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第1章 2

 校門を出てしばらく歩いたところで、アリスが隣で小さく息を吐く。

「なんか甘いもの食べたい」

 唐突なようでいて、アリスがこういうことを言い出すのは珍しくない。授業の終わり、駅へ向かう途中、まだ帰るには早い気がする時間。空腹なのか、疲れなのか、ただの気分なのか、本人にもたぶんはっきりしていないのだと思う。

「急だね」と返すと、アリスは当然みたいな顔でこちらを見る。

「凛は食べたくない?」

「言われたら食べたくなってきた」

「ほら」

「アリスのせいじゃん」

 そう言いながらも、私の足は帰り道のコンビニへ向いていた。いつもの帰り道にはコンビニが1軒ある。わざわざ相談するほどのことでもなく、店の前まで来ると、二人とも自然に入口へ向かう。

 白い光の店内に入ると、アリスは迷わずデザートの棚へ向かった。私は飲み物の棚を一度見てから、その隣に立つ。棚にはシュークリームやエクレア、ゼリー、プリンが並んでいる。アリスはその中からプリンの列を見つけると、嬉しそうに顔を近づけた。

「プリンにしよ」

「また?」と聞くと、アリスは不思議そうに「またって何?」と返してきた。

「この前も食べてたじゃん」

 アリスはプリンへ伸ばしかけた手を止め、棚を見たまま記憶を探る。

「え、いつ?」

「先週の木曜日。アリスの部屋で食べたやつ」

「……それ、先々週じゃなかった?」

「先週だよ。落としかけた日」

「ああ!」と、急に思い出したらしい。アリスは納得した顔でこちらを見た。

「食べた。食べた。思い出した」

「でしょ?」

 でも落としてないよ、とアリスは不服そうに言う。私が受け止めたからね、と返すと、アリスは「つまり落としてない」と当然のように言った。

「私のおかげでね」

「そこまで恩着せる?」

 笑いながら、アリスは結局プリンを一つ取る。前と同じものではなく、今日はクリームが乗った少し高い方を選んでいる。私は隣にあった固めのプリンを取る。アリスの選んだものより見た目は地味で、でもこちらの方が味ははっきりしていそうだった。

 会計を済ませて店を出ると、アリスは袋の中を覗き込んで「どこで食べる?」と聞いた。

「歩きながらプリンは無理でしょ」

「それはそう」とアリスはあっさり頷く。それから、最初から答えが決まっていたみたいに言った。「うちで食べない?」

「それしかないか」

「プリンだよ。外で食べるものじゃなくない?」

「まあね」と答えた。断る理由はない。アリスの家にはもう何度か行っているし、今さら特別な寄り道というほどでもない。外のベンチでプリンを食べて、またアリスが落としかけるよりは、ローテーブルのある場所の方がずっといい。

 駅から離れると、学校帰りの生徒の数は目に見えて減っていく。商店の明かりより住宅の窓の明かりの方が多くなり、すれ違う人もまばらになった。道沿いの家はどれも道から奥まって建ち、玄関先には鉢植えや自転車が置かれている。駅の近くより道幅も広く、家と家の間にも余裕があった。

 最初のころはアリスの後ろをついて歩いていた道も、何度か通ううちに自然と覚えてしまった。どこで曲がればいいのか、どの角まで来れば家が見えるのか、考えなくても足がそちらへ向く。

 門をくぐり、玄関で靴を脱ぎ、2階の部屋へ上がる。アリスはリュックを床へ置くと、ローテーブルの上に袋を置いた。私はいつもの場所に座る。正面ではなく、少し斜め。向かい合うよりその方が話しやすいらしく、何度か来るうちに自然とそこが定位置になっている。

 アリスの部屋は、最初に来たときよりずっと見慣れた場所になっている。机、本棚、ローテーブル、ベッド。物の位置は大きく変わらない。だからプリンを置く場所も、飲み物を置く場所も、私が座る場所も、なんとなく決まっている。

「いただきます」

 アリスがふたを開ける。私も自分のプリンを開けながら、横目でアリスの方を見る。視線に気づいたアリスが「なに?」と聞くので、「いや」とだけ答えた。

「1口あげるって言ったじゃん」

「まだ何も言ってないよ」

「見てた」

「見ただけ」と返すと、アリスは自分のプリンをひと口分すくって、こちらへ差し出した。そこまでされると、妙に餌付けされている感じがする。でも断る理由もないので、そのまま食べる。クリームが強く、甘さもはっきりしていて、アリスが好きそうな味だった。

「どう?」

「おいしい。アリスが好きそう」

「それ褒めてる?」

「褒めてる」

 今度は私の方をひと口分すくって渡す。アリスは食べてから、味を確かめるように首を傾げた。

「凛の方がプリンって感じする」

「どういう感想?」

「私のはクリームが強い。凛のはちゃんとプリン」

 ちゃんとしたプリンってなんだ?

「自分でそれ選んだんでしょ」と言うと、「選ぶ前に教えてほしかった」とぶすっとふくれた。

「無茶言うね」

 アリスは文句を言いながらも、自分のプリンを気に入ったらしく、結局すぐに食べ進めていく。私はその様子を見ながら、自分の方をゆっくり食べる。

 ローテーブルを挟んでプリンを食べているだけなのに、一人でいるときとはまるで違う時間になる。以前の私なら、帰り道にコンビニへ寄っても、飲み物を1本買って終わりだったと思う。甘いものを買うことはあっても、人の部屋でプリンの硬さについて真面目に話すような放課後はなかった。

 食べ終わった容器をまとめ、アリスがそれを袋に入れる。私はスプーンをそろえて渡す。特別な約束をして来たわけでもないのに、帰り道の続きみたいな顔でこうして部屋にいる。

 アリスと一緒にいるようになってから、こういう予定にない寄り道が増えた。


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