八-2
第一陣営の筆頭騎士であるローランは、演習場を巡回しながら、自分たちが新人騎士だった頃の大規模演習を思い出そうとしていたーーが。
何故だろう、
(アンリが暴れていたことしか思い出せない……)
のである。
さて、フィリウス王国の騎士は、決して家柄を重視しない実力第一の世界だ。その延長線上で、皆、姓ではなく名前で呼び合うことになっている。
ーーと、そうは言いながらも、騎士の象徴とも言われる名門シャルトル家とセネヴィル家だけは別格であり、力を示せば優先的に筆頭騎士の座を授かるのが慣例だった。
フィリウス王立学園で優秀な成績を収めた自分たちは、一年目から「筆頭騎士候補」となったが、当然、それを面白く思わない者もいる。
特に、線が細いアンリに対する、第一陣営の一部、素行不良の騎士たちの風当たりは強かった。そんな彼らが目をつけたのが、この大規模演習である。
中堅どころは、公然と新人騎士を追い立てることができる。その優越的な立場を利用し、第一陣営の不良騎士三人が、
「女みたいだから、ひん剥いて確かめてやろうぜ」
と、アンリをしつこく追いかけ回したのである。
が、当然アンリは、おとなしくやられるタマではなかった。
彼は輩どもを返り討ちにしたうえ、逆にひん剥いて素っ裸にして転がしたのである。
やりすぎだと教官たちから大目玉を喰らったアンリは、
「くそ、正当防衛なのに理不尽だ」
とぶつぶつ不平を口にしていた。
なお、教官たちは立場上アンリに厳重注意をしたが、裏では、
「元気でよろしい」
と肯定的だったらしい。この世界において「強い」は正義なのである。
実際、あの日以来、余程の命知らずか馬鹿では無い限り、アンリに真正面からちょっかいをかけようとする者はいなくなったわけだ。
何にせよ。
たちが悪いのは幻獣より人間だということであり、それを監視するのも筆頭騎士の役割である。
(前より随分マシとはいえ、ああいった手合いはいなくならないしな)
風紀を乱す者がいなくなることは、決してない。
そんなことを考えながら、ローランが改めて周囲を見回すと、前方に真っ青な顔をして座り込み、呆然としている新人騎士を見つけた。
歯をガチガチと鳴らし、ただ事ではない様子である。
「おい、どうした?」
近寄って肩を掴み体を揺らすと、新人ははっと我に返り、そして縋り付くようにローランの腕を掴み、ある方向を指差して訴えた。
「アンリ様が……っ!」
「アンリ……?」
果てしなく、嫌な予感がした。
その新人騎士が指し示す方向は崖だったからだ。
「幻獣から逃げていた僕を庇って……」
「……」
本来ならば「幻獣から逃げた」という言葉は聞き捨てならないものだが、今は急を要する。アンリの安否確認こそが第一だ。
「落ちたのか」
確認すると、新人はこくり、と頷いた。
何故、この騎士はすぐに助けを呼ばないのかという思いと、しかし、今日はそれで助かったという思いがない交ぜになる。今のアンリを自分以外の人間に任せるわけにはいかない。
「俺が救助に行こう」
ローランがそう告げて崖を降りようとすると、新人騎士はやっと本来すべきことを思い出したらしい。
「教官に連絡を……」
しかしローランは、
「駄目だ」
と一蹴した。
「アンリが崖から落ちた、などということが広まれば、大事になる。ここは内密に」
第一陣営の新人騎士のせいでアンリが怪我をしたなどと知れたら、第二陣営に騒がれる。そう、もっともらしい理由をつけ、新人騎士の口を塞ぐ。
「アンリは大丈夫だ。だから黙っているんだ。ーーいいな?」
「……はい」
⭐︎
新人騎士を追い払ったローランは、慎重に崖を降りた。
草が生い茂り、土も柔らかいので死ぬようなことはないだろうが、無防備に落下すれば、重傷を負うこともあるだろう。
ただ身体能力が高いアンリのことだ。
(大丈夫だとは思いたいが……)
そう思いながら藪を掻き分けていると、程なくして人が倒れているのを見つけた。急ぎ駆け寄り、
「アンリ! 大丈夫、か……」
と呼びかけようとした言葉が、その姿を見てーー宙にかき消えた。




