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第4章4(下)

 十一月二十二日、学校へ行く。

 担任が朝のホームルームを終えたあと、私の席の近くへ来た。

「少しいいかな?」

「はい」

「白石さんのこと、何か知ってる?」

「なにかってなんですか」

「金曜日もそうだったんだけど、学校に連絡がなくてね。凛さんなら何か知っているかと思って」

「なるほど。家にいると思いますよ」

 担任は少しだけ眉を寄せた。

「体調が悪いのかな」

「そうかもしれません」

 私はそれ以上のことを言わなかった。

 担任も、それ以上はその場で聞かなかった。教室の中だったからかもしれない。私の答えで十分だと思ったのかもしれない。

 昼休み、桐谷がまた来た。

「白石、今日も来てないんだな」

「そうだね」

「大丈夫なのか?」

「どうだろう」

「見舞いとか行ってるの?」

「家には行ってるよ」

「そっか」

 桐谷は何か言いたそうにしていたけれど、結局それ以上は聞かなかった。

 放課後、リュックを背負ってアリスの家へ向かう。門柱の郵便受けから鍵を取り出し、玄関を開ける。

「ただいま」そのままアリスの部屋へ。

 ここまでは流れ作業だ。何をしようか?

「アリス、来たよ」

 アリスは死んでいる。

 またアリスの棚から本を取り出して読む。

 しばらくアリスのそばで過ごしたあと、帰りに施錠し、鍵を郵便受けへ戻した。そして私は家へ帰った。

 夜、昨日と同じように日記を開いた。


 九月一日


 夏休みが明けました。こんなうれしいことはあるでしょうか!

 学校で毎日会えるから、土日に遊ぶ約束だってしやすくなるはずです。がんばらないと! 何をがんばればいいのかわからないけど。

 今日は凛と本の話をしました。夏休みの間に本をたくさん読みました。だから凛と同じ話ができるのはとってもうれしいです!

 凛と会えない間は勉強と読書をがんばって、少しでも凛と近づけたらいいなーって思っていました。こんなふうに私がいい方に変わっていけるのは凛のおかげです。ありがとう、凛。

 それと今日は珍しいことがありました。男子が私に告白をしてきました。「好きです。付き合ってください」一番ありきたりで、一番わかりやすくて、自分が言うなら、一番憧れる言葉でした。「ごめんなさい。好きな人がいるので」私は正直に返しました。一生懸命な気持ちで言ってくれたのはわかります。自分が言う側だと思うと心がキュッとするから。

 こうやって告白されるのはこの学校に入って初めてではありません。凛と比較するとほんの少しだけど、私もそこそこモテるようです。正直に言うと、全然うれしくありません。告白お断りってプレートを掲げて歩きたいくらい、断るのは疲れてしまいます。申し訳なさや相手の勇気が恨ましくなったりして。

 凛は告白されることをどう思ってるんだろう? あれだけ超然としているんです。興味がないんでしょうか。今度聞いてみようかと思ったけど、それはできそうにありません。

 だって自分に答えを突きつけられるみたいだから。

 いつか告白したらいいのか。このまま親友ポジションをキープしていくのがいいのか。全然わかんない。何度もここで考えが止まっちゃう。どうしたらいいんだろう。

 また明日も悩む気がします。


 ここまで読んで、日記を閉じた。

 この頃には、アリスの悩みをもう私は感じ取りつつあった。最初は憧れなのかなと思っていた。私への感情の形がはっきりと見えなかったからだ。私は万能なんかじゃないし、なんでも分かるわけじゃない。この時、アリスの心情を正確に理解していたとしても、私はきっと答えを返せなかった。

 アリスも日記に書いていたけど、私はアリスが隣にいるのが好きだったんだ。アリスが隣にいることも、親友であることも、変わらない大切な日常も好きだったからだ。

 もう隣にアリスはいない。


 十一月二十三日、今日は祝日だ。

 朝食を食べず、急いで家を出る。この家に、いってらっしゃいはない。

 アリスの家に着く。門柱の郵便受けから鍵を取り出し、玄関を開ける。

「ただいま」そのままアリスの部屋へ。

 ここまでは流れ作業だ。何をしようか?

「アリス、来たよ」

 アリスは死んでいる。

 アリスの棚から本を取り出して読む。

 しばらくアリスのそばで過ごしたあと、帰りに施錠し、鍵を郵便受けへ戻した。そして私は家へ帰った。

 夜、昨日と同じように日記を開いた。


 十月二十一日


 最近は寒くて、私はマフラーを出しました。凛はまだみたい。いつ出すんだろう。

 凛と私はもうセットで見られています。それ自体はうれしいことです。でも肝心なことはセットじゃないみたい。

 凛は私の気持ちに気づいてる。そう思います。そして凛はそれを私に隠していません。たぶん、いやきっとそうだと思います。凛は私のことを大切に思ってくれてるとも思う。たぶん仲の悪い家族よりも。きっと。でももし私の知らないところで私より大切な人がいると思うと狂いそうになる。そんなことはないってわかる。凛のことはわかる。いやわからない。凛は本当は私のことを遠ざけたいんじゃないのかな。そうじゃないと私が凛を好きだと気づいているようなそぶりを見せたりしない。いや違う。凛はいつも正しい。そういうところも好き。だけど凛の気持ちはわからない。わかっていたら逃げ出したかもしれないけど、立ち向かうこともできるかもしれない。言えるかもしれない。好きだって。またこんなことばかり悩んでる。こんなのはおかしい。助けてよ凛!

