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「僕が一番信頼している騎士は貴方だ。僕は貴方以外の者を側に置くつもりはないよ。奉公の期間はあと二年。それまでは、貴方は僕の筆頭騎士だ」
そのように信頼されていることは、とても誇らしいことだと思う。
「ですが……」
アンリが不安を感じ、目を伏せると、シリル王子はことの他、優しい声で話を続けた。
「それに、君には準備の時間が必要だ。女性のまま、男のふりをして過ごすことに慣れないと、領地に戻った時に大変だろうから」
「男のふりをして過ごす……」
「そうだよ。性別が変わるという現象が一般的でない以上、貴方は男のふりをして騎士の期間を全うし、男のふりをして領主を継ぐしかない。セネヴィル家の唯一の子である貴方は、男性として全てを偽って生きていくのが、現実的な道だと思う」
「全てを偽る……」
頭が働かず、王子の言葉を繰り返すことしかできない。
そのようなことが、本当に可能だろうか。
アンリは自分のことを過小評価も過大評価もしない。自分には第二陣営の筆頭としての実力はあったと自負しているが、この体で今までどおりの力が発揮できるかどうかは未知数だ。
そんな不安が伝わったのだろう。シリル王子は、アンリを安心させるよう声を和らげた。
「さっきも言ったけど、貴方の幻影魔法は完璧だよ。実際に触られたりさえしなければ、絶対にばれない」
確信が込められた断言は、とても力強かった。
「僕には分かる。貴方に宿っている魔力は、その辺の魔術師とは比べ物にならないくらい質も良く量も多い。女性の体でどうしても落ちてしまう筋力は、魔法でうまく補うといいよ」
そう言いながらシリル王子は、執務机の引き出しをごそごそと探り出した。やがて、小さな宝石箱のようなものを一つ取り出す。
王子は、その蓋を開けて中身を取り出した。
「これをあげよう」
そう言って王子が差し出した物は、青い小さな宝石が付いた首飾りだった。不思議な揺らめきを放つその宝石が何か、分からないアンリではなかった。
「これは……」
息を呑むと、シリル王子がアンリの手を取り、その手に首飾りを置いた。
「ライカの涙だ。魔力を貯蔵できる魔導具だよ」
高価で希少な魔導具。貯蔵できる量は純度に依存するため、小さく純度が高いものほど実用性も希少性も上がるものだった。
「このように貴重なもの……」
恐縮するアンリに、シリル王子は強い口調で言い切った。
「絶対に貴方に必要なものだ。危険を犯して僕の騎士を続けてくれる貴方に、僕は助力を惜しまない」
そして王子はアンリに、
「付けてあげるよ」
と言ってアンリの手から首飾りを受け取ると、アンリの後ろに回って首飾りをつけ始める。いつになく近い距離に、
(なんか……)
ものすごく緊張する。今までだってシリル王子と至近距離になったことは何度もあるのに、何故だろう。
ーーアンリの体が強張っていることに気づいた王子が苦笑する。
「そんなガチガチにならなくても」
「いえ、何だか少しーー恥ずかしくて」
そう答えると、首飾りをつけ終えアンリの正面に戻ってきた王子は、少し困惑したような表情をしながら、アンリの肩をぽんと叩いた。
「そういう無防備な顔を見せるのは危険だから、僕の前だけにしておいてね」
と不思議な言葉を紡ぐと、気を取り直したように魔導具の説明を始めた。
「貴方は今後、魔法を使う機会が増えるはずだから、いつも身につけていると良いよ。就寝中にゆっくりと魔力を貯蔵してくれるから。あと幻影魔法は、常にかけ続けるのは負担だし無駄だ。意思一つで付けたり消したりできる自動作用の魔導具も作っておくといい。腕輪なんかが良いかもね」
「魔導具を……作る……?」
そのあたりは、魔法を専門とする者たちが行うもので、騎士にとっては専門外だ。戸惑うアンリに、シリル王子は安心させるよう微笑みかけた。
「そっか。作り方、分からないよね。じゃあ、後で一緒に作ろうか。……その、貴方がいつも身につけている腕輪。これに幻影魔法を定着させて、自動で作用するようにしようかな。あと、腕輪には一定の魔力が流れていないといけないから、ライカの涙から流用できるように、回路を作るといいな」
そしてシリル王子は、ぽんと手を叩いた。
「そういえば、体調が悪いと言って昨日、休んだんだろう? そのまま一週間くらい、風邪を拗らせたことにして休もうか」
シリル王子が軽く手を上げる。すると本棚から本が抜き出され、アンリの目の前に浮かび、最終的には十冊ほどになった。
「これは中級から上級にかけての魔導書だよ。初級は既に学園で履修しているはずだから、理解はできるはずだ」
アンリが手を出すと、本は綺麗に重なってアンリの腕に乗った。……なかなかの重量である。
「筋力や瞬発力を補う系統の魔法は、できる限り、この一週間で取得するように」
その後、ぼそりと誰にともなく呟かれた一言は、アンリの耳には届かなかった。
「あーでも、協力者は必要だよねえ。癪に障るけど、やっぱり彼しかいない、か」




