第65話 手土産
無数の水路が。
青白く脈打った。
ドクン。
ドクン。
ザーファルは、水面の前へ立ったまま。
ゆっくりと手をかざす。
「……さて」
観測盤が反応した。
水面に映っていた景色が。
一斉に動き始める。
町。
村。
宮殿。
給水所。
人々の家。
水瓶。
井戸。
水の国中へ張り巡らされた無数の流れが。
逆向きに。
ゆっくりと辿られていく。
ルルカが目を見開いた。
「水を……遡ってる?」
一本。
また一本。
ばらばらだった水路が。
大きな一本の流れへ集まっていく。
サフィラも、水面へ顔を近づけた。
「この先に……」
「水源があるの?」
霧島は答えない。
ザーファルだけが。
楽しそうに笑っていた。
映像が地上を離れる。
地下へ。
岩盤の奥へ。
さらに。
深く。
深く。
暗い地下水脈。
巨大な水の流れが。
どこまでも続いている。
そして。
その中央。
「……何、あれ」
ルルカが呟いた。
水の底。
何かが沈んでいる。
石ではない。
建物とも違う。
巨大な構造物。
古びている。
それなのに。
青白い光だけが、今も内部を走っていた。
全体は見えない。
暗い水の向こうへ。
まだ何かが続いている。
ただ。
一つだけ分かる。
その構造物の周囲を通った水が。
いくつもの流れに分かれ。
水の国中へ広がっている。
サフィラの顔から血の気が引いた。
「こんなもの……」
一歩。
水面へ近づく。
「聞いたことがない」
ザーファルが。
小さく息を漏らした。
「……なるほど」
サフィラが睨む。
「何が分かったの」
ザーファルは答えない。
水の底に沈む構造物から。
目を離そうとしない。
やがて。
その口元が。
ゆっくりと上がった。
「ラシード様が」
一拍。
「ずっと探していたものが、ここにあった」
サフィラの瞳が揺れる。
「……探していた?」
ザーファルは笑う。
「ええ」
「これで、ようやく」
水面へ映る構造物を見つめる。
「この国の水は完成するのですね」
「完成……?」
ルルカが眉を寄せた。
ベルクもザーファルを見る。
「おい」
一歩前へ出る。
「これを、どうする気だ」
ザーファルが。
ゆっくりとベルクへ顔を向けた。
「あなた方が知る必要はありませんよ」
「何?」
「これは」
胸へ手を当てる。
「私がラシード様へ持ち帰ります」
サフィラの目が細くなる。
「……それを、自分の功績にするつもり?」
ザーファルは小さく笑った。
「功績というものは」
一拍。
「持ち帰った者のものですよ」
サフィラが黙る。
ザーファルは続ける。
「歴史に名を残す者は」
「一人で十分です」
一拍。
「ラシード様と」
ほんの少し。
間を置く。
「その隣に立つ、私だけで」
サフィラの口元が。
僅かに歪んだ。
「……やっぱりね」
ザーファルが眉を上げる。
「何がです?」
「何でもない」
一拍。
「もう、よく分かったから」
ベルクがザーファルを見る。
「悪いが」
刹那丸の柄へ手をかける。
「俺たちも見ちまった」
「ええ」
ザーファルは穏やかに頷いた。
「それが問題なのです」
右手が。
剣の柄へ触れる。
スラリ。
静かな音。
刃が抜かれた。
「この発見を持ち帰るのは」
一拍。
「私一人で十分です」
サフィラの表情が冷える。
ザーファルは。
いつもの笑顔のまま。
剣を構えた。
「皆様には」
「ここで死んでいただきましょう」
空気が変わった。
ベルクが刹那丸を抜く。
ルルカも杖を構える。
サフィラは円月輪を握る。
「どこまでも」
サフィラが低く言う。
「小さい男ね」
ザーファルの笑みが止まった。
「……まだ言いますか」
「何度でも言うわ」
一歩。
前へ出る。
「ラシードの後ろでしか立てない男」
ザーファルの目が細くなる。
「なら」
剣先が。
サフィラへ向いた。
「最初に」
「あなたから消しましょう」
次の瞬間。
ザーファルの姿が消えた。
「っ!」
ベルクが飛び込む。
ガギィィィン!!
