第62話 番人の答え
白い光が。
黒い侵食へ触れた。
一瞬。
世界から音が消える。
風も。
水音も。
鼓動さえ。
何も聞こえない。
ただ。
黒だけが震えた。
ドクン。
その黒は。
斬られたのではなかった。
ゆっくりと。
白い粒子へほどけていく。
「グアアアアアアアアアッ!!」
番人が天を仰ぎ、咆哮する。
巨大な身体が暴れる。
岩盤が砕け。
迷宮全体が大きく揺れた。
それでも。
エリオは剣を振らない。
蒼刃を静かに構えたまま。
鼓動だけを聞く。
ルミスが囁いた。
「そのままだ。」
「聞き続けろ。」
エリオは目を閉じる。
ドクン。
番人。
ドクン。
迷宮。
ドクン。
蒼刃。
三つの鼓動が重なる。
一本。
また一本。
黒い侵食が静かにほどけていく。
そして。
最後の黒が消えた。
迷宮が静まり返る。
白く輝いていた蒼刃の光が消える。
背後のルミスの姿も、ゆっくり薄れていく。
別れ際。
ほんの少しだけ笑った。
「……よくやった。」
その姿が、光の粒となって消えた。
静寂の中。
ベルクが黒い筋の消えた蛇を見つめる。
「……おい。」
掠れた声だった。
「まさか。」
「厄災を……祓ったのか?」
誰も答えられない。
ルルカも。
サフィラも。
ただ、目の前の光景を見つめていた。
厄災は。
倒せる存在ではなかった。
これまで知っていた常識が。
音もなく崩れていく。
その時。
エリオの膝から力が抜けた。
ガクッ。
蒼刃が床へ突き刺さる。
視界が揺れる。
全身から力が抜けていく。
「エリオ!」
ルルカが駆け寄った。
治癒魔法の光が身体を包む。
エリオは薄く目を開く。
「……リュカは」
ルルカは少しだけ笑う。
「大丈夫。」
「私は天才魔女よ。」
その言葉に。
エリオも小さく笑った。
「……そっか。」
安心したように。
そのまま意識を手放した。
迷宮は静かだった。
番人も。
もう暴れていない。
ゆっくりと息を吐き。
長い身体を横たえる。
蒼い瞳だけが。
静かにエリオを見つめていた。
そこにはもう。
苦しみも。
怒りもない。
ただ。
長い悪夢から覚めた者のような安堵だけがあった。
その時だった。
番人が苦しそうに喉を鳴らす。
「……?」
ベルクが刹那丸を構え直す。
「まだ何かある!」
ゴボッ。
喉が大きく膨らむ。
そして。
ボフッ!!
「ぷはーーーーーーっ!!」
何かが勢いよく飛び出した。
「プル!」
ベルクが思わず叫ぶ。
プルは床へ転がると、大きく息を吸った。
「ふぅー!」
「食べ放題だった!」
全員が呆然とする。
ルルカが恐る恐る聞いた。
「……何を食べたの?」
プルは胸を張る。
「黒いところ!」
一瞬。
誰も言葉が出なかった。
プルは思い出したように口を開く。
「あ。」
「エリオ、おみやげ!」
ぽとり。
小さな欠片が床へ転がる。
青白く輝く、小さな結晶。
誰も見覚えがない。
だが。
眠るエリオの腰にある蒼刃だけが。
かすかに震えた。
プルの耳元で。
小さな声がした。
『……それを持ってきたか。』
プルは首を傾げた。
「るみす?」
しかし返事はない。
もう声は消えていた。
その頃。
リュカは静かに胸へ手を当てていた。
「……消えた。」
ルルカが振り返る。
「嫌な音?」
リュカはゆっくり頷く。
「うん。」
「もう聞こえない。」
誰にも理由は分からない。
けれど。
確かに何かが終わった。
ベルクは番人を見る。
まだ巨大な身体は動いている。
刹那丸を握り直す。
「まだ動けるのか……」
番人はゆっくり身体を起こした。
一歩。
また一歩。
巨大な影が近づく。
「来る!」
ベルクが前へ出ようとした。
「……待って。」
掠れた声だった。
エリオが、薄く目を開いた。
ルルカが慌てる。
「まだ動いちゃだめ!」
「大丈夫。」
エリオは、横たわったまま番人を見た。
番人は。
その目の前まで来ると。
巨大な頭を。
ゆっくりと下げた。
迷宮が静まり返る。
ベルクが息を呑む。
「……礼、か。」
サフィラは静かに首を振った。
「違う。」
一拍。
「答えを返したのね。」
その瞬間。
番人がゆっくりと身体を退ける。
今まで隠されていた奥。
巨大な石門が姿を現した。
ゴゴゴゴ……
重い音を響かせながら。
門が開いていく。
吹き込んできたのは風ではない。
世界そのものが息をするような鼓動だった。
エリオだけが。
その声を聞いていた。
門の向こう。
薄暗い光の中。
一人の人影が腕を組んで立っている。
「……遅い。」
霧島だった。




