第40話 隣に立つために
守られるだけなの、もう嫌。
リュカの口から、自然とこぼれた。
朝の海は静かだった。
昨夜の幽霊船騒ぎが嘘みたいに、波は穏やかで、風もやわらかい。
甲板では、プルが大の字で寝ていた。
「ぐるるる……父ちゃ……」
寝言まで騒がしい。
少し離れた場所では、ベルクが腕を組んだまま目を閉じている。寝ているのか起きているのか分からない。
そのさらに先。
船首寄りで、エリオが蒼刃を振っていた。
ザン。
まだ少しぎこちない。
けれど、昨日までより剣筋はまっすぐだった。
傷だらけなのに、もう振っている。
昨日もそうだった。
命を懸けて戦って、傷だらけになって、それでも前を向いていた。
あの時の目を思い出す。
強くて、危なっかしくて、まっすぐで――
思い出しただけで、少しだけ顔が熱くなる。
でも、その熱はすぐに胸の痛みに変わった。
自分はどうだっただろう。
叫んで、見ているだけだった。
役に立てたとは、言えない。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
⸻
リュカはそっと視線を逸らし、船内の端に並べてある武器へ向かった。
船員たちが使う予備の武器だ。
短剣。
槍。
小ぶりの斧。
弓もある。
リュカは短剣を持った。
思ったより重い。
構えてみる。
しっくりこない。
今度は槍を持つ。
長すぎる。
振ろうとしただけで体が流される。
弓も触る。
引けないわけじゃない。
でも、狙いが定まらない。
何を持っても中途半端だった。
「……っ」
悔しい。
もう一度、槍を持つ。
足元がずれた。
危うく倒れそうになったところで、後ろから声が飛んだ。
「お嬢ちゃん、気持ちは分かるがな」
船長だった。
白髭を撫でながら、苦笑している。
「力任せじゃ、武器は応えてくれねぇよ」
リュカは唇を噛んだ。
「私だって強くなりたいの」
船長は何も言わない。
リュカは槍を握ったまま続けた。
「エリオやみんなの、お荷物になりたくない」
少しの沈黙。
船長は頭を掻いた。
「そりゃ立派だ」
「だが、強くなるってのは、剣を持つことだけじゃねぇ」
リュカは顔を上げる。
その時だった。
「……そんな闇雲にやっても、あなたは輝けないわ」
振り返ると、ルルカが立っていた。
本を片手に、呆れたような顔をしている。
「ルルカ……」
ルルカは近づき、槍をちらりと見た。
「向いていない道を無理に進むのは、努力じゃなくて迷子よ」
リュカは唇を噛んだ。
「でも、何もしないままは嫌」
「守られてるだけなの、もう嫌なの」
ルルカの目がわずかに細くなる。
「あなたには別の役目があるかもしれない」
リュカは顔を上げた。
「別の……役目?」
ルルカは静かに言う。
「それを見つけられなければ、今のままじゃエリオのお荷物だわ」
その言葉は、まっすぐ胸に刺さった。
リュカは目を伏せる。
「……そんなこと、わかってるわよ」
声がかすれる。
「わかってる……」
悔しい。
言われなくても分かっている。
分かっているのに、何もできない自分が一番嫌だった。
ルルカは少しだけ黙った。
それから、いつもより低い声で続ける。
「だから見るの」
「あなたに何があるのか」
リュカは涙をぬぐう。
「何が……あるの?」
「もし適性があるなら――」
ルルカは一拍置いた。
「アーティファクトの暴走に“対抗する術”を教えられるかもしれない」
リュカは目を瞬かせた。
「暴走に……対抗?」
「そんなこと、できるの?」
ルルカは頷く。
「ええ」
「私は天才魔女ルルカよ」
「それくらいの手がかりは見つけられるわ」
少しだけ得意げな顔。
けれど、すぐに表情を戻す。
「ただし、簡単じゃない」
「それができたとしても、ようやく普通になっただけ」
リュカは黙って聞いている。
ルルカはまっすぐ言った。
「エリオの隣に立ちたいなら、あなたにしかできないものを見つけなさい」
胸が熱くなった。
苦しいのに、不思議と目は逸らせなかった。
リュカは小さく、けれどはっきりと頷く。
「……わかった」
「どうしたらいいのよ?」
⸻
ルルカは本を閉じると、リュカの前に立った。
「リュカ、あなたの魔法の適性を見るわ」
「魔女の国に伝わる、古い見方よ」
ルルカが指を立てる。
すると、細い光の糸が何本も現れた。
白く、透き通った糸。
それが生き物みたいに揺れながら、リュカのまわりを巡る。
手首。
