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異元来訪者  作者: 義侠義人
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その3

 エヅナの手によって無事に詐欺師の能力を開花させた悠一が、高次元移転装置の部品となる機材を集めるのに一ヶ月もかからなかった。エヅナが欲しがる機材というのは電化製品程度の、それもジャンク品で十分だったので、まず偽の廃品業者としての身分証を用意した。もちろん、それを作るのに偽名を使い、街中の電化製品店のジャンク品をかき集めたのだった。


 エヅナもすぐに立ち上がれる程に回復し、せっせと狭い悠一の部屋の中でそれを組み立てていった。VHSデッキを基盤にしたものが四台仕上がった頃、帰れる日は近いと言ったエヅナに良かったなと悠一は返した。ずっとここにいればいいのにと思いながら。


 そして、それは突然現れた。


 五台目の高次元転移装置の最終段階らしいところまで進んだ夜のことである。部品を集め終えた悠一は特にやることもなかったので、しばらく休んでいたバイトを再開し勤(いそ)しんでいたわけであるが、帰ると部屋には誰もいなかったのだった。高次元移転装置が置き去りにされたままである。工具をほったらかしにしたこれが使用後ということはないだろうし、エヅナのあの性格のことだから何も言わずに帰還するということもないだろう。


 一度たりともアパートから出たことも出てみたいとも言っていなかったので、気がかりなことが多すぎる。何かが起きたのは間違いない。警察なんてものではなく、別の……。


 と、遠くの方で爆発音が聞こえてきた。悠一はアパートの窓から身を乗り出して外を見た。続けてもう二回、さっきと近い場所で爆発音がする。遠くのビルの谷間から赤い炎と黒煙が昇っていた。タイミング的に無関係ではない気がして、悠一はすぐにそこへ向かった。


 消防車と救急車が何台も悠一を追い越していく。テロだとか宇宙人だとか騒いで逃げる人々を掻(か)き分けながら悠一は進む。


 辿り着いた炎上する五階建てのビルの屋上にエヅナの姿があった。彼女がやったのか? 何のために? 悠一は少しだけ彼女のことが恐ろしくなった。それでも、だからこそエヅナの名を呼んだ。しかし、ほんの一瞬エヅナは動きを止めただけで、また再び違うビルの先へと飛び移ってしまうのだった。なんという身体能力だろう。


 自分の足では追いつけないと思った悠一は、偶然側を通りかかった原付に乗って逃げる中年の女性を呼び止めた。始めこそ不審に思っていた彼女だったが、徐々に悠一の話術に嵌(はま)っていく。悠一は自分が刑事であることを偽って話し、テロリストを追いかけるために原付を借りたいと話した。丁寧に説明すると簡単に譲ってくれた。後で必ず返すと頭を下げてから原付に乗って彼女を追いかけた。




 走らせていると先の方では時々、火花のようなものがあちこちのビルの上でちらついていた。注意深く見ていないと分からない程度のものである。悠一はそれを見失わないように追いかけているわけだが、ある一つのビルでそれが止まった。どういうわけかは分からない。けれども確かにこのビルから移動しなくなったことは間違いなかった。悠一は原付を降りてビルの中に入った。


 オフィスビルだったようで一階に受付があるタイプではなく、さまざまな企業が各階を間借(まが)りしている形式のものであった。爆発の騒ぎがここにも届いているようで、サラリーマンが逃げろ逃げろと右往左往していた。私服の人もいたので紛れ込んでも疑われないだろうと混乱に乗じてエレベーターを使おうとしたが、いちいち各階で止まってなかなか降りてこない。


 舌打ちをして悠一は階段を登ることにした。屋上は十五階。運動慣れしているわけではない彼はすでに七階辺りで満身創痍になっていた。


 それでも、何としても屋上に行かなければならない。悠一は死に物狂いで壁に手を付きながら、ほとんど気合だけで身体を動かしていた。


 幸い、屋上へ続く鉄製の扉には鍵はかけられていなかった。端にはフェンスが立てられベンチも置かれているので普段から解放されているのだろう。エヅナは屋上の中心に立っていた。何もない空間を睨みつけているようだったが、悠一が入ってきたのに気付くと振り返って注意を促(うなが)してきた。


 馬鹿、下がれ。お前なんか簡単に食い殺されてしまうぞ、とエヅナが叫ぶのは初めて見たわけだが、見惚れている間に悠一は強い衝撃を受けて床を転がった。エヅナが何か言っているが意識がぼーっとして上手く聞き取れない。頭も打ったのかもしれなかった。一体何が、と思っていると脳味噌に激痛という危険信号が送られてくる。感じたことのないその強さにのたうち回り、原因である左肩を押さえようと右手を伸ばした。




