第九十三話 それぞれの思い
「まさか師匠がギルドマスターだっただなんて……弟子の僕にも黙っておくなんて酷いじゃないですか~」
王室を出て少し落ち着いたところで、ヒカルが抗議するように言う。
だがスガモンは顔を眇め、
「別にわざわざ言うほどのものでもないじゃろう。大体マスターと言っても実質はテンラクが上手いこと切り盛りしてたからのう」
「でも私もびっくりです。テンラクからは、マスターがいるとは聞いてましたけど、まさかスガモン様がそうだとは……」
「本当にね。あたしも初めて知ったよ」
ミャウとミルクが意外そうに続ける。
すると、ほっほっほ、と白髭を擦りながら。
「いい男というのは一つ二つ隠し事を持ってるものじゃよ。影のあるほうがかっこいいじゃろ?」
言ってウィンクを決めるが、二人はどことなく苦笑いである。
「ふん! 何が影じゃい。皺しかない爺さんの癖に」
ミャウの横にいたゼンカイが思わず毒づく。
「何をいうか! このクソ爺ぃ!」
「お主だって爺ぃじゃろうが!」
爺さん二人が歯をむき出しに怒鳴りあうが、正直見苦しい。
「全く……」「しょうがない爺さんたちだね……」
双子の兄弟も軽く笑いながら言葉を漏らすが、どことなく元気がないように思えた。
「でも驚いたのはどっちかというと……」
プリキアがそういって、ラオン王子殿下の方をちらりとみやる。
そしてその視線に冒険者の皆も続いた。が、
「うぬが?」
とラオンは元の口調で返す。
「プ、プリンスのマウスがカムバックしてしまったザマス」
「なんだってんだおい」
マンサとマゾンの二人が目を丸くさせていった。他の皆も瞳をパチクリさせている。
「なんじゃ王子。戻してしまったんかい。でもわしは今のほうが何となくしっくりくるんじゃがの」
ゼンカイはラオン王子殿下に告げ、そして愉快そうに笑う。
「……我が言葉にここで一旦失礼するとあり!」
そう言ってラオンが身を翻す。
「なんや随分とあっさりしとるのう」
王子の背中を眺めながらブルームが言う。
「も、もう、ブ、ブルームさん。し、失礼ですよ!」
ヨイが両腕を上下に振りながら、咎めのように言うが、そうかのう? とブルームは特に悪いと思ってる様子はない。
すると数歩程ラオンが歩みを進めたところで動きをとめ、背中を向けたまま。
「……我が言葉に皆の協力に心からの感謝とあり!」
その言葉を言い残し長い廊下を再び歩き始めた。
「何や? 今更テレとんのかいな?」
「も、もう! ブ、ブルームさん!」
「……でもよく考えたら私達になんの処分も下されなかったのは、ラオン王子殿下のおかげよね」
ミャウが呟くように述べると、スガモンが、フム、と顎を引き。
「確かにのう。じゃがわしにも意外じゃった。ああやって王の前で話すのは久しぶりに聞いたからのう」
「久しぶりって事は、それでも前は普通に話していたって事かい?」
ミルクが思ったままの疑問を口にした。
「勿論じゃよ。産まれてからあの調子じゃったってわけじゃ勿論ないわい」
スガモンはそこで遠い目を浮かべながら、言を続ける。
「あの口調は、ラオン王子殿下の教育係を任されていた男の口癖だったものじゃ。今のラオン王子殿下の武力や考え方はあいつの影響が大きいかのう」
遠い記憶を想起するように語るスガモン。その顔を見ながらゼンカイがうんうんと頷き。
「あれだけの王子を育てたほどじゃ。よっぽどの男なのじゃろうな。一度ぐらい顔をみてみたいものじゃのう」
「無理じゃよ」
言下にスガモンが返し、ゼンカイが、無理? と復唱すると。
「あいつはもうこの世にいないわい。もう随分前になるがのう……そして王子殿下の口調が変わったのも丁度それからじゃ」
スガモンがどこか淋しげにいうと、少しだけ湿っぽい空気が辺りに流れる。
が、さて! とシャキンと背筋を伸ばし、スガモンは声を上げ。
「こんなところでのんびりしておれんわい! テンラクにも言って情報を集めぬとのう。わしはこれで先に戻るが、皆はまだ疲れはあるじゃろう。各々休息をしっかりとっておくと良い。勿論そこまで時間に余裕はないじゃろうが、少しでも、な」
そう皆に告げて、手をひらひらと振りながらスガモンも皆を残し、立ち去っていく。
「休息といってもねぇ」
ミルクは立ち去るスガモンの後ろ姿を眺めながら腕を組み、息を一つ吐く。
そして視線をゼンカイへと向けると頬を僅かに紅潮させた。
「ゼンカイ様はこれからどのようなご予定で?」
「わしかい? そうじゃのう」
