第3章2
十一月二十七日。
アリスがいたら、一緒に出かけていたかもしれないショッピングモールへ、私は一人で行った。
服や雑貨の店を見て回り、アリスがスイーツがおいしいと言っていた店の前でも足を止めた。けれど店に入る気にはなれず、ガラス越しに店内を眺めただけだった。
アリスと一緒なら、どの服が似合うか話しながら歩いていたと思う。雑貨を見つけて、アリスが手に取ったものを私はどうでもいいと言い、アリスが少し怒ったふりをする。そういうことを、何度も繰り返していた。
一通り見て回ると、帰るには中途半端な時間になっていた。私は珍しく一人でカフェに入り、窓際の席で紅茶を飲んだ。向かいの席は空いている。アリスがいれば、きっと何かを注文していた。新しいスイーツを見つけて、私が食べるかどうかを聞いてきたはずだった。
そのあと、大型家電量販店へ行った。店内を見て回り、いくつかの売り場を通り過ぎた。アリスが一緒なら、私が長く見ているあいだに退屈そうな顔をして、そろそろ行こうと声をかけてきただろう。
私はそこを出てから、いつもアリスを待たせることになる大型書店にも立ち寄った。本を選ぶのに時間がかかる私の横で、アリスは文句を言いながらも、結局はいつも待っていてくれた。
そんなことを思いながら、その日を終えた。
二十八日は、家から出なかった。
アリスのいない場所へ行くと、どこへ行ってもアリスのことを考えることになる。だったら、最初からどこにも行かない方がいいと思った。
二十九日の放課後、駅へ向かって歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。
「凛さん。この前は急にお時間をいただいて、ありがとうございました。今日も少しだけ、お話をうかがってもよろしいでしょうか?」
振り返ると、鳴海が立っていた。
駅前には、同じ学校の生徒も何人かいた。鳴海は人の流れから少し外れた場所で足を止め、私が立ち止まるのを待っている。
「少しだけなんですね?」
「はい。今日は、白石さんのことについて、いくつか確認させていただきたいと思っています。駅前で長くお引き止めするつもりはありません」
「分かりました」
鳴海は、私の返事を聞いてから手帳を開いた。立ったまま話すことに慣れているようには見えなかったけれど、私をどこかへ連れていこうとする様子もなかった。
「前回は、白石さんが普段どのように過ごしていたかを教えていただきました。今日は、捜査の中で分かったことを、先にお伝えしておきたいと思っています」
鳴海の声は、前回よりも少し事務的だった。
「白石さんの死因について、検査の結果、薬物中毒の可能性が高いそうです。体内から複数の薬物が検出され、その中には白石さんに処方されていた薬も含まれているようです」
「薬物中毒ですか……」
「白石さんの薬について、凛さんは何かご存じですか?」
「薬を飲んでいたことは知っていました。本人から薬を飲んでいることを聞いていましたし、泊まりに行ったときに薬を見たことがあります」
鳴海のペン先が止まった。
「その薬について、何か覚えていますか?」
「手には取っていませんが、書いてあった薬の名前は覚えていました」
薬の名前を知っていたことが予想外だったのか、鳴海はそれまでより少し早口になった。
「薬の名前を知っていたのですか。それを調べたりされましたか? ほかに、薬について何か気づいたことはありますか?」
「ネットで薬のことを調べました」
「それはなぜですか?」
「アリスがどんな病気か分かれば、何か助けになるかと思ったからです」
「白石さん本人に、薬について尋ねたことはありますか?」
「少しだけあります」
「どんなことを?」
「寝付きが良くなると言っていました」
鳴海は手帳へ目を落としたまま、しばらく何かを書いていた。私の言葉をそのまま記録しているのか、それとも別のものに置き換えているのかは分からなかった。
「分かりました。今日のところは、薬について知っていたことと、調べたことを確認できれば十分です」
「はい」
「何度もお時間をいただいて、申し訳ありません」
「大丈夫です」
大丈夫ではなかったけれど、そう答えた。
鳴海は手帳を閉じた。
「詳しいことは、改めて確認させていただくかもしれません」
「はい」
どうやらまた次回があるらしい。煩わしいな。
「今日はお時間をいただき、ありがとうございました」
鳴海と別れ、私は駅へ向かった。
薬物中毒という言葉だけが、帰り道のあいだ何度も頭の中に残っていた。
三十日の放課後も、駅へ向かう途中で鳴海に呼び止められた。
正直、鬱陶しく感じ始めていた。死因を知ったところでアリスは戻らない。それでも、アリスが死んだときのことを知るのは無駄ではない。その気持ちに逆らえず、私は鳴海と駅近くの喫茶店へ向かった。
四人掛けの席で向かい合い、二人とも紅茶を頼む。紅茶、手帳、私が答えるのを待つ鳴海。二度目にして、その手順は少しだけ決まったものになっていた。
