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6.ヒーポゥのお店

 サーベルの住むお屋敷から、まっすぐヒー・ポゥの店に向かうには、花の町の真ん中にある大広場を抜けていかなくてはなりません。

 大広場のど真ん中、つまり、町の中心には、噴水があります。いつも綺麗な水を吹き上げていて、町の空気を澄んだものにしてくれています。道を行きかうたくさんの人の中には、そんな噴水の存在を忘れるくらい忙しそうな人もいますが、多くの人はそこにたむろして、演奏やら、人形劇やら、紙芝居やら、絵描きさんの絵やらを楽しんでいます。ビスとクルトンもよく、ぺろぺろキャンディを食べながら人形劇を見て過ごしています。また、冒険が見つからなかった《のねずみ》隊の任務も、ここでの空気を味わって楽しむことに置き換わる事があります。

 さて、フールを連れて、ヒー・ポゥの店へと向かう間も、同時にさまざまな事が大広場で起きていました。フールは目に入るさまざまなものを、いちいち見つめては、何やら思いたったように唸っていました。

 やっとこさ、大広場の中心である噴水付近に辿り着いた時、がやがや騒がしい中で、フールはぼそりと言いました。

「なるほど、すごい賑わいだね。ここの町も、人が多くなったのかな?」

「町の中心部だもんね」

 クルトンが自慢するようにそうフールに答えます。何故、クルトンが自慢気なのかと考えると、ビスにはとてもおかしくて笑いそうなことでしたが、必死に笑いをこらえて、何も言わないで、その様子を見守っていました。

 フールは微笑んで、周囲を見渡し、ふと首を傾げました。

「この町は、最近、大きく変わった事でもあったのかな?」

「変わった事?」

 ビスとクルトンが同時に訊ね返しましたが、当のフールは大広場の様子を見学するのに必死です。結局、ビスとクルトンの問い返しは、静けさに飲みこまれていってしまいました。ビスもクルトンも、フールの言う「変わった事」について、非常に気になりましたが、次の瞬間に聞こえてきた声により、その興味は打ち消されてしまいました。

「さあ、よい子も悪い子もよっといで」

 独特な語り口。人形劇の語り部の声です。

「勇敢な剣士コメトと悪しき野獣ガアヤの決戦。そして、美しき、星の落下。さぁ、花の町はどうなる、どうなる?」

 ビスもクルトンもその語り部を知っています。奇術師のサバレイです。不定期に大広場にやってきては、子ども達に向けて人形劇をする《道化イタチ》です。

「今日はライムのキャンディをなめながら、最後の時までどうぞお楽しみあれ」

 パシッとサバレイが手を叩いたので、ビスとクルトンはその人形劇の様子を思わず振り返りました。三人がいるところよりも少し離れたところです。人通りも多いので、よく見えませんが、剣士と野獣の人形が戦っている様子がちらほら見えます。

「あ!」

 その時、クルトンが声をあげました。

「どうしたの?」

 ビスが訊ねると、クルトンは背伸びをして、「あっちみて!」と、指をさしました。ビスはそちらを見て、納得しました。《道化イタチ》サバレイの人形劇の観客の群れの中に、見慣れた姿がふたつあります。同じ《のねずみ隊》のラムネとガムです。二人とも真剣に劇を見ています。いつも規律正しいラムネが真剣になるのは分かりますが、ガムが真剣になるなんて珍しい事です。少なくとも、ビスとクルトンには珍しいと思える事です。

「そんなに面白いのかなぁ」

 クルトンがそう言いましたが、今はいけないという事はよく知っています。ちょうど、フールも見学に飽きた所のようでした。

「いやぁ、すみませんね。すっかり大広場の賑わいに心を奪われていましたよ」

 ビスとクルトンは顔を見合わせました。サバレイの人形劇も気になりますが、今は、リィの歌も気になる所です。それに、新たな《歌姫》の兄の事を考えれば、明日の自分が可愛いいと思うならば聞いておかなければならないことも分かっていました。