 が、ない。その在るべきはずの左肩がないのだ。右手が触れたのは剥(む)き出しになった自身の肉と骨で、ぬめりと生々しい濡れた肉の感触が伝わってくる。左肩の僧帽筋(そうぼうきん)と鎖骨がなくなっているようだった。丸ごと削り取られたかのようにバックリと、傷口から鼓動に合わせてどくどくと血が噴き出している。何が起きたのか、悠一には全く理解が出来なかった。


 ひゅうひゅう……ひゅうひゅう……と、奇妙な音が聞こえてくる。まるで人間の喘鳴(ぜんめい)だ。そこかしこから、けれども同時にではなく……、そう、その音源は超高速で移動しているようだった。それは目視出来ない。しかし音が大きくなってきているので、確実に迫っていることなのだと悠一にはわかった。やられる、と思った。激痛に耐えながら走り切るような精神力を、悠一は持ち合わせてはいないのだ。


 だが、その瞬間だった。エヅナが悠一の身体を抱き抱え、ほとんど跳ね飛ぶように駆け抜けたのである。悠一が倒れていた場所は、掘削音(くっさくおん)と共に砂場をショベルカーで深く掘り返したかのように抉れ、跡形もなく消えてなくなった。




 恐れていたことが起きた。私を追いかけてきたんだ。四次元と亜空間の狭間を自在に行き来し、全てを貪(むさぼ)り食うもの。次元肉腫(サーコーマ)と呼ばれるアレは、我々の天敵だ。撒(ま)いたつもりでこの次元に落ちてきたが、まさかここまで執念深いとは思わなかった、と、悠一を抱えながらフェンスを飛び越え、違うビルに移りながら彼女は言った。


 彼女は悠一のアパートに引き返しているようだった。エヅナが言うにはあれの目的は自分、人間や他の動物は二の次らしい。情報エネルギーが好物であって、肉という物質にあまり興味はないようだ。故に、藤森玲子の肉体に依存し定着しているとはいえ、その精神は高密度な上位次元のそれなので必ずエヅナを優先して追ってくる。高次元転移装置を起動させ、上手く誘導できれば、再び戻ってくることはないとエヅナは説明した。


 もっとも、流血しすぎたせいで意識が朦朧(もうろう)とし始めている悠一は、その話の半分も頭に入らなかったわけであるが。


 人の目を搔い潜り、アパートに着いたエヅナは悠一を居間の壁際に座らせた。悠一の顔は蒼褪(あおざ)めていて、浅い呼吸を繰り返している。血が止まらないのだ。こうしている間にもどくどくと溢れ出していて、左半身の衣服は真っ赤に染まり、ずっしりと重たくなっていた。エヅナは応急処置を始めると言って、悠一の肩に手を置き目を閉じた。


 すると、悠一の身体の中を何かが駆け巡った。末端から左肩に目掛けて、細胞の一つ一つを認識できるような、優しく撫でられたような感覚だった。それが収まると痛みは嘘みたいに引いていて、悠一は目を白黒させた。肩に触れてみると衣服は破れたままだったが、肉体はすっかり元通りになっていた。


 礼を言おうとした悠一だったが、もたもたしていると間に合わなくなる、とエヅナは遮(さえぎ)って立ち上がった。ああ、と悠一は曖昧(あいまい)に頷く。何かおかしい。エヅナが何か隠しているように見えたのだ。


 取り敢えず、彼女が指示する位置に高次元転移装置を並べる悠一だったが、一台目を運んだところでようやく気が付いた。悠一が怪我した場所と同じ位置、エヅナの左肩が負傷していたのだ。一瞬、何を見ているのか理解できなかった。理解した途端、喉の奥から声にならない音が漏れる。悠一は手を止めて、即座にエヅナに駆け寄り説明を求める。しかし突き飛ばされ、彼女にこう言われた。


 時間がないと言ったはずだ。お前の肉体を再生させるエネルギーを割く余裕はないし、これが最も効率的だった。それだけだ。どのみち藤森玲子の身体とはおさらばになる。資源は有効的に使うべきなんだ、と。


 悠一は悲しい気持ちになった。やはり人間の感覚とは違うというのか。悠一のことはおろか藤森玲子の肉体でさえ、単なる道具に過ぎないというのか。色んな感情が込み上げて、全て彼女にぶつけたくなったが、飲み込んだ。飲み込んで、悠一は作業に戻ることにした。円を描くように等間隔(とうかんかく)で次元転移装置を置いていく。その間にエヅナが、未完成最後の一台を仕上げるわけだが、がしゃんと玄関で物音がする。ひゅうひゅう……ひゅうひゅう……。次元肉腫と呼ばれる怪物が追いついてきたようだった。


