十-1
翌日、ローランの執務室に例の新人騎士がやってきた。
「ローラン様」
今までのおどおどした雰囲気は消え去り、決意に満ちた表情をしている。彼は手に携えていた辞表を差し出すと、
「私は、騎士をやめます」
ときっぱりと告げた。彼はアンリの言葉を聞き入れたということだ。
賢明な判断だと思いながら、ローランは辞表を受け取った。
「そうか。君の選択を尊重する。必要であれば転職支援を活用するといい」
「ありがとうございます。ーー実は、アンリ様に背中を押していただきました」
その時のやりとりは、聞き耳を立てていたので知っているが、
「そうか」
と素知らぬふりをして応じた。
新人騎士は静かに目を伏せ、胸に手を当てる。
「アンリ様は、色んな意味で僕のことを心配してくださったんだと思います。ーーお優しい方ですね」
「……そうだな」
アンリは口より先に手が出るような暴れん坊だが、そのくらい粗野な部分がなければ、あの中性的な美貌の主が、この世界を渡って行くのは無理だっただろう。
そんなアンリが、このか細い新人騎士の身を案じるのは、当然の成り行きだった。
この新人騎士は、そのことにも恩を感じ、アンリに直接、感謝を伝えたいと思っているのだろう。しかし第一陣営の彼がアンリと接触することは難しい。
「アンリにも、君が感謝していたと伝えておこう」
「ありがとうございます」
新米騎士は深く頭を下げる。そんな彼に、ローランはいつになく、もう一言を添える気になった。
「君の新しい世界での活躍を期待している」
少しアンリに感化されてしまったのだろうか、らしくない励ましの言葉をかけると、若者はぐすっと鼻を鳴らし、もう一度一礼したのだった。
⭐︎
その夜。
ローランは王城にあるアンリの私室の扉を叩いていた。
「ローラン?」
戸を開けたアンリは、
「合同訓練もないの訪ねてくるなんて珍しい。どうしたんだ?」
と驚きながらも、中に招き入れてくれた。
アンリの私室は、片付いてはいるものの、謎の鍛錬道具が所々に転がっている。
これでも王城なのでまだ部屋としての体裁が整っているが、騎士宿舎の私室の方は、ほとんど鍛錬室と化している。
(あれは、どうやって使うんだ?)
形状だけでは使用方法が想像できない器具が気になって仕方がないが、それを気軽に聞き出せるほど自分たちは親しくない。
それらの器具からそっと目をそらし、本題を切り出した。
「演習の時のことを改めて謝罪させてほしい。悪かった」
「ああ、それはもういいって」
アンリは「俺も迷惑かけたしな」とさっぱりした様子で笑う。
しかし新人騎士を諭してくれた件も含め、借りはしっかり返しておきたい。
ローランは、持ってきた大きな包みをテーブルに置いた。包装を開いて中身を見せると、アンリは目を見開いた。
「いい酒が手に入ったんだ」
かなり厳選した一本だ。ちなみに、アンリのことを良く知っている従騎士のテオとイオにも助言をもらったため、自信はある。
アンリは深酒するわけではないが、酒を好む方だった。
しかし女性になってから、人前では飲むふりをしているだけで、一滴も口にしていないことを知っている。
酔って不測の事態を起こさないためだろう。
しかし、本当は飲みたくて仕方ないだろうとローランは見ている。
「ふうん、詫びの品ってわけか」
案の定、酒の銘柄を確認しながら目を輝かせる。
「悪くないね。ーーでも一人で飲むのも、味気ないんだよな」
そう言いながらアンリは一度、奥に引っ込む。そして戻ってきた時には、グラスを二つ、手に持っていた。
「この際、お前でもいいや。悪かったと思ってるなら付き合えよ」
「まあーー仕方ないな」
アンリが調子に乗って飲みすぎないよう注意を払うのも、自分の役目である。
一時間程度付き合えば、充分だろうーーと思っていた。この時は。




