 星が輝けるのは
そんな考えが浮かんだとき、テーブルの上に置かれた今日の進行表の横に、スタッフ用のスマートフォンがあるのが目に入った。今日撮影したライブ映像がいくつか入っている。
(……まあ、どんなに記憶力がよくても間違えることくらいあるよね。人間だし)
玲のこの前の言動については、ひとまずそう思うことにする。考えたところで答えが出るわけでもない。
私は何気なくスマートフォンを手に取り、撮影された映像の一つを再生した。
流れてきたのは、瑛の歌から始まるカップリング曲。
(……やっぱり上手い)
そして、さっきのファンの言葉を思い出す。
『瑛くんの声が好きで、LYREN聴き始めました』
(ここ、もっと有効活用できないかな……)
未来では、瑛の歌唱力はLYRENを知る大きな入口の一つになる。自作曲も評価され、音楽番組で一人で歌う機会だって増えていく。だったら、それも早めたい。
「瑛さん」
「はい」
「ちょっといいですか?」
スマートフォンを持ったまま声をかける。
「今日のライブ映像見てたんですけど、瑛さんの歌、もっと動画にしたらいいと思って!佐伯さんに相談する前に軽く感触きいておきたくて!」
「動画?」
「はい。今の公式SNSって、五人のコメント動画とか告知が多いじゃないですか。そこに歌の動画も増やしたらいいかなって。今日のカップリング曲とか」
「ライブ映像を上げるってことですか?」
「それもですけど、SNS用に撮ってもいいと思います。例えば一番印象に残るサビだけ短く撮るとか」
「サビだけ?」
「はい。やっぱり長い動画より短い方が見られてるので。最初の数秒で瑛さんの歌がちゃんと伝わるところから始めて、三十秒くらいにした方が――」
「俺、それあんまりやりたくないです」
言葉を遮られた。
「……え?」
瑛は怒っているわけではなかった。ただ、はっきりとそう言った。
「曲って、そこだけじゃないから」
瑛が私の手元のスマートフォンを見る。
「一番分かりやすいところだけ切って、そこだけ聴いてもらっても、別に嬉しくないです」
「でも、今はまず聴いてもらうための接点を増やす時期だと思うんです」
反射的に言い返していた。
瑛が少し目を眇めて、こちらを見る。
「もちろんフルで聴いてもらえるのが一番です。でも、今LYRENを知らない人が、いきなり三分とか四分の動画を最後まで見てくれる確率って高くないと思います。だったら最初は一番伝わりやすいところを見てもらって、そこから曲に興味を持ってもらう方が――」
「じゃあ、広がれば何でもいいんですか?」
その言葉に、一瞬黙る。
「……何でもいいとは言ってないです、でも、気を悪くさせたらごめんなさい」
「....もし俺が曲を作ってたとして、それが一番盛り上がるところだけ切られて、そこだけ使われるのは嫌です」
瑛はまだ曲を作り始めたばかりだ。二〇二六年にはLYRENのアルバムに自作曲が何曲も収録されるようになるけれど、今はまだ世に出たものはない。
「でも、その三十秒をきっかけにフルを聴いてくれる人が増えるかもしれないですよ」
「聴かないかもしれないじゃないですか」
「それはそうですけど」
「じゃあ、その人にとっては、その三十秒がその曲の全部になる」
言い返そうとして、止まった。瑛は少し黙ってから続けた。
「俺、そういうために音楽やってるわけじゃないんで」
少しだけ、胸に刺さった。
私だって、バズれば何でもいいと思っているわけじゃない。むしろ広告代理店にいた頃、何度も似たようなことを言われた。
『もっとSNSで話題になる感じにできませんか?』
『若い子に刺さるワード入れてください』
『とりあえずバズる企画で』
そのたびに、バズるって何だよ、と思いながら企画書を書いていた。
でも今、自分が瑛にしていることも、彼から見れば同じなのかもしれない。
