六-2
ローランは足早に廊下を進んだ。
常に冷静な第一陣営筆頭騎士の、いつになく険しい顔つきに、すれ違う者が驚いたように目を瞠る。
そんな彼が謁見の申請を叩きつけて向かった先はーー。
「シリル様!」
第二王子シリルの執務室である。
諸悪の根源であるシリル王子は、優雅に紅茶を飲んでいる最中だった。王子はカップを皿に置くと、
「ローランは最近、いつも苛々しているよね。冷静沈着で通っているんだから、もっと落ち着いた方がいいと思う」
とのほほんとした口調で宣った。
ーー余計にイラッとした。
「そうさせているのは貴方がたのせいですが」
つかつかと執務机まで大股で近付き、両手でドンと机を叩いた。するとシリル王子は苦笑する。
「まあ、座りなよ」
机の横にある椅子を指差されたが無視をする。不敬と思われても問題ない。ローランは第一王子カミーユの筆頭騎士であり、王子はローランに全幅の信頼を寄せ、多くの権限を与えているからだ。
「私とアンリと更衣室を共有に、など、何を考えているのですか!」
そう、これこそがフレッドから耳打ちされた、耳を疑うような業務命令だった。
自分が訴えていることは、至極当然のことだ。元は男とはいえ、今は女であるアンリと、ローランの更衣室を同室にするなど、常識的に考えてあり得ない。
しかしシリル王子の表情は変わらない。
「今、絶賛、第一陣営と第二陣営の友好強化期間実施中でしょう?」
相変わらず考えの読めない笑みを貼り付けたまま、続ける。
「僕とお兄様と同じよう、筆頭の貴方たちが率先して仲良くすることが、一番の早道だと結論づけたんだよ」
詭弁だとローランは半眼で相手を見やる。
「現在の第一陣営と第二陣営は、既に敵対関係ではありませんが」
自分たちの少し前の世代は、シャルトル家率いる第一陣営と、セネヴィル家率いる第二陣営が激しく火花を散らしていたらしい。しかし、第二夫人にして毒婦と呼ばれるアンジェラが突然死し、王位継承権争いが終結すると、すぐに騎士内の融和が謳われるようになった。
確かに今でも、互いにに対するライバル心は消えてはいない。が、決していがみ合っているわけではない。
しかし。
「これはお兄様からも既に了承を得たことだよ。……何か意見でも?」
主君の名を出されると、ローランといえど反論はできなかった。そんなローランに、シリル王子は畳み掛ける。
「アンリはね、間違ったフリして更衣室に侵入されたことが何度もあるんだよ。第一陣営の身の程知らずにね。まあ、残らず撃退しているけど……君の監督不行届だと思わない?」
「……」
先ほどのレノーとの会話を思い出す。正直なところ、そこを突かれると痛い。
そもそも、第一陣営に問題児が目立つのは、ローランの家族ーー兄であるドミニク・シャルトルに一因がある。兄は、第一陣営の騎士に属していた期間に随分と風紀を乱したらしい。その影響が、今も僅かに残っているのである。
「アンリは女になったからって、その辺の有象無象にどうこうされる弱い子じゃないけど、女だとバレるのはまずいだろう? ……弱みを握られるってことだからね」
でも、とシリル王子は続けた。
「第一陣営筆頭騎士の貴方と同室なら、第一陣営の一部のお馬鹿さんたちも貴方を恐れて、間違っても侵入なんて馬鹿な真似、しないだろうからね。ーー対外的には友好を深めているって思われるし、アンリが女性だとうっかりバレる危険性も減らせる。良い事づくしだよね」
無邪気そうに微笑んでいるが、分かる。この王子は確かに、アンリのことを想って行動しているのだと思う。だが同時に、ローランをきりきり舞いさせることを楽しんでいる節がある。
「ーー私の胃が痛むのですが」
抗議の声を上げると、シリル王子は面白そうにローランを見た。
「別に気にする事はないだろう? アンリの幻影魔法は強力だ。アンリの女性の姿を見たことがない貴方の目には、アンリは男として映っている。今までどおり、男同士で更衣室を共用するのと変わらないよ」
シリル王子の言うことは確かに正論だ。しかし。
(そんな単純な話じゃないだろう……)
アンリの姿が眼裏に浮かぶ。
ローランは痛むこめかみを指で押さえて揉みほぐした。