「では、行きましょうか。ここを抜ければすぐにつきますよ」

 ビスの声かけによって、再び人を掻き分ける作業が始まりました。


 ヒー・ポゥの店は、洒落た外装に洒落た音楽が似合う味のある店だと町の大人達から大好評でした。けれど、ビスもクルトンもそのよさを本当に理解するには、まだまだ子どもで、料理の味の良さと、音楽の心地よさが分かる程度でした。なので、クルトンなどは、ついこの間まで、味がある店の「味」を、料理の味の事だと勘違いしていました。そうではなく、いいお店だという意味である事をビスから教えてもらったのがとても恥ずかしくて、クルトンはこのお店の名前を聞いた時から、その事を思い出していました。

 さて、ヒー・ポゥのお店に入ってみると、食事時も過ぎたというのに、まだ結構人がいました。ビスとクルトンは、入口付近の丸テーブルに座って、すぐにメニューを手にとりました。フールは料理の名前を呟きながらメニューを見ていました。でも、それは他国のものなのか、ビスにもクルトンにも聞き慣れないものでした。ビスとクルトンの注文が決まってからも、しばらく悩んで、ようやく自分の口に合いそうなものを見つけたようで、ビスとクルトンはほっとしました。

 注文をとってから、フールはしばらく店内を見渡し、かかっている音楽を耳にし、満足げにうなずきました。

「ううん、なかなか味わい深い店ですねぇ」

 ビスとクルトンは二人とも、顔を見合わせました。どうやら、フールも大人のようです。いつになったらその味が分かるのか、二人は首を傾げました。

 ちょうどその時、突然、拍手が起こりました。

 店の奥にあるステージを見てみれば、そこには赤いドレスを着た少女が立っているではありませんか。ついでに、ピアノの椅子には、ビスとクルトンも知っている、有名ピアニストの《黒猫》がきれいな姿勢で座っています。

「本当に、リィだね!」

 声を必死に押し殺して、クルトンが言いました。

 二人の知っている、サーバルの妹リィが、ステージに立っています。真っ赤なドレスに真っ白な肢体。空色の目を輝かせて、彼女は人の多い客席を見ています。厳密に言えば、客席よりもちょっと上の方です。

 ぽつり、ぽつりと、雨の降るようなピアノの音が、聞こえてきました。前奏です。そのしっとりとした雨のような前奏を追いかけるように、リィは歌い出しました。細くて、消え入りそうだけれど、ステージからとても離れているビスとクルトン、フールにもよく聞こえるくらいの歌声でした。


 ノロの者 鷲になりて

 ろうの橋を 叩き割りて

 井戸の底へ 林檎を落とす


 音楽の波が流れを変えて、リィの声もそれに合わせて舞います。


 ノロの者が 死する時

 杖となりて 時を止め

 栄華 嬉し事 臥するなり


 歌は、この短い詩の繰り返しでした。この歌の元になっている詩について、ビスとクルトンは学校で習ったことがあります。花の町で知らない人はあまりいないくらいの有名な詩です。花の町の民謡「ノロの者」といえば、詩の暗唱も、歌の暗唱も、たくさんの人が出来るでしょう。けれど、それを《黒猫》が伴奏し、リィが歌えば、今までビスもクルトンも聞いた事がないくらいミステリアスなものになりました。

 この店に来て、こんなにも音楽に酔いしれたのは、ビスもクルトンも初めてでした。そして、すっかり《黒猫》と《歌姫》の奏でる音楽の虜になったのは、ビスとクルトンだけでなく、フールも同じだったようです。ビスもクルトンもフールも、途中で飲み物が来たのに全く気付かなかったところからも、そして、この店にいた客のほぼ全員が、飲む事も食べる事も忘れて、呆然とステージを見ながら音楽を耳にしていることからも、《黒猫》と《歌姫》の音楽に魔術染みた力があることは確かでした。

 やがて、リィの歌は次第に萎んでいき、《黒猫》の奏でるピアノも、終わりへと近付いて行きます。そして、雨がぽつり、ぽつりと間隔を空けて落ちて、やがて晴れ上がってしまうように、音楽の幕は閉じました。

 静けさが一瞬だけ広がり、皆それぞれ思い出したように拍手をし始めました。それは、今さっき止んだはずの雨が、また降り出したようにざぁざぁと音を立てるものでした。ビスとクルトン、そしてフールも、その雨の音の一部となりながら、やっと飲み物の存在を意識しました。

