第九十四話 将軍と猫
「いやぁ、それにしても本当に久し振りだね。君に再会出来て私は本当に嬉しいよ」
仲間たちと別れた後、レイド将軍と共にミャウが案内された部屋。将軍が一人で過ごすには十分すぎるほど広く、見た目にも高級そうな調度品が数多く配置されてある。
ミャウは部屋に入って右側にあるテーブルの前に座っていた。木製で厚みがあり、表面は艶やかな赤銅色で覆われている。
座る椅子も、凝った意匠が施されており、クッションは敷かれていないが、柔らかみのある材質が心地よさそうにも思える。
だがミャウは、椅子に座ったまま、レイド将軍の言葉には特に何も返さず、俯き気味にテーブルの盤面のみを眺めていた。
将軍は奥の食器棚近くで何か作業している。
恐らくは、先ほど仲間の前で話していた、紅茶と焼き菓子の準備をすすめているのだろう。
しばらくは静かな時間が流れた。僅かに何かを沸かす音だけが部屋をこだましている。
魔道具の発達しているこの世界では、お湯を沸かすのもそう難しい話ではない。
時が流れ、音が止むと、カチャカチャと音が鳴り響き、将軍がミャウの方に振り返った。
「うん。出来た。これはいい匂いだ。中々美味しそうだと思わないかい?」
レイド将軍が奥から問うように声を発し、そしてトレイにティーポットとカップ、焼き菓子を盛りつけた皿を乗せ、ゆっくりと歩いてくる。
「お待たせ」
一言述べ、カップに紅茶を注ぎ、そしてミャウに顔を向けニッコリと微笑んだ。
「さぁどうぞ。召し上がれ」
レイド将軍はそういって――テーブルから焼き菓子とカップを床に移した。そして直立したまま、椅子に座るミャウを見下ろす。
ミャウはそれを見て瞳を大きく身広げた。どこか呆然としてるような、それでいて諦めにも近いような、そんな表情をしている。
「どうした? 折角私が用意したんだ。まさかいらないとは言わないだろう?」
どこか強制力をもったその声に、ミャウの両耳が小刻みに震えている。唇もだ。だが、彼女はそのまま口を開き。
「頂きます……」
そう言って床のソレを手で掴もうとする、が――。
「違うだろうミャウ。君は、猫なんだから。そんな人間のような振る舞いをしてはいけないよ。ほら、以前に教えただろ? 食べ方を。忘れてしまったのかい?」
レイド将軍が発したのは、静かで――冷たい声だった。
「さぁ、どうするか。やってみろ」
ミャウは何も語らず、無言で椅子から腰をずらし、まるで這いつくばるような姿勢で、床に身体を移した。
そして――。
ピチャ、ピチャ――ピチャ、ピチャ――。
ティーカップに顔を近づけ、そして舌で中身を掬い取る。
「そうだ。やれば出来るじゃないか! そうだよ。君は猫なんだから。そうやって。舌を使って。器用に飲むんだよ。ふふっ、そうさ、それでこそ私のミャウだ!」
将軍は、ニヤリと嫌らしく口角を吊り上げる。
「さぁ、焼き菓子も食べ給え。ミャウの好きなこれを。さぁ!」
レイド将軍の命に従うように。ミャウはカップから更に口を移し、盛られてる焼き菓子に齧り付く。
勿論。手などつかわず。獣のように。口だけで。そしてガツガツと、咀嚼する。
「いいぞミャウ。私のミャウ。可愛い。可愛い。ミャウ!」
恍惚とした表情を浮かべ、半ば興奮したような口調で言う。
そしてミャウの髪を撫で、そのままその耳に手を添え、キュッと強く握りしめた。
「ヒャン!」
声を上げ、力が抜けたかのように身体が傾く。
ガシャン――とその弾みにカップが倒れ。中身が零れ床を汚した。
「ミャウ。いけない子だ。こんなに床を汚してしまって。さぁ、綺麗にしなさい」
「ひゃ、りゃめ、みゅみ、みゅみを……」
