第一〇〇話 無茶な策
「ミャウ――」
レイド将軍は、一言呟き強く歯噛みしてみせた。
だが、そのまますぐ視線を宰相と王のいる方へ向け、うかつかと歩み寄る。
「どけ!」
途中立ち並ぶゼンカイ達に語気を強めた。
なんじゃい! と文句を言おうとしたゼンカイを、いいから、とミャウが退けさせる。
「フンッ! なんで貴様みたいのがここに――」
レイドは嫌悪の意志を隠しもせず、憎々しげな言葉を口にし、そして再び玉座へと近づいていった。
そして王を目の前にし、恭しく頭を下げる。
「流石レイド将軍だ! こんなに早く手配が進むとは」
「エルミール王女奪還の為とあれば、これぐらい朝飯前でございます」
宰相の言葉に、将軍が誇らしげに返す。
「……それで、奪還の為にお前はどのような作戦を考えているのだ?」
「はい。先ず今回の相手方の要求ですが。馬鹿らしいですな。こんなものは飲む必要全くありません。一週間とは短くも思われますが、我が王国魔術師の転移魔法を駆使すれば十分な時間でございます」
両手を広げながらレイド将軍が説明を続ける。その様子をブルームが妙に真剣な顔つきで聞いていた。
「此度はわが王国軍から特に選りすぐりの戦士と騎士を合わせて五十名、そして王国魔術師が三十名、合わせて八十名を待機させております」
「八十名? それだけか?」
「あっはっはっは。確かに裏ギルドも多数存在するようなアルカトライズを攻め落とすのに、八十名は少なくも感じられるかもしれませんが、一人一人が下手な軍の一個小隊を上回る実力を秘めております。烏合の衆の無法者たちなど軽く捻り潰してみせましょう」
レイド将軍の言い方は、まるでこれから戦争でも繰り広げるかのようである。
「うむ! なるほど流石レイド将軍だ! いや少ないなどと浅はかな考えてあった」
「いえいえ。ただ確かにそれだけではまだ不安もあるかもしれませぬ。ですからここはこのレイド自ら陣頭指揮を取り、王女奪還に乗り出す所存であります」
そう言って再度頭を下げる。すると宰相が大げさな身振りで、驚きを表現した。
「なんとレイド将軍自ら! いやはやこれはもう。この勝負かったもどう――」
「おまんらアホかいな? そんな馬鹿な手段でいったら、王女奪還どころか、その寄り過ぐりの戦士っちゅうのも無駄死にするだけやで」
彼らの横から口を挟んだのは、ブルームであった。先ほどまで真剣そうに聞いていた彼だが、今は両手を後ろに回し、どこか呆れたような表情をみせている。
「だ、黙れ! 何だ貴様は矢庭に無礼なやつめ! 今はレイド将軍が――」
「まぁまぁいいではないですか。この私にわざわざ冒険者などという自由な身の上の者が意見しようというのだから。是非とも参考までに聞いておきたいですな」
言外に皮肉をたっぷり染み込ませた物言いであったが、レイド将軍は偽物の笑顔を張りつけ、ブルームを振り返る。
「へいへいっと。まぁわいみたいなたかだが一冒険者風情の意見やけんど。まぁ耳の穴でもかっぽじってよく聞いてくれや」
ブルームの動じないどころか、逆に小馬鹿にしたような返しに、皆の顔が緩んだ。ゼンカイに関しては、いいぞ! 言ってやれい! と焚きつけてさえいる。
「まずあんさんら、今回の救出に八十人を投入するというとったが、それ本気でいうとるのかいな?」
「無論だ。まさかそこまでの啖呵を切っておいて話を聞いていませんでした、とでも言う気かな? 八十人といっても選りすぐりの面子だ。少ないなんてことはない」
「全くですな。これだから何も知らない冒険者は。数が多ければいいってものでもないのだよ! 素人が!」
「お前さっき少ないと心配しとったじゃろうが」
ボソリと突っ込むゼンカイに、シッ、とミャウが人差し指を立てた。
「はぁ~~~~。なんやこいつらアホばっかかいな。わいがいつ少ないなんて言うたんや。逆や! 多すぎや! なんや八十人って。ほんまアホちゃうか~~」
ブルームが全く遠慮のない口調でそう述べると、レイド将軍の蟀谷がピクピクと波打ち、多い、だと? と言葉を漏らす。
「そうや。そもそもあんたら八十人いうて、一体どういうルートで向かうつもりやねん」
「馬鹿が! 貴様聞いていなかったのか! 腕利きの王宮魔術師の転移魔法で……」
「それこそ馬鹿の考えや!」
宰相の返しにブルームが噛み付く。
「えぇか? アルカトライズは非合法の都市や。だけどだからこそ、仲間以外が下手に街に入り込むのを激しく嫌う。だからあの周りは侵入者を拒む結界がそこらかしこに張り巡らされておる。転移魔法? そんなもので近づける場所なんてあの辺にありゃせんわ」
腕を組み、呆れたように息を吐く。すると、宰相が悔しそうに歯噛みするが。
「ば、馬鹿は貴様だ! だったら一番近くの結界のない場所まで転移しそこから迎えばよかろう!」
ブルームは再び心底呆れたような深い息を吐き出した。
「ほんま眠いこというとんのうおっさん。だったら近くってどこやねん? あの都市の周りは8,000mを越える峻険な山々に囲まれた山岳地帯や。そんなところのどこに移動しようというんかい? 山の天辺か?」
