第4章2
結論から言おう。
アリスを殺したのは私だ。
しかし同時に私はアリスを愛している。
ずっと一緒にいたいと思ってた。
どうしてこんなことになったのか、これから話す。
十一月十八日まで遡る。
公園を出た私はプリンがふたつ並んだビニール袋を揺らしながらアリスの家に帰った。
揺れるプリンたちは私がベンチに座り、悩んで、悩んで、悩み抜いた重大な決意と対照的だ。
アリスの家の門をくぐり、借りた鍵でアリスの家に入る。もう慣れた動作だ。
そしてアリスの部屋の扉を開けると私の時間は止まった。
目の前の光景を、自分が見ている現実だと受け入れられない。
アリスは自分のベッドで眠るように横たわっている。そしてアリスの部屋には大量の薬のシートが散乱している。
明らかに異常な状況。
なぜアリスは私が遊びに来ているのに眠っている?
さっきまで、アリスは普段なら見せないような表情まで私に見せていた。
私はアリスと仲直りするための言葉と、二つのプリンを持って戻ってきた。戻れば、その続きを始められるはずだった。だが、アリスは起きない。こちらを見ようともしない。
それに大量のシートは何だ? 本来あるはずの錠剤はなく、シートはすべて空になっている。
アリスはこれを一度に飲んだのか? 事故ではない。では、何のために。
答えになる言葉は、もう頭の中に浮かびかけていた。私はそれを認められなかった。
そこで私の思考は焼き切れた。
アリスのところへ行かなければならない。そう思って足を出そうとした。
けれど命令は届かなかった。膝から力が抜け、私は壁に身体を擦りながら床へ崩れ落ちた。
私の体に意識を向ける。息がうまくできない。浅くなっているのか、息をしている感覚がない。指や顎も動かない。身体に「動け」と命じても通らない。アリスから視線を外せない。まばたきをしているのかさえ分からない。
アリス、と呼ぼうとした。顎は開かず、名前は喉の奥で潰れた。
音も遠くなっていく。時間という概念自体が失われていく。連続した文章だった思考も途切れ途切れになり、単語の羅列になる。
思考が先へ進まなくなり、考えが同じところをぐるぐるまわっているのを感じる。
息を確かめる。
そのために近づく。
近づくために足を動かす。
そこまで考えたはずなのに、次に浮かんだのは、また「アリスは眠っている」だった。
眠っている。アリス。見る。
どうなっているか。わからない。私が。知っているの。睡眠導入剤。だけ。
本当は。眠っている。だけかも。違う。考えても。やっぱり。違う。
時間。分からない。アリス。行かないと。何が。あったか。知らないと。
考える。考える。考える。考える。
動いて。動いて。動いて。動いて。
やがて、時間感覚を失った私の中に、少しずつ周囲が戻ってきた。
最初に戻ったのは、力ではなく痛みだった。床に押しつけられていた指先に、針を刺すような痺れが走った。それが自分の指だと分かるまでにも時間がかかった。
時計の数字は目に入っている。けれど、それを時刻として理解できない。
ここまで何分経った? もしかしたら、何時間ということもある。
外を通る車や人の音は、いつの間にかほとんど聞こえなくなっていた。十一月の床は冷たく、触れている場所から少しずつ私の体温を奪っていった。
床だけではない。部屋の空気まで冷たいことに気がつく。だが、その情報を何かにつなげることはできない。
アリスの身に何があったのか。
薬を飲んだ。
その確信だけは消えない。
息はしているだろうか。心臓は動いているだろうか。薬を喉に詰まらせてはいないだろうか。
確かめなければならない。
アリスのところへ行く。
今の私が一つにつなげられるのは、そこまでだ。何をすれば助けられるのかまでは考えられない。それでも、アリスのところへ行かなければならない。
指先がわずかに動いた。次に手首が動いた。腕へ力を入れようとすると震えたが、床を押すことはできた。
立ち上がろうとして失敗した。脚はまだ、私の重さを支えられない。
私は膝を床についたまま、腕で身体を引きずるようにしてアリスのもとへ向かった。普段なら10秒もかからない距離だった。そのわずかな距離が、私とアリスの間を永遠のように隔てていた。
近づく。
アリスに触れる。
何が起きたのか確かめる。
その先に何をすべきなのかは、まだ考えられなかった。
「アリス」
ようやく出た声に、返事はない。
もう一度名前を呼び、肩に触れる。それでもアリスは動かない。
頬は冷たい。胸元を見つめても上下していない。口元へ顔を寄せても、息の温度を感じない。顎へ触れると、眠っている人間にはない硬さがある。
手首に当てた指には、自分の震えしか伝わらない。首へ移しても、何も見つけられない。
横を向いた顔の、下になっていた耳と頬には、赤紫色の変色が浮かんでいる。
それは眠りではない。
私は、アリスがもう死んでいると確信した。
動けるようになったときには、もう何も間に合わないと、私は思った。
部屋の入口には、二つのプリンが入った袋が落ちていた。
プリンはまだ二つあった。仲直りするための言葉も、私の中に残ったままだった。
渡す相手だけがいなくなった。
救急車。
その言葉が、ようやく頭に戻ってくる。
けれど、それはもうアリスを助けるためのものではない。呼べば、アリスが死んだことを誰かに知られ、アリスはここから連れていかれてしまう。
私は、携帯電話へ手を伸ばさない。