そんな二人のやり取りをミャウが見ていると――。
「ミャウ、やはりミャウじゃないか」
彼女の背後から声が掛かり、ミャウが振り返る。その瞬間、僅かにその表情が固まった。
「レ、レイド将軍閣下――」
ミャウが耳をピンと立て、瞳を大きく見開いた。だが反対に黒目は一気に萎みを見せている。
「話は耳にしてたがやはり来てたのだな。随分と久しぶりだな。元気だったかい? 何年ぶりだろうな……冒険者になってからというものさっぱり顔を見せないから、少々心配してたのだぞ」
それは、衣服のあちらこちらに勲章のようなものが散りばめられた男であった。後ろに綺麗にまとめ上げられた銀髪を有し、若干面長の顔立ちをしている。
年齢は40そこそこといったところか。
笑みは絶やさず、一見すると人の良さそうな感じに見受けられる。
「なんじゃ? ミャウちゃんの知り合いかのう?」
ゼンカイが彼を見上げるようにしながら言うも、ミャウの返事はない。
どこか呆然としている雰囲気もあった。
すると、レイド将軍が顔を動かし、その小さな老人を見下ろしながら口を開く。
「貴方は?」
「わしはミャウちゃんのボーイフレンドなのじゃ!」
ゼンカイは相変わらず勝手なことをいいのける。
だが、いつもであればここでミャウの突っ込みが入りそうなものだが、彼女はまるで聞いていないかのように反応を示さなかった。
「ゼンカイ様そんな! ゼンカイ様はあたしの! あた――」
その代わりにと、ミルクがそこまで言ってその顔を真赤にさせてしまう。が、やはりミャウのどこか心ここにあらずといった雰囲気に疑問を感じたようで、ミャウ? と心配そうに呼びかける。
「……ミャウ。彼、ゼンカイというのかな? は一体どなたなのかな? 答えてくれるかい?」
笑顔のレイドがゆっくりと、それでいてよく通る声音で語りかけると、ミャウの肩が僅かに震え、そして彼女はその顎を上げた。
「は、はい。ゼンカイ、ゼンカイお爺ちゃんは、その、トリッパーで、今は私と一緒に冒険者として活動する仲間です」
ミャウのどこか辿々しさの感じられる、回答に、ふむ、とレイドは顎を擦り。
「なるほど貴方があの……いやミャウがいつもお世話になってるようですね」
ゼンカイに笑顔を振りまきながら、男は言う。
だが、ゼンカイはどこか得心がいかずと顔を眇め口を開く。
「お主、一体ミャウちゃんの何なのじゃ?」
ゼンカイは訝しげな表情で問いかける。が、ははっ、と将軍は一つ笑い。
「いや、これは失礼しました。私はそうですね。うん、ミャウ、君からきっちり説明してあげた方がいいんじゃないかな? しっかりと、ね」
レイドが目配せすると、ミャウが、ハッ! とした表情に代わり、そしてゼンカイたちに身体を向ける。
「その、レイド将軍はわたしが小さい頃からお世話してくれたかたで、私にとって親代わりみたいなものなの……でも久しぶりだからちょっと緊張しちゃって――」
言ってミャウがぎこちない笑みを浮かべる。
「全く。いくら暫くあってないからって、そこまで緊張することじゃないだろ」
レイドがミャウの肩に右手を乗せ言う。そして。
「そうだミャウ。私も久しぶりでな色々話を聞かせてもらいたい。丁度旨い紅茶と焼き菓子もあるんだ。ミャウ好きだっただろ? どうかな?」
レイドの問いは誘いと言うより強制的な何かも感じさせる。
「は、はい。では――」
「わしも」
ゼンカイが口を挟んだ。
「わしも、旨い焼き菓子というのをご所望に預かりたいものじゃのう」
その発言はいつもの図々しいものとはどこか違った。その証拠に眉の引き締まった真剣な面持ちである。
「ミャウ……」
レイドが耳元で囁くように言う。
「ご、ごめんねお爺ちゃん。私レイド将軍閣下と積もる話もあるから。だから、ね? 私の事は気にしないで皆と先に戻ってて」
「……というわけで、いや、すみませんね皆さん。ですので少々彼女をお借りしますよ。さぁ」
言ってレイド将軍閣下が歩き出し、その後ろを追いかけるようにミャウも歩みを進める。が――。
「ミャウちゃんや」
その小さな背中にゼンカイが声を掛ける。
「……平気かのう?」
するとミャウが振り返り笑顔を浮かべ返した。
「もう。何を言ってるのよお爺ちゃん。こんなの両親と久しぶりに再会するぐらいの感覚なんだから、何の心配もいらないわよ」
「……じゃったらええんじゃが」
こうしてゼンカイはミャウを見送り――そして各々もそれぞれが色々な思いを抱える中、解散と相なったのだった――。




