小話ニ
幸いアンリには、多少の切り傷はあるものの骨折などの怪我はなかったため、救護用の天幕に寄る必要もなかった。大事にならなかったことは幸いである。
無事に演習場から帰還した二人は、連れ立って騎士棟の更衣室に向かった。
そこでローランは、次なる問題にぶち当たった。
アンリがいつもの調子で、ローランの隣で着替え始めたのである。
さて、ここは筆頭騎士共同の更衣室である。シリル王子の「幻影魔法でローランの目にアンリは男のままで映るので、何も変わりはない」という主張を渋々受け入れて使用していたのだが。
ーー実際、今までアンリは男に見えていたので、気にせずに済んでいた。
しかし、幻影魔法が無効になった今は、アンリは歴とした女に見えるのである。
「俺の目の前で着替えるんじゃない! 君の体は女なんだぞ!?」
顔を横に背け、アンリを見ないようにしながら苦情を述べる。しかしアンリは、心の底から不思議そうな顔をして首を傾げた。
「何だよ、女の裸なんて、お前は見慣れてるだろ?」
確かに、女の裸体を見たからといって顔を赤らめるような初心ではないが、女好きというわけではないのだが。
「それに前にも説明したけど、しっかりサラシも巻いてるし」
アンリがわざわざ回り込んできて正面に立つ。そしてサラシをした胸を指さした。
「……」
最初にシリル王子に触らせられた時から、アンリの胸がささやかであることは知っていたが、それでも女の体だ。サラシをしていても、なだらかな隆起を描いていることが分かる。
同時に、胸元に揺れている首飾りに気付いた。
(ライカの涙か)
最高級に純度が高いものだろう。魔力を貯めることができるこの宝石は、魔術師なら誰もが手に入れたいと渇望する魔道具だ。
男と偽って過ごすため魔法を駆使する必要があるアンリにとって、絶対不可欠な道具だろう。
……と、つい見てしまったことに気付き、ローランは思い切り顔を背けつつ抗議した。
「見せなくていい!」
全力で拒絶したが、相変わらずアンリはきょとんとしたままだ。
「いや、お前、別に俺を見てムラムラする訳じゃないんだろ?」
それはその通りだが、「そうだな」と肯定するとますます調子乗りそうだ。そろそろ自覚を促さなければならないのではないか。
「……」
ローランはアンリとの距離を一足で詰める。そのまま、アンリの顔の横の壁にドンと手を付き、その耳元に唇を近づける。そして囁きかけてみた。
「……欲情するかもしれないだろう」
少しは危機感を抱くといい、と考えての行動である。
アンリと至近距離で視線が絡み合う。びっくりしたように丸くなった瞳は、吸い込まれそうなほどだ。
一秒、二秒。
二人は見つめ合いーーローランは理解した。こいつは恐ろしいほどに鈍い、と。
思えばアンリは学園で出会った頃から、これだけの美貌を持ちながら、性的な関心が薄い人間だった。スヴェン領主の後継として政略結婚が前提なので、身持ちを固くするべきだとの考えもあるのだろう。
そんなアンリは、何度か目を瞬かせたのち、
「お前が? 俺にムラムラ? 絶対ないね」
と胸を張って堂々と答えた。
ーー何なんだ、その根拠のない自信は。
その思いが顔に出ていたのだろう、アンリはそう考える理由を述べた。
「だってお前、胸のでかい女が好きだろう?」
「……」
「分かってるって。むしろお前も普通の男なんだなって、ちょっと安心してたし」
何か、分かったような顔をしてうんうんと頷いているアンリは、最早ローランが何と言っても「いや、そんな隠さなくていいって」としたり顔で言ってくるだけだろう。
ひどく不本意な印象を抱かれていることを知った。いや、もしかすると。
(これはアンリに限ったことではなくて、騎士全体の認識なのか…?)
これは絶対に一度、レノーに確認すべきだろう。そして、そうであるなら皆の誤解を解かねばならない、と固く誓うローランだった。
みなさま、女の子になったという自覚がなかなかできないTSっ娘と、それに振り回されるヒーローはお好きですか?
ーー私は好きです! そしてヒーローと接しているうちに、少しずつ自覚していくっていうのもいいなって思います!
TS男女好きさんが増えますように……!
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