8-1 君の幻が解ける時
「本日は大規模合同演習訓練だ。皆、心して挑むように」
と脳筋教官が高らかに告げた。
今回の大規模合同演習は、毎年、暖の月の終わりに行われる本格的な野外訓練だ。実際に幻獣と呼ばれる魂のない魔法生物を召喚して放ち、それらと戦う実戦訓練である。
ただ、これは新人の心身を鍛えるための訓練であり、アンリたちのようなベテランにとっては生ぬるい類のものだ。
では何故、中堅どころも参加させられるのかというとーー新人を幻獣と共に追い立てて鍛えるのである。
(俺も新人の時、第一陣営の輩に複数で追い立てられたよな……)
第一陣営の一部先輩方が訓練の範囲を超えるしつこさで追い回してきたので、つい、幻獣狩りを放り出して彼らを返り討ちにしてしまい、教官にしこたま怒られたのは苦い経験である。
(ちょっと反撃しただけなのに、理不尽だよな)
今、思い出しても納得いかない。
ちなみに今回、第二陣営筆頭であるアンリは、追い立てる側にも回らない。管理監督のため演習場を見回りしつつ、新人の中に特に見所がある人間がいないか、同時に騎士の適正に欠ける者はいないかを探るのが役目だ。
そんなわけで、アンリが演習場内を見回っていると、第一陣営の参加者が二人、こちらに向かって駆けてくるのを見つけた。彼らは青い顔をして、アンリに気付くことなく、そのまま通り過ぎて行く。
(第一陣営の新人騎士だな)
彼らが走ってきた方向から、幻獣の咆哮が聞こえてきた。そこから判断できることは二つ。先ほどの参加者は逃げてきたこと。そして、取り残された者がいるということだ。
胸騒ぎがしてそちらに向かうと、一人の線が細い新人騎士が幻獣と対峙し、足をすくませていた。
何となく顔は覚えている。ひ弱な印象で、第一陣営内で侮られているのが傍から見ていても分かる新人だった。
ーーここは強い者が尊敬を受け、弱い者は侮られやすい世界だ。
彼らはグループで幻獣を追い立てていたが、逆襲を受け、逆に追い立てられたのだろう。そして一番動きが鈍かったこの新人を囮として置いて行ったというところか。
(元々、囮として利用するつもりだったのかも)
何にしても情けない限りである。
そもそも、この演習で「逃げる」という選択肢は、あってはならないものなのだ。
何故ならこれらの幻獣は、魂のない魔法生物で、その行動には制約がかかっており、襲いかかっては来るものの、参加者に再起不能なほどの重傷を負わせることは絶対にない。そのことは、参加者にも通達されている。
また、幻獣は対峙する騎士の実力に合わせて戦う仕様のため、一対一であっても、決して負けることはない。思い切って立ち向かった方が、断然楽に対処できる。
つまり、この訓練は「幻獣を倒す」ことより、騎士に必要な「勇敢さ」が試されているのである。
ーーしかし、この新人は怯え切っている。
「おい、しっかりしろ!」
鼓舞するために声をかける。新人はアンリの姿を認めると、ほっと息をついた。その目に依存の光が灯る。幻獣は、アンリがどうにかしてくれると考えたらしい。
それは誤った認識で、自分の目の前に現れた幻獣は、自分で対処しなければならない。誤解を解くべく、
「俺は助けない……あっ」
と言いかけ、アンリは声を上げた。新人が幻獣から逃れるため、反対方向に駆け出したからだ。
この敷地の構造については、よく知っている。あちらはーー崖だ。
幻獣は騎士を殺しはしないが、落下すれば、この無防備な新米騎士は恐らく重傷を負うだろう。打ちどころが悪ければ命に関わるかもしれない。
「そっちは駄目だ……っ!」
「え……あ!」
警告するが、一拍遅かった。新人騎士は、崖に足を取られて滑り落ちそうになる。
「くそっ!」
アンリは咄嗟に魔法を補助に跳躍し、新人の体を引き寄せた。
その体を反対方向に放り投げたがーー当然、アンリの体は崖の方向に投げ出される。
そうしてアンリの体は崖下に落下していったのだった。




