16. LYRENのリーダー
それから一時間ほど経った頃。
「春さん」
デスクで別の作業をしていると声をかけられた。振り返ると、麗央が立っている。
「佐伯さんから聞きました。メンバーで定期的に企画を考える時間を作りたいって」
「あ、はい! そうなんです」
「俺もいいと思います」
「本当ですか?」
「はい。俺たちも、やりたいことがあっても、どのタイミングでスタッフさんに言えばいいか分からないことがあるので。そういう時間が決まってたら話しやすいと思います」
「それはよかったです。五人全員で毎回話す感じにしたいんですけど……まとまりますかね」
麗央が少し俯いて、うーんと考える。
「優は多分、いっぱい出します」
「私もそう思います」
「凪も結構言うと思います。瑛は最初あんまり言わないかもしれないですけど、音楽の話になったら喋るので」
「玲さんは?」
「興味のある話なら参加すると思います。今はダンス以外あんまり興味なさそうですけど……」
「やっぱりそうなんですね」
二人で笑う。こうして麗央と話してみると、思っていた以上に話が早い。
「でも、頑張ってまとめたいと思います。俺からみんなに軽く話しておくので」
「いいんですか?」
「はい。俺もいいと思ってるって言えば、みんなも『じゃあやってみようか』ってなりやすいと思いますし。まあ、優とかは春さんが言った方が食いつくかもしれないですけど」
「そんなことないですよ。めちゃくちゃ助かります! 麗央さん、さすがリーダーです」
「いや、まだ何もしてないですよ!」
麗央が少し困ったように笑った。
(……話しやすいな)
もちろん、麗央が礼儀正しいからというのもある。でも、それだけじゃない。一応、便宜上は私と同じ二十二歳だからだろうか。メンバーとスタッフという立場は違うけれど、他の四人と話すときより少しだけ近い感覚がある。
「麗央さんって、リーダーになったのは事務所から言われたんですか?」
「一応そうです。でも年齢もありますし、自然にって感じですね。玲とかも周りをよく見てるし、リーダーの素質はあると思うんですけど、俺の方が性格的に世話焼きだから。まあ、合ってるとは思います」
「確かに。リーダーってだけで何かと頼まれることも多いでしょうし、大変ですよね。今回もありがとうございます」
「……そんなに大変じゃないですよ」
麗央は少しだけ沈黙した後、話を続けた。
「俺、一応リーダーですけど……歌なら瑛の方が上手いし、ダンスなら玲とか優の方が得意ですし。凪もだいぶ年下ですけど、俺にないものを持ってますし」
「……歌もダンスも麗央さん、十分すごいと思いますけど……!」
「はは、ありがとうございます。でも俺、そこまで自分が一番になりたいみたいな欲はないというか。もちろん、歌もダンスも好きですけど」
少し照れくさそうに笑いながら麗央が話を続ける。
「その代わり、インタビューで玲が全然喋ってなかったら話を振ったり、瑛が何か言いたそうだったら聞いたり、優が喋りすぎてたら止めたりするのは、自分が一番向いてるとは思ってて」
「最後、さりげなくいじりますね!」
「あ、バレた。でもとにかく、リーダーは自分に合ってると思います。なんだかんだ楽しんでやってるので」
また二人で笑う。
(こうやって相手が喋りやすい雰囲気を作ってくれるのも、麗央のすごいところなんだろうな)
未来の麗央を見ていたとき、私は何度も「この人はMCが上手い」と思っていた。テレビでもイベントでも自然に話を回して、誰か一人だけが置いていかれることがほとんどない。
単純に喋るのが上手いからだと思っていたけれど、きっとそれだけじゃない。もともと世話焼きで、一人一人の様子をよく見ているから、誰に話を振ればいいのか、誰がまだ喋っていないのかを自然に把握できる。
未来の麗央のMC力は、今の時点ですでにあるこの性格の延長線上にあったんだ。
(....そういえば、二〇二六年の玲も進行はすごく上手かったな)