 今はすごく幸せ。仲のいい友達がいて、それは親友で、それは好きな人で、一番近くにいられる。日記を書いてておかしくなっちゃいました。私は大丈夫です。生きていたいです。明日が楽しみだと思います。

 凛と生きていきたいです。もし人生最後の日を迎えるとしたら凛と一緒にいたいです。そしたら死んでもずっと一緒にいられる気がするから。


 私は日記を閉じた。この頃から、アリスの日記には、一日の中でも感情や話題が混ざり、互いに矛盾する言葉が並ぶことが増えていた。日記を読む限り、アリスはきちんと定期的に病院へ通っていた。それでも、精神状態は悪化しているように見えた。そこに、私への恋心が影響していたことは分かる。でもこの日記の前後には目立った内容は書かれていない。突発的なものだったのだろうか。

 それと私は、アリスの気持ちに気づいていたことを、本人に隠していた。なぜなら私の希望はアリスが隣にいてくれることだったからだ。気が付かれたのか? それはないだろう。アリスはそこまで勘が良くない。見破られるとは思えない。

 それは私の驕りだったのではないのか? そう。否定はできない。


 十一月二十四日、担任の声は、二十二日の月曜日より少し硬かった。ホームルームのあと、また私が呼ばれる。

「白石さんの家には行っているの?」

「はい」

「白石さんは家にいるの?」

「病院に行っていなければ、家にいると思います」

 担任はすぐには返事をしなかった。

「白石さんのお母さんとは話した?」

「仕事で海外に行っているって聞いています」

「今も?」

「明日帰ってくるそうです」

 担任は少し考えるように黙った。

 その沈黙の間、廊下を誰かが走る音がした。注意する先生の声が遠くで聞こえる。教室の中では、誰かが椅子を引いた。

「……それなら、明日もう一度確認してみるね」

「はい」

 担任との話はそこで終わった。


 放課後、リュックを背負ってアリスの家へ向かう。門柱の郵便受けから鍵を取り出し、玄関を開ける。

「ただいま」そのままアリスの部屋へ。

 ここまでは流れ作業だ。何をしようか?

「アリス、来たよ」

 アリスは死んでいる。

 今日でアリスの家に来るのも最後かもしれない。そう思うと、また涙が出そうになった。

 しばらくアリスのそばで過ごしたあと、帰りに施錠し、鍵を郵便受けへ戻した。そして私は家へ帰った。

 夜、昨日と同じように日記を開いた。


 十一月四日


 凛、一緒に死んで。

 いや、私を殺して。そして私を殺したと思いながら生きて。

 私はその姿をずっと見てるの。たぶん、きっと、胸がドキドキすると思う。

 昨日は楽しかったなあ。1日であんなにスイーツを食べたのは初めてでした!

 ひとりで食べきれなかった分は、凛も手伝ってくれました。幸せだなあ。

 どうやったらこの気持ちから抜け出せるのかな。やっぱり一度死んでみないとわかんないよ。よく考えたら死んだらダメだった。

 もし自分が死んでも、凛には笑っていた自分を覚えていてほしい。

 そんなふうに思う。


 私は日記をもう一度読んだ。アリスが書いたなんて信じられなかったからだ。アリスの中の黒いものは溢れ出さんばかりの勢いだった。

 アリスの日記には波がある。明るい日、落ち込んでいる日、精神的にひどく参っている日。

 これはこれまでで一番強烈で、私の知るアリスとは「違っている」。さすがに私も一度で受け止めることはできない。どうすればアリスをそこから救い出せたのだろうか。

 私には分からない。アリスの別の顔がこちらに向いたようだった。


 十一月二十五日、今日は寝起きがいい。私は、私にできる限りを尽くして、この一週間を過ごした。そこには後悔も達成感もない。

 私は学校に行き、アリスの家には行かず、家に帰った。ただいまはない。

 私は部屋の冷蔵庫を開け、プリンが二つ、並んだまま残っているのを見る。そしてプリンを一つだけ取り出す。

 そして蓋を開け、食べる。コンビニで買ったプリンの賞味期限は案外長い。口に運ぶと、予想どおりの甘い味が広がる。こんな時でも甘さは女の子を笑顔にするようだ。

 プリンはあと一つ残っている。さあ、どうしようか。


 ひとつ残っているのは、私と同じだ。

 私はもう、独りだ。


「アリス、私、頑張って生きていくよ。でもきっと、難しいんじゃないかな? アリスがいなくなって、まだ一週間なのに、私はもうこんなに空っぽだ」













第4章5

二〇一二年十一月二十一日。

「本日6時ごろ、県内の海岸で、若い女性が倒れているのを近くを散歩していた男性が発見し、警察に通報しました。

 女性はその場で死亡が確認されました。警察は、女性が死亡した詳しい経緯を、事件と事故の両面から調べています。

 亡くなったのは、県内の高校に通う3年生、九重凛さん、18歳です」












終章

私は、好きな人を殺した。


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