「昨日、白石さんの死因が薬物中毒の可能性が高いとお伝えしました」
「はい」
「今日は、そのことに関して、捜査の状況を少しだけお話ししておきたいと思っています」
鳴海の声は、昨日よりも慎重だった。
紅茶が運ばれてきた。白いカップがテーブルに置かれ、ソーサーの上で小さく音を立てる。私はすぐには手を伸ばさなかった。鳴海も店員が離れてから、ようやく言葉を続けた。
「現時点では事件性がないとは判断できません」
「事件性ですか……」
「はい。ただ、事件だと決まったわけではありません。白石さんが自分で薬を飲んだ可能性も残っています。自殺か他殺か、あるいは事故か、どれかに決めて捜査を進めているわけではありません」
鳴海はそこで一度、私の反応を見た。
アリスが死んだことは変わらない。けれど、鳴海たちにとっては、そこをはっきりさせる必要があるのだろう。
「もう一つ、お伝えしておきたいことがあります」
「はい」
「白石さんが亡くなった時間は、まだ正確には分かっていません」
鳴海の言葉を聞いても、すぐには意味がつながらなかった。なぜ、こんなに私へ捜査状況を詳しく話すのだろう。
私はカップの中に浮かんだ薄い水面を見た。表面がわずかに揺れている。自分の手が動いたのか、テーブルが揺れたのかは分からなかった。
「警察が調べても、はっきり分からないものなんですか?」
ドラマなどでは死亡推定時刻を正確に出している場面が多く見られる。実際の事件ではそうではないということかもしれない。
「はい。いくつかの状況を合わせて調べていますが、細かい時刻に絞ることができていません」
鳴海は手帳に目を落とした。
「白石さんが亡くなったのは、十八日の夜から、遅ければ二十日の朝ごろまでの可能性があります」
「十八日の夜から二十日の朝……結構な幅がありますね」
「そうです。かなり幅があります」
喫茶店の壁にかかった時計へ目を向ける。学校が終わってから、まだそれほど時間は経っていない。いつもなら、この時間にはアリスと一緒に帰っているか、もうアリスの家に着いているころだった。
「そのため、今のところ、白石さんの消息を最後に確認した凛さんの行動を教えていただく必要があります」
鳴海は、私の反応を確かめるように、少しだけ間を置いた。
「白石さんが亡くなった可能性のある時間と、凛さんが白石さんの家にいた時間が重なるかもしれません」
鳴海は、私に答えを急がせるような言い方はしなかった。それでも、確認しなければ先へ進めないという意思は伝わってきた。
「私が疑われている、ということですか?」
口に出してから、少しだけ言い過ぎた気がした。
鳴海は驚く様子もない。手帳を閉じることもなく、私の方を見ている。
「そんなことはありません。ただ、最後に白石さんと会った方の行動を確認するのは、捜査上必要なことです。確認しないままにしておくことはできません」
穏やかな口調だった。穏やかだからといって、言葉の強さが薄れるわけではない。
「十八日の夕方から夜までのことを、順番に教えていただけますか? 学校を出てから、白石さんの家を出るまで、そのあとご自宅へ帰るまでの動向を確認させてください」
鳴海は、学校を出た時間、アリスの家へ着いた時間、家を出た時間を一つずつ聞くのではなく、確認したい範囲をまとめて伝えた。
私はぬるくなってしまった紅茶から手を離した。
「学校が終わってすぐです。いつも通り駅に向かって、アリスの最寄り駅で降りました。そのままアリスの家へ行っています。途中で寄り道はしていません。着いたのは17時前くらいで、家を出たのは21時より前だと思います。そのあとは寄り道せず、そのまま帰りました」
鳴海は途中で口を挟まなかった。私が話し終えるまで、ペンを持ったまま待っている。
「白石さんの家へ向かう途中も、家を出たあとも、寄り道はなかったんですね」
「ありません」
「分かりました。十八日の凛さんの動向について、今日お話しいただいた内容を捜査の参考にさせていただきます」
「今日はこれで終わりですか?」
「はい。もし新しいことが分かった場合、また声をかけさせていただくかもしれません。その際はまたご協力いただけると幸いです」
次があると約束させられたようなものだった。
「分かりました」
鳴海は手帳を閉じた。それが終わりの合図だった。
「本日もお時間をいただき、ありがとうございました」
鳴海が先に立ち上がった。私も椅子を引き、冷めきった紅茶を残したまま席を離れた。
店を出ると、駅前から聞こえる人の声が少し大きくなった。高校生の集団が笑いながら歩いている。私はその横を通り過ぎ、駅へ向かった。
薬物中毒。事件性。自殺と他殺。十八日の夜から二十日の朝。
鳴海は、一昨日まで私の前に置かなかった言葉を、一つずつ並べ始めていた。十八日の夜から二十日の朝。その時間の中に、私がアリスの家にいた時間も重なっている。
鳴海はきっと、私のことを疑っているんだ。