刹那丸と。
ザーファルの剣がぶつかった。
火花が散る。
「サフィラにゃ触らせねぇよ」
ベルクが押し返す。
だが。
ザーファルの剣が。
わずかに沈んだ。
「邪魔ですね」
ギンッ!!
剣が跳ね上がる。
「なっ――」
ベルクの身体が浮いた。
一歩。
二歩。
後ろへ押し戻される。
靴底が床を削る。
「くっ……!」
ザーファルが踏み込む。
速い。
一閃。
ベルクが刹那丸で受ける。
ガギン!!
腕が痺れる。
さらに。
二撃。
三撃。
休む間もない。
刃が。
次々と飛んでくる。
ベルクが歯を食いしばった。
「こいつ……」
刹那丸で一撃を弾く。
「強ぇぞ!」
「油断しないで!」
サフィラが叫んだ。
円月輪を構える。
「ザーファルは」
一拍。
「元・水の国護衛団団長よ」
ベルクの表情が変わる。
「……団長?」
ザーファルが剣を構え直した。
ほんの少し。
懐かしそうに目を細める。
「懐かしい響きですね」
「昔の話ですよ」
一拍。
「あの地位では」
「ラシード様の隣には立てませんから」
ベルクの眉が動く。
「……なるほどな」
一歩。
前へ出る。
「守るためじゃなく」
「上に行くために剣振ってたってわけか」
ザーファルの笑みが薄くなる。
「好きに解釈してください」
同時に。
二人が地を蹴った。
ガギィン!!
剣と刃がぶつかる。
ザーファルが斬る。
ベルクが受ける。
弾く。
踏み込む。
刹那丸が肩を狙う。
ザーファルは紙一重でかわした。
そのまま。
身体を沈める。
「っ!」
ベルクの脇を抜けた。
狙いは。
最初から。
サフィラ。
「サフィラ!」
ザーファルが迫る。
サフィラは円月輪を交差させた。
ガギィィィン!!
剣を受け止める。
「ぐっ……!」
重い。
両腕が震える。
ザーファルは。
至近距離で笑った。
「あなたがいると」
一拍。
「何かと面倒なのですよ」
サフィラがにらみ返す。
「弟たちのことも?」
「ええ」
迷いはなかった。
「あなたさえ死ねば」
一拍。
「約束も消える」
円月輪が。
ぎしり。
押し込まれる。
サフィラの足が滑る。
「……ほんと」
歯を食いしばる。
「最低」
「褒め言葉として」
ザーファルが剣へ力を込める。
「受け取っておきます」
ガァン!!
円月輪が弾かれた。
「っ!」
サフィラの身体が開く。
ザーファルの剣が振り上がる。
そのまま。
振り下ろされる。
「サフィラ!」
刃が迫る。
その間へ。
青い刀身が飛び込んだ。
ガギィィィィン!!
火花が爆ぜる。
ベルクだった。
刹那丸で。
ザーファルの剣を真正面から受け止めている。
「ベルク!」
「下がってろ!」
両腕へ力を込める。
だが。
ザーファルの剣は動かない。
ベルクの足が。
ずるり。
後ろへ下がる。
「くそ……!」
ザーファルが薄く笑う。
「そこを退いてください」
ベルクも。
口元を上げた。
「断る」
刹那丸を押し返す。
ギィィィン!!
二人の刃が離れた。
ベルクは刀を構え直す。
「昔」
「団長だったんだって?」
ザーファルの目が細くなる。
「ええ」
ベルクが。
刹那丸を肩へ担ぐ。
「ちょうどいい」
一拍。
「どっちの剣が上か」
刃を下ろす。
「決めようぜ」
ザーファルの笑みが。
ゆっくり消えた。
二人が。
同時に地を蹴った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
続きを少しでも気になると思っていただけましたら、
いいね、ブックマーク、評価で応援していただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!




