4 特訓をしよう
翌日早朝。
シリル王子の計らいで、人目がある騎士の訓練場ではなく、王室専用の訓練室を使わせてもらえることになった。
(本当にローランは来るのかな?)
と訝しんだが、ローランはそういう男ではないと思い直す。
ローランはアンリに対して辛辣な部分があるが、筆頭騎士として責任感ある優秀な人間であることに間違いはない。
そう、アンリは宿敵であろうと認めるべきところは認める人間なのだ。
(それが、出来る男ってものだろ)
……まあ、今は女だが。
果たして、ローランは時間ぴったりに現れた。そしてアンリの姿を見るなり、
「昨日のは夢じゃなかったんだな……」
と独りごち、盛大な溜息をついた。
ーー夢だと思いたいのはこっちの方である。
色々言いたいこともあるが、この訓練場を使える時間は限られている。
お互いに、あらかじめ十分な準備運動で体をほぐして来るよう申し合わせをしていたので、すぐに実戦に入ることにした。
フィリウス王国は両刃の剣を使う者が多いが、アンリは刀と呼ばれる片刃の剣を得意としている。そのため訓練も木剣ではなく木刀だ。
木刀を持って間合いを図る。やはり自分が思っているより間合いが短い。
「はっ!」
踏み込んで打ち込むと、木刀が打ち合う音がいつもより軽い。力が足りていないということだ。
(くっ……俺が今まで鍛え上げてきた筋肉が……)
女の体の非力さを突きつけられ、愕然とする。
しかも、自分の想定ではもっと芯に当たる予定だったが、思いのほか上の方に当たった。腕の長さが違うのだ。
ローランも驚いたように目を見開いたがーーすぐに気を取り直したように彼の務めを果たす。
「アンリ。もう少し深く踏み込め。それと純粋な力だけでは男には勝てない。うまく魔力を込めろ」「分かってるって!」
簡単に言ってくれるが、そんな容易に対応できるものではない。
けれど何度か打ち込んでいるうちに、要領が掴めてくる。攻撃するための一歩の踏み込み方、魔力で腕力を補うタイミング。
やがて壁時計をちらりと見たローランが、木剣を下ろした。
「今日はここまでだな」
いつの間にか一時間が過ぎていた。時間を忘れて没頭していたらしい。
(結構、手応えあったかな)
背も高く手足の長いローランに対応できれば、他の騎士にも十分に対応できるだろう。
「悪かったな。付き合わせて」
準備していたタオルと飲み水をローランに渡す。
こういった世話は普通、従騎士が行うものだ。しかし秘密の特訓であるため従騎士は連れてきていないうえ、訓練に付き合わせているのはアンリ個人の事情である。そのため、アンリが彼の分まで準備したのである。
「……」
ローランは少し驚いたような顔をしたが、素直に受け取り水を煽った。水分補給を十分にしたところで、
「意外に悪くなかった。いい訓練になったと思う」
と思いもよらず肯定的な言葉を口にしてきた。タオルで汗を拭きながら、少し懐かしげな口調で続ける。
「君と訓練なんて、学生時代ぶりなんじゃないか? 騎士になってからは敢えて対峙しないようにしているしな」
学生時代は、武の授業や武闘大会で、何かとローランと剣を交えたものだ。
ーーただし、アンリは彼に、一度たりとも勝てた試しはないが。
そんなアンリも、今は第二陣営の筆頭騎士だ。第二陣営の誰よりも強い。しかし、目の前の男は化け物のように強いのだ。
(ムキムキしてないのにパワー型だし、ムキムキしてないから素早いし)
まるで詐欺のようである。
騎士になった今も、ローランが訓練試合をしているところを見学すれば、やはり自分より一枚上だと冷静に見立てている。
なお、騎士になってからはローランとは剣を交えていない。第二陣営の筆頭が第一陣営の筆頭に公衆の面前で負ける姿を晒すのは、体裁が悪いからだ。
そのため敢えて、二人がぶつかり合わないように調整されているのである。
「騎士の中で君が勝てない相手は俺くらいだし、君もいい訓練になったんじゃないのか」
嫌味だ。いや、本当のことなので、ぐうの音も出ないが。
「今日は肩慣らし程度だったから、明日はもう少し負荷を上げよう。また、同じ時間で」
と次の訓練の約束をして別れた。
……なお、期間の最後の方は容赦なく打ち込まれた。絶対に、
「面倒なことに巻き込みやがって、このクソ野郎」
という怨念がこもっていた。
ーー二度とこいつと訓練したくない、と思ったアンリだった。