さらなるブルームの追撃に、宰相は拳を振るわすが、それ以上言葉が出てこない。
だが、そこへレイド将軍が口を挟んだ。その表情には余裕が取り戻されている。
「なるほど。確かにその意見はありがたいものだが、そんな事ぐらいは私とて理解しておる。特に難しい問題でもない。まず転移魔法でアルカトライズ手前の森の前まで移動する。あそこは山岳地帯に含まれない唯一の場所だからな。そしてそこから森を抜けていけばいいだけの話だ。中々に深い森ではあるが、我らの部隊であれば二日程度で越えることは可能であろう」
将軍の自信に満ちた発言を、プルームが、ハンッ! と鼻で返す。
「それを本気で言うとるとしたらどうかしとるで。まさかあんたあの森が【迷いの森】言われとるのを知らんわけやないやろ?」
ブルームが片目をこじあけ述べる。
すると後ろからゼンカイが、ま、迷いの森じゃとぉおぉお! と激しく驚いてみせるが、それは華麗にスルーされた。
「勿論だ。知らんものなどおらんだろう。有名な話だ」
「だったらなおさら馬鹿やで。あの森には長いことダークエルフが住み着いとんや。しかも奴らはアルカトライズと繋がっとる。同盟みたいなもん組んどるんや。やから、あの森はダークエルフの魔法で年中霧がきえへん。その霧こそがあの森を迷いのもりと言わしめる要因や。あの霧は人の方向感覚を狂わすからのう」
ブルームの返しに、レイドは瞼を一旦閉じ、そのまま高笑いを決め込んだ。
「何がおかしいんや?」
「いやいや、まさかその程度の事が君が気にする原因だったとはね。それがおかしくてつい。だが心配はいらない。私が用意した精鋭部隊は、あの程度の霧ぐらいはなんとかする」
「出来るかボケェ。それが出来るなら誰かがとっくにやっとるやろが。ダークエルフの魔法ちゅうのはそもそもわいらが考えているもんとは系統そのものが違う。ダークエルフの魔法を解除できるのはダークエルフだけや」
プルームがきっぱりと言い切るが――。
「ふん。なるほど。ダークエルフの魔法を打ち消せるのはダークエルフだけか。確かにそうかもしれん。私達も直接解除を試したわけでないからな」
「なんや。呆れたやっちゃのう。そんなことも試さず出来るいうたんかい」
「あぁ。だがそれが例え出来なくても問題はない。いざとなったらあの森を焼きつくし、進路を作ればいいだけだからな」
レイドの発言にブルームは唖然とした表情で立ち尽くす。
「どうした? まさか我らが出来ないとでも? それなら心配はない。我々の手にかかればあの程度の森」
「あほかい! ちゅうかあんたら王女救出が目的やろが! そんな事して相手を刺激してどないするっちゅうんじゃ!」
「そんな心配は無用だ。我々がダークエルフの住む森をまるごと潰せば、むしろ奴らは恐怖で竦み上がるだろう。そうなれば王女はより人質として丁重に扱うことになる。そこからこそが我々の本当の仕事だ」
「なんちゅうイカレタやっちゃ」
ブルームがため息ののように言葉を吐き出した。
「レイド将軍! 森を焼きつくすなんて本気でお考えですか!? 確かにアルカトライズに向かうにはあの森を通る他ないかもしれませんが、あそこには多くの動植物も生息しております。森を焼きつくすという事はそれらの生物も」
「くだらん」
レイドがキッパリと言い切った。
「ミャウ。君がそんな事を言うとはね。私を失望させないでくれ」
「何言ってんだこいつ?」
思わずミルクが眉を顰めるが、タンショウに落ち着いてと宥められる。
「動物? 植物? そんなものは目的を果たすためには小さな犠牲だろう。第一、あの森は我々ネンキン王国の者はだれもむかわん。必要のないゴミだ」
そ、んな、とミャウが悲しそうな表情をみせる。が――。
「馬鹿はお前じゃ。このアホンダラが」
そこへ口を出してきたのは、彼、ゼンカイである。
「一寸の虫にも五分の魂じゃ。それはわしらだって冒険者じゃから命を奪う必要にせまられることもある。だがそれじゃって望んでやってるわけじゃないんじゃ。なのに仮にも将軍などと言われとる人間が、無益な殺生を必要とする作戦を考えるなど言語道断じゃ!」
指を突きつけ、はっきりと言い切り、どや我をみせるゼンカイに、ゼンカイ様素敵、とミルクもメロメロである。
「全く揃いも揃って何をあま――」
「待て」
そこでアマクダリ王が待ったをかけた。
「レイドよ少々話が飛躍しすぎておる。そもそもそこの者が言うように、本来の目的は我が娘の救出だ。森を焼くなど、必要がなければそれにこしたことはない」
「は、はっ! 勿論それは最後の手段というべきものであり、数多くある作戦の一つと――」
「もう良い。ところでブルームとか言ったな。お前は先程からこのレイドのいうことを否定ばかりしておるが、肝心のお主自身は何か良い手を持っておるのか?」
「王よ。このような無礼な輩がそのような策など――」
「私はこの者に聞いておるのだ。少々黙っておれ」
言って王が宰相を睨みつけると借りてきたネコのように大人しくなってしまう。
そして続いてブルームが一歩前に踏み出し。
「勿論あるで」
と自信満々に言い放つのだった――。




