第3章4(下)
十二月八日、水曜日の放課後。
鳴海が校門から少し離れた私の帰り道で待っていた。学校の敷地の周りではなく、私を逃さない場所、そんなところなのだろう。もしかしたら私を張り込んでいるのか? そうだとしたら、それはさすがに気持ち悪いと思う。
「今日は、どちらへ行きますか?」
私が先に尋ねると、鳴海は一瞬だけ目を丸くする。
「断ってもまた来ますよね?」
「そうなのですが、凛さんは任意でご協力いただく立場です。ですので最悪ずっと無視されるのかと思っていました。なので率直に言うと、今驚いています」
「まあ正直鬱陶しいし時間の無駄だと思っています。隠しててもしょうがないですから、これくらいは言わせてもらいます。だけど事件解決を手伝うのは一般人としては正しいことですよね。もっとも鳴海さんにとって私は一般人ではないかもしれませんが」
「……」鳴海は答えない。いや、すぐには答えられないといったところか。鳴海が私をどう認識しているかはさすがに分かる。そこまで私は馬鹿じゃないつもりだ。
「前回と同じ店で構いませんか」鳴海はようやく言葉を絞り出したようだ。
「構いません。今日もケーキを頼んじゃいますね」「どうぞ」
今日はいつもと違い、どうやら私に主導権があるようだ。
いつもの店へ入り、前回と同じ席に座る。鳴海は紅茶を注文し、私はケーキセットを選ぶ。だがモンブランにするか、チーズケーキにするか迷っていた。
「どうされました?」鳴海が私の様子を見て怪訝な顔をする。
「実はモンブランにするかチーズケーキにするか迷っていて。おかしいですよね。刑事さんといるのにこんなことで悩むなんて」
「思い切ってどちらも頼まれてもいいのですよ。きっとどちらも美味しいでしょうから」
「鳴海さんにそんなことを言われるとは思いませんでした。まるで普通の女子同士の会話みたいですね。ですが、残念ながら2つとも頼むのはやめておきます。そういうのはアリスの担当でしたから……」
「……。白石さんは甘いものが好きだとおっしゃってましたよね。辛いことを思い出させてしまったかもしれません。失礼しました」鳴海は私のことをおもんばかっているのか、それとも貴重な話が聞けたと思っているのか。私には分からなかった。
「いえ、大丈夫です。これくらい。決めました。モンブランにしようと思います」
鳴海が注文する。今日は紅茶とケーキがすぐに運ばれてきた。私たちは、4度目となる紅茶を囲んで向かい合った。
「前回、二十日の夜に泊まったことと、二十一日も白石さんの家にいたことを確認させてもらいました。今日は、二十四日のことを聞かせてください」
「二十四日ですか。寒かったです」
「二十四日に白石さんの家へ行きましたか」
「行きました」
鳴海は、私が認めたことに驚いた様子を見せない。
「二十四日に家へ行った時間と、出た時間を教えてもらえますか。その間に何をしていたのかも、覚えている範囲で話せますか」
私は、ケーキにフォークを入れる。
「学校が終わってから寄り道せずに行きました。なので着いたのは17時前です。家に着いて、しばらくゆっくりして、それからは泊まっていた日とそう変わりません。それから寄り道せずに家に帰りました。帰った時間は自分の最寄り駅の監視カメラで確認されていると思いますので割愛します。これで満足でしょうか」
「ありがとうございます。二十四日も、白石さんの部屋にいたんですか」
「はい。アリスの部屋にいました」
「二十四日は、どれくらい白石さんの家にいましたか」
「自分が答えるより、アリスの家を出てから私の最寄り駅までの監視カメラで確認されることをおすすめします」
「凛さんの口から説明していただけませんか?」
「正確には覚えていません。なので監視カメラや目撃情報なんかで確認してください」
お互い相手に隙を与えないようにすぐに言い返した。鳴海は私から目をそらし、手帳を数ページ確認してから、何やら書き込んでいる。私はぬるくなる前に紅茶を口に含んだ。もちろんモンブランを食べるのも忘れない。程よい甘さが口の中に広がった。