私はさっきまでいたイベントスペースを思い出した。
『瑛くんの声が好きで、LYREN聴き始めました』
そう言っていたファン。曲を聴きながら泣きそうになっていた人。瑛の言葉を一つも聞き逃さないように、真剣に話していた人。
「……分かりました」
私がそう言うと、瑛が少し驚いた顔をした。
「諦めてくれましたか?」
「いや!」
「……え?」
「瑛さんの歌声をもっといろんな人に聴いてもらいたいとは、やっぱり思ってるので」
瑛が眉を寄せる。
「ただ、やり方は考えます」
私はスマートフォンの画面を消した。
「今日、瑛さんの歌を聴いて、『瑛さんの声がきっかけでLYRENを好きになった』って話してるファンの方がいたんです」
「…………」
瑛は黙ってこちらを見る。
今日、初めて分かったことがある。
私は二〇一八年のLYRENを、ずっと未来から見ていた。
フォロワーが何人。再生回数が何回。CDが何枚。
二〇二六年の数字と比べて、まだ少ない、まだ売れていない、まだこれから。
でも、今日目の前にいたファンは数字じゃなかった。一人ひとりに好きなメンバーがいて、好きな曲があって、好きになったきっかけがある。そして五人も、その一人ひとりにちゃんと向き合っていた。
「瑛さんの意思に反したものを出すのは違うと思っているので」
「…………」
「ただ!」
勢いよく続けると、瑛が少し驚いた顔をする。
「今いるファンの方々だけに届けばいいとも、私は思わないです」
瑛の視線が少しだけ鋭くなる。
「今日、瑛さんの歌を聴いて泣いてる人がいました。だったら、まだLYRENを知らない人の中にも、瑛さんの歌声を聴いたら、同じくらい好きになる人がいるはずじゃないですか」
「……」
「だから、お互い納得する方法で何かできればと思います!」
瑛は答えなかった。しばらくして、小さく息を吐く。
「春さん、しつこいってよく言われません?」
「そうかもです」
実際に言われた記憶はあまりないけれど、推しのマネージャーになる世界線にタイムリープするくらいなのだから、無意識の私は相当しつこい性格なのだろう。
「じゃあ、曲を変えるんじゃなくて、曲まで辿り着いてもらう方法を考えればいいんですよね」
「……どういうことですか?」
「例えば短い動画を出すとしても、それ自体を曲の代わりにするんじゃなくて、フルを聴きたくなる入口にする。歌だけじゃなくて、瑛さんがその曲の好きなところを話す動画を先に出すとか、ライブ映像と繋げるとか。やり方はいくらでもあると思います」
話しながら、頭の中でいくつか案が浮かび始める。
玲と優ならダンス。凪なら、これから演技が増えるかもしれない。麗央は喋れるし、MCもできる。そして瑛には、歌と音楽がある。
全員を同じ方法で売る必要なんてない。
むしろ、違う五人だからこそ、入口を五つ作れる。
「……まだ入社して間もないのに、そんな真面目に考えてくれるんですね」
「はい!こういうの考えるの好きなので楽しいですよ!」
「俺はちょっと怖いです」
「何でですか!」
瑛が、ほんの少しだけ笑った。
(……初めて私に笑ってくれた!)
たったそれだけのことなのに、一層やる気が湧いてくる。
今の五人を好きになるはずの人が、ちゃんとここまで辿り着ける道を増やしたい。
ダンスからでもいい。歌からでもいい。演技からでも、トークからでもいい。
入口は、多い方がいいから。
ふと、昔どこかで聞いた話を思い出した。
どれだけ遠くで星が光っていても、その光が誰かの目に届かなければ、そこに星があることすら知られない。
(だったら、私がその光を届かせればいいんだ)
五人はもう、ちゃんと光っているから、私が無理やり輝かせる必要なんてない。
まだその光を知らない人に、見つけてもらわなきゃ。それがきっと、今の私にできる仕事だ。




