3-2
「男が女になるなど、そんな話、聞いたこともありません。王子とはいえ、ご冗談にも程があります」
語気が荒い。あの、いつも沈着冷静なローランが、王子の前だというのに取り繕えなくなっているようだ。
こんなに狼狽しているローランの姿など初めて見たため、こういう状況にもかかわらず、物珍しい気分でローランと王子のやり取りを眺めてしまう。
一方で、シリル王子は飄々とした様子で続けた。
「でもさぁ、貴方も触った時の感触で、本物って分かったはずだよね? 詰め物してるわけじゃないからね。ささやかだけど、本物だから」
その言葉と同時に、二人の視線がアンリの胸元に向けられる。そしてーーシリル王子は少し寂しそうに、ローランは気まずげに視線を逸らした。
(なに、その反応)
まさか「胸でけえ」みたいな目で見られるのも最悪だが、その反応も、何となく納得できないと思った。
そんなアンリを後目に、シリル王子が気を取りなおすよう、こほんと咳払いをした。
「ーーまあ、事実は事実として、認めてほしいな。じゃないと話を進めることができない」
「……」
シリル王子に諭され、ローランが黙り込む。状況を頭の中で整理しているのか、額を軽く押さえている。
やがて、少し落ち着いたらしく、静かに口を開いた。
「本当に、女なんですか」
「だから、そう言ってるじゃない。ーーもう一回、触って確かめてみる?」
「いえ、結構です」
きっぱりと断ったローランは、得体の知れないものでもみるような目でアンリを眺める。
「……見た目はいつもどおりですが」
「以前の姿で見えるよう、幻影魔法をかけているからね。幻影魔法がかかっている人にとっては、見た目はちゃんと男性だよ」
「私もかかっている、と」
「そう。さすが僕の筆頭騎士は優秀だよね。魔法の仕上がりは完璧だ」
自慢げなシリル王子を見て、ローランは作った笑い顔を浮かべ、言った。
「完璧な魔法でしたら、何の問題もありませんよね? 私はこれで失礼します」
そうして踵を返そうとするローランの腕を、シリル王子が掴んだ。
「待った」
主君ではないとはいえ、さすがに王子の呼び止めに応じないわけにはいかないのだろう、ローランが足を止めた。
「僕がただ、世間話をするためだけに、貴方を呼んだとは思ってないよね?」
「……」
「しかもこれは、我が陣営の秘密の開示だ。筆頭騎士ともあろう者が、ただで帰れると思ってないよね?」
「…………」
シリル王子がかけてくる圧力に、ローランは黙り込む。話を聞く姿勢になったことを見て取ったシリル王子が、にっこりと微笑んだ。
「アンリが女性になったって回りに気付かれないように、貴方にサポートしてほしいんだ」
話の流れ的に何となく察するものがあったのだろう、今度は意外に冷静にローランは応じた。
「なぜ私が……謹んでお断りいたします」
更に言葉を重ねた。
「私は第一王子付きです。失礼な物言いで申し訳ないのですが、頼む相手を間違っています」
丁寧ではあるが、臆することなく拒否を表明するローランに、シリル王子がにっこりと微笑んでみせた。
「その第一王子の陣営が心配だから、貴方に頼みたいんだよ」
そして執務机から一枚の紙を取り出し、ローランに渡す。ちらと見えた部分に書かれた文字は「アンリを襲って返り討ちにあった第一陣営の不埒な騎士一覧」である。それを見たローランが、一瞬眉を顰めた。
「貴方はさ、自分の陣営の風紀が少し乱れていることに、気付いているんじゃないかな」
アンリは黙っておとなしくしていれば、本当に綺麗で中性的だからねえ、と王子が続けると、ローランは押し黙った。
ーーなおアンリとしては、誰かが自分を評する際、常に「おとなしければ」と注釈が付くことが、少しだけ不本意である。まるで自分が、いつも暴れん坊のようではないか。
(俺は筆頭騎士として、品位ある行動を心がけているのに……)
自分を襲おうとする不届者にも、あくまで上品に蹴ったくってやっていたつもりである。