「アンコール!」

 拍手の雨の音の中で、どこからともなく声がしました。

「アンコール!」

 今度は違う声です。それをきっかけに、次々と「アンコール」の声があがりはじめました。

 リィははにかむように笑み、空色の目を《黒猫》へと向けます。《黒猫》はにやりと笑いながら頷いて、鍵盤を突然叩きました。その瞬間、弾けるように音楽が生まれます。さっきのしっとりとした静かな前奏とは全く違う、激しい前奏です。しかし、激しさの中に柔らかさと変容を取り入れたような不思議な雰囲気の曲でした。

 リィが歌いだします。


 夜明けの中で しおれる花

 野をかけて 野をはねる

 尾をふって 尾をふって

 ビヒへ行くのは ワグの者

 世の泣く時に 世の鳴く時に

 ルビの火は堕つ 竜の拳に

 時がとまり 手の中に

 木が叫ぶ 木が叫ぶ


 不思議な歌でした。ビスもクルトンも聞いた事のない、詩に、聞いた事のない音楽。子守唄でもなければ、民謡でもなく、かといって、最近の歌でもなさそうな、懐かしさをもった音楽でした。

 けれど、《黒猫》の伴奏と、リィの歌声の合わさった音楽は、その聞き慣れなさをもカバーする美しさで、ここにいるすべての人は魅了されたと言ってもいいほど、みんなうっとりとしていました。

 いつまでもこの音楽に酔いしれていたい、と思うくらい、ビスもクルトンも心地よく思っていました。

 音楽の幕が閉じ、また割れんばかりの拍手があがります。また「アンコール!」という声があがりましたが、残念なことに、リィと《黒猫》は会釈をしてステージ裏へと引っ込んでいきました。

 ビスもクルトンも、しばらく誰も居ないステージをじっと見つめていました。

「リィってあんなに歌上手かったんだねぇ」

「歌は上手かったじゃない」

 クルトンの呟きに、ビスがそう突っ込むと、クルトンはうなずきつつ答えます。

「うん……そうなんだけれど、なんていうか……すごいね……今まで以上に、感動しているんだ、いま……」

 クルトンがうっとりと言いました。

 フールはというと、まだステージを見続けています。でも、よく見ると、フールの目が見ているのは、ステージ裏の入口でした。リィと《黒猫》の消えていった、その扉をじっと見つめています。

 フールはぽっかりと口を開くと、小さな声で呟きました。

「今の歌……」

 ビスとクルトンは、すぐにフールを見上げましたが、フールはさっと視線を変えると、いつの間にか来ていた料理を食べ始めました。


 ※


 いつもより少し寒い夜。

 昨日と同じような格好では、さすがに風邪をひきそうだったので、わたしはガウンを着て外へと出る。深海のような空の色は冷たく、見ているだけで小声そうになる。けれど、星たちはいつもと変わらない元気な様子で、わたしをじっと見降ろしていた。

 おしゃべりを繰り返しては、わたしを含むすべての地上の者に話しかけている。時には親しげに、時には偉そうに。可愛らしさはいつもと変わらない。おしゃべりの多さも、いつもと変わらないくらい多い。

 けれど、今日は少し違った。

 見慣れない星が、わたしを見下ろしていた。燃えるような赤い瞬きの奥には、他の星にはない力強さを宿している。炎がそのまま空に浮かんでいるかのようだ。そんな星が、わたしをじっと見つめていた。

「新入りかね」

 わたしがそう呼びかけてみると、その星は力強く光り輝いて、わたしの目に襲いかかろうとしてきた。この気の強さ、猛々しさも、他の星にはない特徴だろう。わたしはすぐに、例の竹筒にこの星を記録した。

 この星に名前をつけなければならない。

 すぐに名前は思い浮かんだ。

 メドサ。力の精霊。赤く燃える髪をなびかせ、他を寄せ付けない誇り高い精霊の名前が浮かんできた。メドサ。呼べば呼ぶほど、この星にはぴったりな名前だと思った。

 わたしは竹筒に記した。

 ――新しい星、メドサを確認。

 その後、しばらく星達の会話を耳にしていると、眠気が襲ってきたので、星達に別れを告げて観察を終えた。メドサだけが、挨拶に答えずに、メラメラと燃え続けていた。


 コスモス


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