10-2
アンリは執務机に頬杖をつき、物思いに耽っていた。
ーーそのようなことが、あってはならないはずだが。
(え? 割と楽しかったんだけど?)
昨夜ーーというか今日の未明の出来事を思い返す。
飲みの相手は宿敵ローランだ。一人で飲むのも味気ないと誘ってはみたものの、大して話が弾むわけでもないだろうから、一時間程度でお開きにしようと考えていた。……にもかかわらず、気がついた時には深夜を回っていた。
つまりーー時が経つのを忘れるほど、話が弾んだのである。
ローランと飲んで、楽しい時間を過ごすことができるなど、想像すらしていなかった。
しかし、よく考えれば十二歳の頃から王立学園で同級生、そして陣営こそ違うが今も筆頭騎士として似た境遇ではあるのだ。共通の話題が尽きないのは、ある意味、当然だった。
そして今までは、ローランには決して隙を見せるまいと気を張っていたが、アンリが女性になったという秘密を共有する、ある種の共犯者になったことと、何より。
(人と飲むのは久しぶりだったしな)
少し羽目を外してしまったかもしれない。
(鍛錬器具の使い方も教えちゃったし……)
私室の器具は、ローランを超える肉体を作り上げようと入手した、秘密兵器の数々だったのだ。それをライバルにみすみす打ち明けてしまうなどーー痛恨の極みである。
同じ物を買われないよう、購入先だけは絶対に秘密にしなければ。
何にせよ。
向こうは謝罪と埋め合わせのため、しぶしぶ付き合わされただけだろう。
(部屋を出て行くときも、真顔だったし)
長時間拘束されて疲れた、とでもと思っていたに違いない。
(あーあ)
と溜め息をついて机に突っ伏す。
……自分だけが楽しい時間と感じたのだと思うと、少しだけ悔しい気持ちになるアンリだった。
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ローランは執務室で、山のような決裁を持ち込んできたレノーに声をかけた。
「なあ、レノー」
書類を高速かつ的確に可否別に分けながら、
「時間の感じ方は相対的だ」
と言うと、レノーが面食らったように、
「え? 何? なんで急にそんな哲学者みたいなこと言い出すの?」
と反応する。
「いや、一時間しか経っていないつもりだったが、四時間経っていたんだ」
アンリと飲んだ昨夜、話が途切れた際に何気なく壁時計を見やると、深夜を随分と越していた。一時間程度で引き上げるつもりだったにも関わらず、だ。
ローランの言葉を聞いたレノーが「ほうほう」といった様子で答えた。
「それ、すげぇ楽しかったってことじゃねえ? 楽しい時間って早く過ぎるよな」
予想していたとおりの答えである。
「……そういうことだよな……」
ローランは溜め息をついた。あのアンリと飲んで、楽しいと感じるとは、どういうことなのか。
(意味が分からない)
だが考えてみれば、自分たちは長い付き合いで、数多くの共通の話題を持っている。当然と言えば当然か。
ちなみに、アンリの部屋にあった謎の鍛錬器具の用途も聞き出すことができた。妙な業者にぼったくられていないか、少しだけ心配になって、
「どこで購入しているんだ?」
と尋ねてみたが、
「特殊なルートだから秘密だ」
と断固として口を割らなかった。ついでに「もしかして欲しかったりする?」と探るように聞かれたので「欲しくない」ときっぱり答えておいた。
何にしても、これだけは確かだろう。
(今まで話をしていなかっただけか……)
特に騎士になってからは、余計なトラブルを避けるため、そして妙な話題のタネにならないよう、お互いに距離を置いていた。つまり、互いの人となりを理解するための時間が、圧倒的に不足していたのだ。
などとローランが自己分析を図っている間にも、レノーが身を乗り出してくる。
「で、誰だれ? お前が話して楽しかった御仁は。ご婦人? 美人??」
ローランは考え込む。それは難しい命題だった。美貌の主であることには間違いないが。
(あれは女ーーなのか?)
何にしても、興味本位丸出しののレノーに答える義理はない。ーー自分から話題を振っておいて何だが、少し鬱陶しくなってきたというのもある。
「ご想像にお任せする」
とだけ答え、それ以上の追求は許さず、仕分けした書類を押し付けて追い返した。
⭐︎
なお、昨夜の帰り際、
「長居して悪かった」
と告げると、アンリは少し戸惑った表情を見せた。思いのほか居座りやがったな、この野郎、とでも思われていたに違いない。
自分だけが楽しい時間だと感じたのであればーーそれはそれで面白くない気分になるローランだった。