ただ、麗央とは少しタイプが違う。麗央はもともとの世話焼きな性格で、一人一人の様子を見ながら自然に会話を回していく。一方、未来の玲は誰かの世話を焼くようなタイプではなかったけれど、周りをよく見ていて、話が逸れれば戻すし、意見がまとまらなければ要点を整理する。ライブやコンテンツの打ち合わせでも、必要なところで的確に意見を出す人だった。
(性格は全然違うのに、未来では結果的に二人とも五人をまとめるのが上手かったんだよね)
「……私、麗央さんがリーダーでよかったと思います」
そう伝えると、麗央が一層照れくさそうに笑った。
「え、さっきから何なんですか。ありがとうございます」
「こちらこそです。これから頼りにしてます!」
「はい。俺でよければ」
そのとき。
「麗央!」
声がして振り返ると、玲が立っていた。
「そろそろレッスン行かないと」
(なんか、さっき見たような光景だ……)
麗央が壁に掛かっている時計をちらりと見る。
「え、別にまだ時間あるけど……?」
「…………」
「……まあ、ちょっと早いけど、じゃあもう行こうか」
何も言わない玲を見て、麗央が苦笑する。
「春さん、その件は今日中にみんなにも話しておきます」
「はい! ありがとうございます」
「また定例会議の時間が決まったら教えてください」
「……え、麗央と何の話してたんですか?」
それまで黙っていた玲が口を開いた。
「あっさっき話した企画のことですよ!」
「俺と?」
「はい。玲さんと話してて、せっかくならああいうアイデアを五人でも定期的に話せる時間を作ったらいいんじゃないかと思って。それで急いで資料を作って、佐伯さんに相談して実施することになって!」
「……それで、さっき俺が言った企画の話を麗央としてたんですか?」
玲が少しだけ目を見開いたあと、私と麗央を交互に見る。
「あ、厳密にはちょっと違います! 麗央さんと相談してたのは、定例会議をどう始めるかとか、どうやって進行するかっていう話です。リーダーとして協力してもらえたらと思って」
「ああ」
「玲さんがさっき出してくれたアイデアについては、早速その会議で五人とも話してみたくて!」
「…………」
玲の表情が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
「……まあ、それならいいです」
「え?」
「何でもないです」
(ん?それなら駄目な場合もあったってこと?)
首を傾げていると、玲の視線が私のデスクへ向いた。
「これですか?」
「あ、はい」
開いたままの資料を見て、玲が少し身を屈める。
「月一回?」
「一応です。忙しいときは無理にやらなくてもいいかなって」
「三十分なんですね」
「はい!長いと優さんがずっと喋っちゃいそうなので」
「それはそうですね」
ふっと玲が笑う。
「……最初にテーマ決めた方がいいと思います」
「テーマ?」
「何でもいいから案出して、だと多分まとまらないんで。今日は動画とか、今日はライブでやりたいこととか。一個決めて、それについて話した方が早くないですか?」
「あ……確かに」
私は資料へ視線を戻す。言われてみればその通りだ。むしろ、最初からそうするつもりだったみたいに、不思議なくらいすんなり腑に落ちる。
「それ、いいですね。第一回は動画企画にしましょうか」
「……いいんじゃないですか」
玲が少し満足そうに頷く。そんなやり取りを静かに見ていた麗央が、珍しいものでも見るように玲を見て口を開く。
「玲、珍しいね」
「何が?」
「いや、そういうの自分から言うの。メンバー同士ではたまにあるけど、スタッフさんにアイデアを伝えるとか珍しいなと思って」
「……別に。思ったこと言っただけ」
「ふーん」
「何」
「いや、いいんじゃない? 玲がそういうの興味持つの」
「……いいから行くよ」
「はいはい。...春さん今日はありがとうございました!レッスン行ったら俺らそのまま直帰なんで、また明日!」
また明日と私も返し、二人の背中を見送りながらさっきの玲とのやり取りを思い返して嬉しくなる。
(....玲が、かなり企画アイデアを出すことに前向きになってくれたみたいでよかった)




