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第60話 竜格共鳴

 一瞬だった。


 誰も、声を出せなかった。


 巨大な蛇は、何事もなかったように口を閉じる。


 ゆっくりと頭を持ち上げる。


 そこに。


 もうプルはいなかった。


「……プル?」


 エリオの声だけが震える。


 返事はない。


「プル!」


 もう一度叫ぶ。


 何も返らない。


 胸の奥が冷えていく。


「プルーーーーーッ!!」


 叫びが巨大空間へ響き渡った。


 ベルクが叫ぶ。


「落ち着け!」


「まだ生きてる!」


 エリオは振り向く。


「そんな保証あるか!!」


 初めてだった。


 怒鳴るような声。


 肩が震える。


 拳が白くなるほど握られていた。


 エリオは蒼刃を抜く。


 ギィ……


 刀身が青く鳴いた。


 柄の奥で鼓動が速くなる。


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


 その時だった。


「待て。」


 静かな声。


 ルミスだった。


 エリオは叫ぶ。


「ルミス!」


「力を貸せ!」


「今すぐだ!」


 少しだけ沈黙。


 ルミスは静かに答えた。


「……今のお前じゃ耐えられない。」


「貸せ!!」


 エリオは睨み返す。


「うるせ!」


「今やるんだよ!」


 また沈黙。


 そして。


 ルミスは小さく息を吐いた。


「……竜守り人の子よ。」


「血を借りるぞ。」


 ドクン。


 蒼刃が赤く脈打つ。


 柄から赤い光がエリオの腕へ絡みつく。


 ぞわり、と全身から熱が抜けた。


 膝が少し揺れる。


 身体が軽い。


 違う。


 力が抜けている。


 生命を吸われている。


 それでも。


「行くッ!!」


 エリオは地面を蹴った。


 一瞬で蛇の懐へ飛び込む。


「うおおおおおッ!!」


 全力。


 渾身。


 蒼刃を振り下ろす。


 ガキィィィン!!


 鈍い衝撃。


 刃は止まる。


 鱗一枚、斬れない。


「なっ――」


 次の瞬間。


 巨大な尾が視界を埋めた。


 ドォォォォォン!!


 衝撃。


 身体が宙を舞う。


 柱を砕きながら吹き飛ばされる。


「がっ……!」


 石煙が舞う。


 ベルクが叫ぶ。


「エリオ!」


 蛇は追撃する。


 ベルクが飛び出した。


「俺が前へ出る!」


 刹那丸が閃く。


 連撃。


 火花だけが散る。


 蛇はびくともしない。


 ルルカが杖を掲げる。


封界術グラン・バインド!」


 幾重もの白い魔法陣が重なる。


 光の鎖が蛇を包む。


 しかし。


 鎖は壁を流れる青白い水路へ吸い込まれた。


「そんな!」


 サフィラが円月輪を放つ。


 死角。


 首筋を狙う。


 蛇は身体を少し傾けただけだった。


 円月輪は空しく壁へ突き刺さる。


 ベルクが歯を食いしばる。


「効いてねぇ!」


 ルルカも叫ぶ。


「攻撃が全部流される!」


 サフィラは蛇ではなく壁を見た。


「違う……」


「迷宮そのものが守ってる!」


 エリオは瓦礫を押しのけ立ち上がる。


 息が苦しい。


 腕が痺れる。


 それでも蛇を見る。


 プル。


 返せ。


 返せ。


 返せ。


 もう一度走ろうとした。


「違う。」


 ルミスだった。


「そうじゃない。」


「使い方が違う。」


「聞いてる暇なんか!」


「違う。」


 少し間。


「俺じゃない。」


「蛇を聞け。」


 世界が静まる。


 音が消えた。


 蛇だけを見る。


 ドクン。


 蒼刃。


 ドクン。


 迷宮。


 ドクン。


 蛇。


 全部。


 同じ鼓動だった。


 エリオは息を呑む。


「……苦しんでる。」


 暴れているんじゃない。


 耐えている。


 何かに。


 蝕まれている。


 ルミスが静かに言う。


「血に頼るな。」


「合わせろ。」


「力じゃない。」


「呼吸だ。」


 エリオは目を閉じる。


 深く息を吸う。


 ゆっくり吐く。


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


 鼓動が、一つになる。


 その瞬間。


 蒼刃が静かに白く輝いた。


 柄へ竜の紋様が浮かぶ。


 光は刀身を伝い、

 エリオの腕を駆け上がる。


 背中へ流れた光が、

 人ひとり分の影を描いた。


 気付けば。


 エリオの背後には、

 もう一人、剣を握る者が立っていた。


 その手が、

 静かにエリオの手へ重なる。


 一振りの剣を。


 二人で握った。


 ベルクの瞳が大きく揺れた。


「……まさか。」


「……ルミス。」


 ルルカが息を呑む。


「……嘘。」


「文献だけのはず……。」


 震える声で呟く。


「竜格共鳴……。」


 蛇が咆哮した。


 巨体が迫る。


 今度は逃げない。


 一歩。


 世界の鼓動へ合わせる。


 紙一重で尾をかわす。


 ルミスが頷く。


「そうだ。」


「聞け。」


 蛇の身体を流れる青白い水路。


 その中で。


 黒い筋だけが鼓動から外れていた。


 ルミスが指を向ける。


「あれだ。」


「番人を侵している。」


 エリオが黒い筋を見る。


 その瞬間。


 蛇の瞳が揺れた。


 初めて。


 エリオだけを見た。


 蒼刃が勝手にその一点へ向く。


 エリオ


「……あそこだけを。」


 ルミス


「ようやく見えたな。」


 蛇が天地を揺るがす咆哮を上げる。


 その咆哮は。


 怒りではなかった。


 助けを求める声だった。

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― 新着の感想 ―
プルが飲み込まれた瞬間の緊張感が凄かったです。そこから力任せではなく「蛇を聞け」「呼吸だ」と竜格共鳴へ繋がる展開が熱い! 敵だと思っていた番人が実は助けを求めているという展開も印象的でした。次話で黒い…
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