 工具を放り投げたエヅナは玄関を向いた。最後の一台の組み立てが終わったらしく、それぞれの電源を入れるように言ってくる。悠一が急ぎ従っていると、バチバチと閃光が部屋の中を迸った。眩(まぶ)しさに目を細めながら、彼は発光源を見る。エヅナだ。エヅナの指から白雷が伸びて、空中の、見えないが恐らく次元肉腫に向けて突き刺しているようだった。焦げ臭いにおいが居間中に立ち込める。


 エヅナはしばらくそれを浴びせていたわけであるが、突然、顔を覆って雷撃を浴びせるのをやめた。エヅナが自分の手のひらを見ると、そこには血がべったりと付着していて、それは彼女の鼻から出ているということが悠一には分かった。雷撃は身体への負荷が大きいようである。


 焦げ臭いにおいを発していた透明だった次元肉腫の姿が、ジジジッとノイズのような音と共に露(あら)わになっていく。力尽きたのか、床に落下する次元肉腫。それは、でっぷりと丸々と太った烏賊(いか)のような形をしていた。螺旋(らせん)状の胴の部分は金属製っぽい銀色をしていたが、歯を剥き出しにした小さな口があちこちについている。目は見当たらない。異様に伸びた皺(しわ)だらけの触手が三本あって褐色(かっしょく)をしていた。異質な外見に、悠一は吐き気を催(もよお)した。


 エヅナは気絶しているだけだと言った。今のうちに高次元転移装置のチューニングをしろと言われ、悠一は目盛を四三二Hz(ヘルツ)、五二八Hz、九六三Hz、七・八三Hz、四〇Hzに合わせる。各機には小さなスピーカーが取り付けられていて、それぞれ違う純音を奏で始めた。


 悠一は体調に違和感を覚えた。混ざり合った五つの音を聞いていると、ふと気を抜いた瞬間に意識が飛んでしまいそうな……いや、そんな生易(なまやさ)しいものではない。魂そのものが世界から切り離されてしまう、そんな空間が今ここで形成されているのだ。悠一は平衡(へいこう)感覚さえ失い始めていて、その場をよろめいた。するとエヅナが、装置の外に出ろ悠一、と言った。彼女は座り込んだまま項垂(うなだ)れて、鼻先から血が何度も滴(したた)っていた。そんな姿のエヅナでさえ、悠一は美しいと思ってしまった。


 人間のお前が上位次元に飛ばされたら、無限に降り注ぐ情報量に認識が追い付かず、魂はすぐに霧散(むさん)してしまうだろう。それは……それは私にとって、悲しいことだ。藤森玲子の肉体がそう思わせているだけなんだろうが、ああ、解き放たれればきっと私は……、そこまで言いかける彼女に、悠一は飛び出した。次元肉腫が、エヅナに向けて触手を伸ばしていたのだ。それに気付かない彼女から庇った悠一の、右足と腹部に触手が深く突き刺さる。


 痛みはなかった。体が麻痺しているのか、気持ち悪いという信号だけが送られてくる。後ろでエヅナが何か言っているが、それすらもわからなくなり始めていて、夢現(ゆめうつつ)な状態となっていた。


 どうしたって、このまま死ぬんだろうなと悠一は思った。しかし、後悔や未練はない。悠一はただ、エヅナに置いて行かれるのが嫌だった。置いて行かれるくらいなら、例え彼女の言う通り、本当に魂が霧散したって構わなかった。彼女と共に行けるのなら。


 目を閉じる悠一。瞼(まぶた)の奥から虹色の光が渦を巻いて広がっていく。浮遊感とともに、狭いトンネルの中を高速で駆け抜けていくような、何もかもを置き去りにして悠一という存在は三次元から離脱する。重力、上下左右も存在しない、時の流れすらない、悠一の知るそれ以上のすべてがそこにある場所。けれども不安定で、触れようにも触れられない虚空。魂のみとなった悠一は目を逸らすことも出来ずにただ信号が注ぎ込まれていく。それは明日のことだったかもしれないし、数千年前に起こることなのかもしれなかった。


 誰かが何か言っている。無量大数に混じって、それでも確かに強く悠一に訴えかけてきている者がいる。そこに辛うじてあることしかできない悠一だったが、引っ張られ、導かれ、そ(・)れ(・)す(・)ら(・)も(・)遥(・)か(・)未(・)来(・)だ(・)っ(・)た(・)ような気がして……悠一の意識は今度こそぶつりと途切れた。


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