八-3
そこに倒れているのがアンリであるということは、一目で分かった。しかし見慣れた姿とは……異なっていたのである。
ローランは今まで、アンリが女であることを「触った」ーー否、無理矢理シリル王子によって触らせられたことによって知った。
しかし、女性の姿のアンリを見たことがなかったのである。
ローランは仰向けに倒れているアンリの傍に膝をつく。呼吸はあり、大きな外傷もなさそうだ。しっかり受け身は取ったらしい。
その体は、自分が見知っている姿より少し小柄で、体型も男性のものよりなだらかだ。顔も少し丸みを帯びており、美しさの中に愛らしさが絶妙なバランスで内包され、一言で表すならば絶世の美少女だった。ーー二十歳は過ぎているが。
(本当に、女なんだな……)
アンリの姿形が女である、ということを視覚的に認識してしまった。
「……」
考えるべきことは山積みだが、誰かにアンリの姿を見られることのないよう、安全な場所に移動させるのが先決だ。
意識がないため、抱えていく必要があるだろうが。
(肩に担いでいいのか……?)
ーーそうなると胸が当たってしまう。
アンリ曰く、魔法を帯びたサラシとやらを巻いている胸の感触はムキムキらしいが、それでも抵抗はある。
女性であれば、横抱きにすべきか。
(……)
いや、何故アンリを運ぶ程度のことで、自分がこんなに悩まなければならないのか。理不尽だと思った。
いらっとしつつ腰に手を回し、膝をもう片方の腕で抱える。横抱きにし持ち上げると想像以上に軽くて……調子が狂う。
早く目を覚まして自分で歩いてくれ、と心底願いながら、アンリの様子を窺う。
固く閉ざされた瞳。長いまつ毛が頬に陰影を添える。意識を失っていても、美しいことが分かる造作だった。
ーー不意に瞼がぴくりと震えた。
「……アンリ?」
意識を取り戻したのかと思い、顔を近付けると、アンリの瞼がゆっくりと持ち上がる。
物凄く顔の距離が近く……一瞬、見つめ合う形になる。と同時に。
「うわぁ!」
アンリが色気のかけらもない声で叫び、ローランから離れようと体を動かした。体勢を崩し、腕から滑り落ちる。しかし。
「……っと!」
抜群の運動神経の持ち主であるアンリは、見事に着地した。ローランは、そのバランス感覚に感嘆したものの、抗議せずにはいられなかった。
「急に暴れるな! 危ないだろう!?」
「いや、目を覚ましたら野郎の顔が至近距離にあるんだよ? 普通、驚くって」
アンリは負けじと反論してくる。思いのほか元気だったので、少しだけ安堵した。
彼ーー彼女は辺りを見回し、すぐに状況を理解したらしく、
「気を失うとか、不覚だったな」
とぼやきながら自分の手を見て、ぽつりと呟いた。
「……魔法が解けているな」
そして、ばっとローランを仰ぎ見る。
「見た!?」
「……見た」
嘘をついても仕方ない。ローランは頷いた。
「あー、そっか。……迂闊だったな」
アンリが気まずげに頭を掻く。
「まあ、見たのがお前で良かったよ。咄嗟に人払いしてくれたんだろう? ……ありがとな」
素直に礼を述べるアンリの雰囲気は殊のほか柔らかで、言いたかった数々の苦情が喉の奥で消えて行く。
「魔導具が木の枝か何かに引っかかって外れたみたいだな。探さないと」
「魔導具?」
「腕輪だよ。幻影魔法を簡単に付けたり消したりできるように組み込んでる」
かなり高度な魔法だと思われるが、シリル王子に手ほどきを受けたのだろう。
「ずっと魔法をかけ続けるのも神経使うからな。他の魔法を使った時に、うっかり解除になってもまずいし」
そんな話をしながら周辺を探すと、目的の物はすぐに見つかった。アンリは木の枝に引っかかっていたそれを拾い、腕に嵌めて幻影魔法を再度、起動させたようだった。
そしてーー先送りにしていた現実を突きつけられた。
「なあ」
「……」
アンリも同じことに思い至ったらしい。
「俺が男に見えるか?」
「……見えない」
幻影魔法は一度暴かれると、その相手に同じ姿の幻影を見せることはできない。目の前に立つアンリの姿は、変わらず女のままに見えた。
「だよな」
厄介なことになった、とローランとアンリは二人して盛大な溜め息をついたのだった。




