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7.大事件

 フールのために町の観光案内をしたその翌日、ビスとクルトンは、夢にまでリィの歌声を聞いてしまう程、すっかり音楽の虜となってしまっていました。二人は、何となくいつも待ち合わせをする道端で、約束なしに落ち合うと、言葉もなく、当然のようにヒー・ポゥの店へと向かっていました。

 フールはというと、たしか、宿代がないから前に泊った小屋に戻ると言っていました。きっと、《のねずみ隊》の秘密基地の事なのでしょう。ビスとクルトンとしては、それを確かめて、場合によってはとがめなくてはいけないのかもしれませんが、今はそんな任務よりもずっと、リィの歌のほうが重要でした。

 さて、大広場は今日も大賑わいです。ここで時間を取られてしまうのは分かりきっていました。いつもなら、人の流れの多さに、歩く速さも自然と遅くなり、周囲で行われている事や、大広場を彩る、色、音、形、姿に心奪われていたでしょうけれども、今日のビスとクルトンは違いました。

 二人とも、人の間と間を上手くすり抜けて、耳や目にはどんな面白そうなことも、ぜんぜんはいってきません。ただひたすらにヒー・ポゥの店を目指して、歩き続けています。

 しかし、大広場の中央の噴水付近まで辿り着いた時、そんな二人でさえも、足を止めてしまうような音が、耳に入りこんできました。

 それは、口論でした。珍しくはありませんが、それでも、聞き慣れないような激しい口論でした。しかし、ただの激しい口論だったら、ビスもクルトンも気にしなかったでしょう。違うのです。二人が気にしてしまう理由が、ちゃんとありました。

「ラムネ?」

「ガム?」

 ビスとクルトン、二人が振り返ったのは、同じ瞬間でした。そうです。辺りを見渡した二人の目に映ったのは、紛れもなく、ラムネとガムの姿だったのです。そして、耳をつんざくような口論の音源となっているのも、間違いなくその二人だったのです。

 ビスも、クルトンも、驚きました。なんせ、仲がよい二人です。昨日だって、二人で人形劇を見ている所をビスとクルトンが見ている所からも、このお話を読んでいる皆さんにも、想像がつくでしょう? 大人の皆さんは、ひょっとしたら、二人は実はさほど仲が良くなかったのではないだろうかと疑うかもしれませんね。けれど、違うのです。ラムネとガムは、お互いがお互いを褒め合うほど仲がいいのです。それも、二人ともそれぞれ、相手のいない時に褒めているのです。表面ではどんなやりとりをしているのか、ビスもクルトンも深くは知りません。ですが、二人がそれぞれを褒めている時の表情は、どう見ても本当のものでした。

 よく、仲が良いほどケンカするとも言いますが、ラムネとガムの様子は、それとも違いました。それは、お互いの表情がよく見える、ビスとクルトンにはよく分かる事でした。二人とも、お互いの顔面に殴りかかるかのような勢いで、相手を睨みつけています。下手したら、本当に相手を傷つけるようなことになるかもしれません。

 ビスとクルトンは、慌てて二人の間に割り込みました。

「どうしたんですか、二人とも!」

 ビスがそう叫ぶと、ラムネもガムも、きっとビスを睨みつけました。ビスはびっくりしました。だって、《のねずみ隊》を結成して三年あまり、ラムネとガムのこんな表情を見るのは、初めてだからです。ラムネも、ガムも、決して血の気が多いわけではありません。確かにラムネの律儀すぎるところと、ガムのルーズすぎるところは、相反するもので、そのせいでごたごたが起きてしまうことはありました。けれど、《水ネズミ》とも呼ばれているラムネは、いつでも冷静で、我を忘れて怒りだすようなことは決してなかったし、ガムだって、《風ネズミ》と呼ばれるくらい気紛れでしたが、なんせ自分をしっかり持っているので、相手を無駄に怒らせたり、相手に対して感情をぶつけたりするなんてことは、決してありませんでした。

 クルトンは半分怯えながら二人を見つめていました。無理もありません。下手に刺激すれば、殴られるのは自分です。ビスだって、クルトンだって、殴られたくはありません。

 ビスに訊ねられて、ラムネとガムはお互い、息を整えながら睨みあい続けていました。しかし、問いには答えません。ついにクルトンが、勇気を出して問い直しました。

「いったい、何があったんだい?」

「知るか!」

 勇気を振り絞ったクルトンの耳を突き刺すように、ガムが怒鳴りながら答えました。ガムは力一杯ラムネを指差すと、はっきりとした口調で言いました。

「このモヤシみたいなやつが、俺の事を散々、愚図だの、ばかだの、無知だの、罵ってきたんだよッ!」

「先に突っかかってきたのは、ガムの方でしょう?」

 ラムネがすかさず言い返します。

「ボクのメガネをバカにして、取り上げようとしたんです!」

 ラムネの興奮気味な返答に、ビスもクルトンも圧倒されてしまいました。もしも、いつものラムネがこんな調子でいたら、《のねずみ隊》のブラックシールを貰う人なんて、絶対に現れないでしょう。そもそも、ブラックシールを集める事よりも、ラムネに怒られる方が百倍怖いことになります。

 ラムネの眼光に圧されながらも、クルトンはガムに一応、確認を取りました。

「そうなのかい?」

 しかし、ガムの方は、ラムネの事なんて全く怖くないようでした。むしろ、怒ったガムも同じくらい怖いものでした。

「もちろん、そんなこと知らねぇよッ! ラムネの方が一方的に……――」

 これ以上、言わせても、仕方ない事はすぐに分かりました。クルトンは、思い切って、ガムの言葉を遮りました。

「はいはいはい!」

 手を叩いて、クルトンはガムの肩を叩きます。同時に、ビスはラムネの手を引っ張りました。体格的にこうした方が抑えやすいのです。

「今日はこの辺にして、二人とも帰りましょう? ね?」

 ビスの一言で、その場はどうにか治まりました。とはいえ、全く解決にはなっていません。何が原因かも分からなかったし、分かる前に二人が殴り合いを始めてしまうでしょう。結局のところ、ビスとクルトンにできることは、二人を早々に引き離すことくらいでした。ビスとクルトンは、お互いに目配せだけをして、ビスはラムネの、クルトンはガムの話を聞きつつ、家まで送り届ける事にしました。

 それが、唯一にして最良の選択だと二人とも思っていたからです。


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