指先。
胸の前。
糸はふわりと集まり、また離れた。
リュカは思わず息を呑む。
「すごい……」
ルルカは真剣な目で糸の動きを見ていた。
「まず武の適性」
細い糸が、ぴんと張る。
だが、すぐに力なくほどけた。
ルルカはあっさり言う。
「ないわね」
リュカの肩が揺れる。
ルルカは続けた。
「攻撃魔法も壊滅だわ」
「ここまで反応が鈍いのも珍しい」
リュカは言葉を失った。
「そんな……」
ルルカは別の糸を動かす。
今度は光がゆるやかに円を描いた。
「……守りの適性は、少しあるわね」
リュカが顔を上げる。
糸は弱い。
でも、消えない。
「若干反応がある」
「上手く伸ばせば、アーティファクトの暴走に対抗する側へ回れるかもしれないわ」
リュカは小さく息を吐いた。
ほんの少しだけ、口元がゆるむ。
ルルカはその表情を見て、目を細めた。
「やっぱりね」
「どういうこと?」
ルルカは糸の先をリュカの胸元へ向ける。
淡い光が、そこだけ少し温かくなる。
「あなた、優しいわね」
リュカが目を瞬かせる。
ルルカは静かに言った。
「ずっと辛かったでしょ」
「自分のせいで壊れたかもしれないって思って」
「近づいたら、また何かを壊すかもしれないって、怖かった」
リュカの喉が詰まる。
「……どうして」
ルルカは少しだけ笑った。
「魔法はね、才能だけじゃないの」
「何を怖がって、何を守りたかったか」
「そういうのが、そのまま出るのよ」
リュカは俯いた。
指先が少し震えている。
「でも……本当は」
ルルカは言葉を継ぐ。
「誰かの役に立ちたかった」
「守られる側じゃなくて、守る側に立ちたかった」
リュカは小さく頷いた。
「……うん」
ルルカは糸の動きを見つめる。
胸元の光が、今度はやわらかく広がった。
「なら、答えは出てるわ」
リュカが顔を上げる。
「あなた、治癒に向いてる」
一拍。
「……守る側の質もあるわ」
その一言で、世界が少しだけ止まった気がした。
「うそ……」
ルルカは胸を張る。
「天才魔女ルルカは、こういう時に外さないわ」
リュカの目に、じわっと涙が滲んだ。
でも今度の涙は、さっきまでの悔しさとは違っていた。
⸻
その時、後ろから足音が近づいてくる。
「何してるの?」
エリオだった。
蒼刃を肩に担ぎ、額にうっすら汗を浮かべている。
リュカは少しだけ慌てて、手を後ろに隠した。
「べ、別に」
エリオは首を傾げる。
「怪しいな」
ルルカが横から口を挟む。
「秘密らしいわ」
エリオが笑う。
「なんだそれ」
リュカは少しだけ頬をふくらませた。
「秘密は秘密なの」
エリオは一瞬きょとんとして、それから笑った。
「そっか」
「……でも、なんか元気そうでよかった」
その一言で、胸が少しだけ熱くなる。
リュカは目を逸らした。
「誰のせいで悩んでたと思ってるのよ」
「え、俺?」
「知らない」
エリオは困ったように頭をかく。
その様子が少しおかしくて、リュカは小さく笑った。
⸻
その時だった。
見張り台の方から、船員の大声が響いた。
「陸だ!!」
一拍。
「砂の国が見えたぞ!!」
空気が一変する。
プルが飛び起きた。
「えっ!?」
「砂って食える!?」
ベルクがゆっくり立ち上がる。
「行くぞ」
全員が甲板の先へ向かった。
目の前に広がっていたのは、黄金の大地だった。
どこまでも続く砂。
その先にそびえる巨大な城壁。
白い建物が朝日に照らされて光っている。
さらに奥には、砂嵐をまとった大きな塔が見えた。
見たことのない国。
見たことのない景色。
プルが目を輝かせる。
「すげぇぇぇ!!」
ルルカは目を細めた。
「……懐かしいわね」
ベルクが低く言う。
「浮かれるな」
「ここから先が本番だ」
エリオは前へ出る。
風が髪を揺らした。
蒼刃が、わずかに熱を帯びる。
リュカは自分の手を見た。
さっき灯った光はもう消えていた。
でも、胸の奥には確かに残っている。
守られるだけじゃ終わりたくない。
隣に立てる自分になりたい。
その前で、エリオが砂の国を見つめていた。
「……行こう」
その一言で、全員が前を向いた。
砂の国が、すぐそこまで来ていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回から、いよいよ砂の国に入っていきます。
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