2-1 王子と騎士
大きく息を吸って、吐いた。心を落ち着けて、シリル王子の私室に向かうと、警備の者が一礼し、さっと扉を開けた。
「失礼いたします」
入室の挨拶を告げ、中に入って室内を見渡す。
魔道の素質に溢れたシリル王子の私室は、魔導書が詰め込まれた本棚に囲まれている。奥の窓辺に執務机があり、そこに王子は座っていた。
アンリと同じ年の、少し線が細い美しい第二王子は、アンリを見るなり立ち上がった。そして心配げに、
「アンリ。急に休んで、どうかしたのかい? 心配したんだけど……」
と話しながら、不意に口を噤んだ。その後、王子は軽く首を傾げる。
「アンリ」
と呼ばれーーじっと見られた。
じぃーっと、見られた。
「…………」
これはまずい、と思う間もなく、シリル王子が口を開いた。
「女の子だね」
迷いのない一言だった。
(一瞬でばれた……)
術が完璧だと感じたのは、素人の浅知恵だったということだろうか。
「あの、これは……」
言葉が続けられない。何と説明すべきか、という以前に、自分だって状況を理解できていないのである。この世界には色々な魔法が存在するが、男が女になるなんて、聞いたことがない。
しかし、一つだけ明らかなことはある。
偽りの姿で王子の前に出て、王子の目を欺こうとしたのだ。叱責で済む話ではない。俯いたアンリに、
「あ、落ち込まないで。貴方の魔法は完璧だから。僕がちょっと特殊だから気付いただけで」
とシリル王子が手を振った。
王子はどうやら、アンリが自分の術が不完全だったことに対して落ち込んでいる、とー受け取ったようだ。
「あの」
「うん?」
「私が女になっていることについては、驚かれないのですか…? もしかして、意外とよくあることだとか」
「あ~、それは……」
シリル王子は目を泳がせた。
「性別が変わるという前例は知らない。でもアンリは、そういう星の下に生まれているんだと思うよ」
もやもやっとした回答だったが、シリル王子は魔力が強いため、その能力で察するものがあるのかもしれない。
アンリは恐る恐る尋ねてみた。
「そのうち、元に戻るのでしょうか……」
「あー……、無理、なんじゃないかな」
言いにくそうにしながらも、即答だった。
(一生、このまま……?)
愕然とするアンリに、シリル王子がとどめを刺してきた。
「僕は魔力が強力だから薄々気づいていたけど、元々、貴方には男女の境が曖昧な揺らぎがあった。騎士になってから、やたら男にモテるようになったのは、垢抜けたからだけじゃなくて、その揺らぎのせいだと思う。でも、今はすごく安定してる。こちらの方が自然なんだって貴方の中の魔力が主張しているよ」
シリル王子の説明に、不本意だが、妙に納得する部分があった。
確かに、体が訴えかけてきているような気がするのだ。これがお前の本来の姿であると。
「そう、ですか……」
本能では納得していても、理性はやはり、現実を受け入れがたく感じており、アンリは力無く肩を落とした。さらに。
「王子のように特殊な人は気付くということなんですね……」
誰にもバレないと思った自分の見通しの甘さに嫌気がさす。自己嫌悪に陥っているアンリに、シリル王子は再び手を振った。
「いやいや、大丈夫だよ。ばれないばれない! ……うっかり触られたりしない限りは」
そして、あくまで幻影魔法だからね、と王子は付け足してくれるが。
「…………」
王子にばれなければ、騎士を続けようと楽観的に考えていたが、ばれてしまったからには覚悟を決めなければならない。
「あの……このようなことになってしまった以上、王子の騎士を務めるのは難しいと存じます。騎士を辞そうかと……」
アンリが女性であることに、シリル王子が不安を覚えることもあるだろう。そう考えての申し出だったが。
「え? 駄目だよ」
シリル王子は「何を言い出すのか」といった表情で、あっさりと却下した。
⭐︎今日までは導入部分ということで、複数回更新する予定です⭐︎
新しいお話を読んでいただき、また早速リアクション、評価、ブックマークを贈ってくださり、ありがとうございます! 前作から引き続き読んでくださっている方は改めて、このお話から読んでいただいている方にも「TS男女っていいよね」って思っていただけたら嬉しいです!