「二十四日以降は、白石さんの家へ行っていませんか」もう少しモンブランの甘さを堪能したかった私は、鳴海を手で制して紅茶を一口飲んでから答えた。
「行っていません」「二十四日が最後ですか」「そうです」
「二十日の夜に泊まり、二十一日は朝から家を出るまでそこにいた。そして、二十四日にも行っている。十八日以降、何度か白石さんの家へ行っていたことになります。こうして何度も白石さんの家へ行っていた理由を聞いてもいいですか」
鳴海が、三つの日付を並べている。前回は二十日と二十一日のこと。今日は二十四日のことだ。つなげてなんらかの意味があることを言わせたいのだろう。理由は正直いくつもある。だが私は、その中でも一番シンプルなものを選んで口にした。
「友達だからです」
「友達だから……ですか……?」鳴海は言葉を失ったように小さな声をひねり出した。
「友達だから泊まりに行く、友達が休んでいればお見舞いに行く。普通のことです」
私は言い切ったと言わんばかりにモンブランに手を伸ばした。紅茶はぬるくなっているが、致命的ではない。鳴海が再び声を上げるまで、ゆっくりモンブランを味わおう。
鳴海はまだ私に向けた言葉を探しているようだ。手帳をみだりに見返したりするような慌てた様子を見せないだけでも上出来だろう。
鳴海が黙っている時間は長く、その間に私はモンブランを食べ終わり、紅茶も飲み終えてしまった。
「友達の家に泊まったことや、お見舞いに行ったこと自体を問題にしているわけではありません。ただ、あなたは何をしていたのかについては話してくれますが、白石さんがどんな様子だったのか、何を話したのかについては、ほとんど話してくれません。私はそこを確認したいんです」
「それ以上はお話ししたくありません。プライバシーに関わりますので、このあたりまでで」
「やはり、答えていただけないんですね。私には、そこまで話したくない理由のほうが気になります」
鳴海が欲しいのは、私の答えではない。鳴海が納得できる形に整えられた答えだ。
「これ以上、どう説明すればいいんですか」
鳴海は、返事をしない。
この時間、果てしなく無駄だな。もう帰ろうかな、そう思った。聞かれたことには答えたし、言いたいことは言った。私が帰りを告げようとしたときだった。
「あなたの話を、そのまま信用するのは難しいと思っています」
鳴海が、静かに言う。どうにか言葉を形にできたようだ。
信用するかどうかは、鳴海が決めればいい。私は、最初から信用してもらおうとしていない。信じてくださいと頼んだ覚えもない。ただ警察が、あるいは鳴海だけかもしれないが、とにかくそれが煩わしくてできるだけ素直に聞かれたことに答えてきただけだ。
「じゃあ、信用しなくていいですよ?」
鳴海の表情が、変わる。まるで敵を見るようだ。
私は、笑ってはいない。けれど、笑っているように見えるかもしれない。先に仕掛けてきたのはあっちだ。だから、余計な言葉はいらない。
鳴海は、しばらく私を見たまま黙っている。
それから、テーブルの上のカップへ視線を落とし、ゆっくり息を吐く。
「……保護者の方にも同行していただいて、後日話を聞かせていただこうと思っています」
「保護者の方に?」私は思わず吹き出してしまった。
「すいません、笑っちゃって。どうぞうちの保護者に連絡してください」
私の言葉や振る舞いを見て、鳴海は本格的に敵意を隠さなくなった。これは仕方がないことだ。
「笑うことなのですか? 保護者の方にも納得していただいたうえで、同行していただき、警察署でお話を伺おうとしているのですよ?」
鳴海は奥の手を切ったようだ。私からきちんと説明させることができると思っているからだろう。しかし現実は違う。
「どうぞ好きになさってください。まあ無駄だと思いますけど。今日はこれ以上話すこともないのでこれで失礼しますね。ケーキと紅茶、ありがとうございました」
今日は私から去ることにした。次に会うのは任意出頭で呼び出される警察署か、それともまた紅茶を囲むのか楽しみだ。




