第3章3
十二月三日、金曜日。
学校から駅へ向かう道で、また鳴海に呼び止められた。鳴海は進路を塞がず、歩道の端で私の返事を待っている。
「今日は、お時間は少しでいいですか?」
口にしてから、自分が思っていたより日常を取り戻しつつあることに気づいた。
「何度もお時間をいただいて、申し訳ありません。先日お話しいただいたことも含めて、もう一度お話をうかがえればと思っています」
正直断ってしまおうかと思った。私が断ったとき、鳴海がどんな顔をするのか興味があった。
「これって任意での聴取ですよね? 断ってもいいですか。正直、こう毎日のように来られると参ってしまうというか……」
私は小説やドラマでかじった知識を元にそれらしいことを言った。
鳴海は、すぐには返事をしなかった。鳴海の顔色に変化はなかった。
「ご無理を承知で、少しお話しできませんか? 十八日の帰り道について、途中で立ち寄った場所と、白石さんの家に着いてからのことを、もう少し確認させてください」
鳴海は誠実な対応を見せた。この態度に対して無下に断ることはできない。
「分かりました」
私と鳴海は歩道の端に寄り、立ったまま話を続けることにした。駅へ向かう人の邪魔にならず、話を聞かれそうにない場所だった。
鳴海はいきなり切り出した。
「十一月十八日は学校を出てから、白石さんと一緒に帰ったんですね?」
「これって前も話しましたよね?」
「すみませんが、改めて確認させてください」
「分かりました。ですができる限り同じことを聞かないでください。そのための手帳だと思いますし」
私は鳴海の手帳に目を向けた。
「分かりました。ただ、捜査では手順を踏んで確認することも大切なんです。ほかの刑事からも同じことを聞かれるかもしれませんが、その際はご協力いただけると助かります」
「申し訳ないですがさすがにそこまで協力的にはなれません。捜査のために必要なことは理解できます。ですが同じ話なら鳴海さんに聞けばいいじゃないですか。ですからもし、他の刑事さんに鳴海さんと同じことを聞かれたときは、鳴海さんの名前を出させてもらいます」
「承知しました。その際は私の名前を出していただいて構いません。ご迷惑をおかけします」
「よろしくお願いします」
鳴海は改めて、帰宅までの動きを尋ねた。
「はい。そのまま寄り道せずに駅に着いて、電車に乗ってアリスの駅まで行って、また寄り道せずにアリスの家に行きました。着いたのが17時前で、アリスの家を出たのが21時より前です。そのあとは寄り道せずに帰宅しました。これでいいですか?」
「ありがとうございます。以前にお話しいただいたとおりです」
鳴海は、私の顔を見たまま頷いた。
そこまでは、前にも話したことだった。
「白石さんの家では、どう過ごされていたのでしょう?」
今までにない問いだった。かなりプライベートに踏み込んだ質問だ。
「話をしたりしていました」
「どんなことを話したんですか?」
「学校の話とか、そんなところです」
少し投げやりに答えても、鳴海は構わず質問を続けた。
「お話を続けていたのは、白石さんの家から帰るまでずっとでしょうか?」
質問は、アリスの家での過ごし方へ踏み込んできた。
プライバシーはどこかで迷子になったらしい。
「私が途中でコンビニへ買い物に出て、公園にも寄りました」
鳴海の表情が、わずかに変わった。
「コンビニでは、何を購入されたのですか?」
「そんなことを聞いてどうなるんですか?」
買ったものまで聞かれるとは思っていなかった。
「分かりません。だからこそ調べているというのが正直なところです」
正直、話すのは嫌だった。けれど、今日黙っていても鳴海はまた現れる。
私はプライバシーを手放すことにした。
「ひとまず納得しておきます。コンビニで買ったのは……エナジードリンクとプリンです」
「変わった組み合わせですね」
「私がエナジードリンクを好きなんです。プリンはアリスの好物です」
プリンという言葉を口にすると、アリスがそれを選ぶときの情景が思い浮かんだ。
甘いものを見つけると、アリスはすぐに私へ知らせに来る。コンビニ、カフェ、ビュッフェ。どんなときも笑顔を浮かべていた。
結局のところ何を思い浮かべても一番最初に出てくるのはアリスのことなのだ。改めてそう思った。
「話が逸れてしまい失礼しました。コンビニで買い物をしたあとは、白石さんの家に戻られましたか?」
「いえ、コンビニとアリスの家の間に公園があって、そこのベンチでエナジードリンクを飲みました」
鳴海は、初めて聞く話を手帳に書き込んでいた。少しの間ができた。
「白石さんのお宅で飲まなかった理由はありますか?」
「特別なことはないです」
ここまで何分間質問を受けているだろう。ここまで来ると立ち続けているのもあり、疲労感を隠せなくなってきた。
「どれくらいの時間、公園にいましたか?」
「本当に細かいですね」
「すみません」
「正確な時間は分かりません。けれど、1時間とかはいなかったと思います。そのあとはアリスの家に戻りました」
「家に着いてからは、何をしていたんですか?」
さすがにこれ以上プライバシーを踏み荒らされるのは勘弁だ。
「その話はしたくありません」
鳴海は私を見たまま、静かに尋ねた。
「話したくない、ということですね?」
「はい」
「分かりました。本日もご協力ありがとうございました」
鳴海が話を終えようとしているのが分かった。
「もうこれっきりにしてくださいね」
「できるだけそうします。ただ、必要な確認があれば、もう一度お声がけするかもしれません」
「……」
次は私から断る。そう伝えようか迷った。
「どうぞよろしくお願いします。今日はこれで失礼させていただきます」
「分かりました」
「失礼します」
鳴海は一礼してから、駅とは反対側へ歩いていった。
私はその背中が見えなくなるまで、しばらくその場に立っていた。
鳴海の姿が見えなくなってから、ようやくひと息吐いた。
本当に失礼だったなあ……。