「ダメだミャウ。このままだ。このままの状態で綺麗にするんだ」
レイド将軍の口調は、まるで躾のようだ。
「……ひゃ、い」
身体を震わせながら、床に顔を近づけ、舌で綺麗になるよう掃除していく。
「くくっ。最高だ! 最高だミャウ! なぁ? 私がどれだけ寂しかったかわかるかい? 全く。わざわざ君のためにあんな法案まで作ったというのに。強引にねじ込んだんだぞ? この耳もミャウも! 全ては私の物だったのに! あの、王子が余計な事を……おかげで私は楽しみが一つ減った! お前をここまで調教したのは、私だというのに!」
耳を握る力が強くなる。それに呼応するようにミャウも目を剥き、口を開け、舌を伸ばし、そして……涎が床に滴り落ちる。
「また汚したね。悪い子だ。これはお仕置きが必要だね。さぁ、脱ぎなさい。君は猫なんだから。そもそも人間の服なんか着ててはいけないよ」
ミャウには返す言葉が無かった。ただその代わり。身体だけが怯えた小動物のようにプルプルと震え続けている。
「どうした? 逆らうのか? いいのかい? 君の仲間に、その全てを話しても?」
耳元での囁きに、ミャウの身体は更に大きくビクリと跳ねた。
「は、い」
「違うよミャウ。返事はにゃ~かにゃんか。そう、もう人語も駄目だ。これは罰なんだから。もう鳴き声でしか、ゆるさないよ。さぁ、わかったら、もう一度」
「にゃ、にゃ~」
涙が一つ頬を伝い。それをみて楽しそうに将軍がわらう。表皮を剥がすミャウを見ながら、レイドは腰を落とし、涙で濡れた頬を舌で拭った。
「……ミャウは相変わらず成長しないね。でも、そこがいいんだ。この未成熟なまま、年齢を重ねる君の姿が、私にはとてもソソられる」
耳をかみ、僅かな膨らみをみせるソレを掴み、小さな果実を指でつまむ。
「ヒャウン!」
「違うだろ? 猫だ君は。猫なんだ」
「ニャ、ウ、ン……」
「そうだ! かわいいよミャウ! やはり君は素質がある! なのに! なのに冒険者などと! 混血か何か知らないが! お目付け役などと! しかも自由をだと? お前を拾ってここまでしたのは私だというのに!」
「ニャッ!」
その膨らみに指が強く食い込み、思わずミャウの声が上擦った。
「おっとごめんよ。痛かったかい? 思わず力が入ってしまったよ。でも君だって悪いんだよ。君は精々私のメイド程度に収まっておけばよかったんだ。そのために色々奉公だってさせただろ? 本当は心苦しかったけれど、私の出世は君のためにもなった筈なんだ。それなのに! それなのに!」
ミャウの瞳は焦点が合わなくなり、ただ天井だけを眺め、荒い息を吐き続けていた。
「まぁいい――」
レイド将軍は一言そう述べ、ミャウに笑顔を向ける。一見すると人優しそうな。それでいてとても、薄汚れた笑顔を。
「今日はたっぷりと時間がある。私もあの件は部下に任せて、わざわざミャウの為に時間を取ったんだ」
ミャウの顎を、スリスリと擦る。そして――。
「ひゃ、ん、みゃ、ん」
口の中に指を突っ込み。そして舌を弄んだ。ゆっくりと、じっくりと、ネットリと――。
「そうだよ。君にまた思い出させて上げよう。ミャウが一体どれだけ従順だったかを。君は私には逆らえないんだという事を」
指を放し、口から抜き。透明なソレの絡みついた部分を、己の口にふくみ、そしてぺろぺろと舐めまわす。
「行儀の悪い子には躾が必要だ。行儀の悪い子にはお仕置きも必要だ。そして、行儀の悪い子には……調教も必要なんだ」
レイド将軍が立ち上がり、そして何かを下ろす音が静かな部屋に広がった。
「さぁミャウ。ミルクの時間だ。たんとお飲み――」




