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20.寂れた街


 翌日になって、ビスはクルトンを誘って花の町の街へと向かいました。

 広場付近ならば、今日もたくさん人が集まってごたごた慌ただしく動き回っている中を、必死になって通りぬけていくはずでした。

 しかし、街の中心へと向かううちに、ビスとクルトンは驚きました。街を歩く人々の数が、昨日までと比べて恐ろしいほど減っているのです。

 ゴーストタウンという言葉を、ビスとクルトンは知っていました。また、それは、町が町として機能しないほど、人が姿を現さないところだと二人は想像していました。今の花の町は、まさに二人のイメージするゴーストタウンそのものなのです。店の何処もが閉まっていて、人も全然歩いていない。歩いている人がいたとしても、ビスとクルトンのような子どものネズミは相手しないようなそんな雰囲気です。

 ビスもクルトンも歩いていて段々寂しくなってきました。段々と、ここがあの花の町であるってことすらも信じられなくなってきました。

「ねえ、戻ろう。基地に行こうよ」

 クルトンが泣き出しそうな声で言ったのは、ちょうど広場の真ん中の噴水の近くへと到着した時でした。クルトンのその泣きつきを振り払う理由なんて、ビスの中にはなかったので、ビスとクルトンはすぐにその場を立ち去って、《のねずみ隊》の秘密基地へと向かいました。その道中もまた、幽霊の町になってしまったかのように、ひとけもなく、ビスとクルトンの心は寂しさで満たされていきます。

 知っている顔を見かけないだけで、こんなにも寂しいものなんだ、と、ビスは寂しさを感じながら思いました。

 しかし、その寂しさも、《のねずみ隊》の基地に到着した丁度その時に、吹き飛んでしまいました。基地から出てきたのは、基地に居座り続けているフールでした。フールは慌てたように基地の梯子を下りてきて、目の前に居たビスとクルトンにぶつかりそうになりながら、はっとした顔で二人を見つめました。

「どうしたの?」

 彼が何かを言う前に、クルトンがそう訊ねました。問われてから、フールはしばし自分を落ち着かせるかのように深呼吸をし、そして、やや興奮気味に言いました。

「歌のことです!」

 ひっかかりそうな喉を押さえながら、フールはもう一度、丁寧に言いなおしました。

「歌のことで、分かったことがあったんです」

「何が分かったんですか?」

 ビスの問いに、フールはやや興奮を抑え気味に説明し始めました。

「呪いの杖というものの存在がちゃんと見えてきたんです」

「呪いの杖?」

 ビスは問い返し、すぐに思い出しました。

 ――呪いの杖が渡りし時、星の落下促され、世の終わる時忍びよりて、世の終わり止めるのは、丘の者、光の者。

 コスモス爺さんの話では、メドサという星が花の町に向かって落ちてきているということでした。その中で、この歌から導き出された言葉は、ビスにとって、とても不吉なものでした。その言葉の中にある呪いの杖。気にならないはずがありません。

「どんなことが分かったの?」

 ビスが同じことを問うより少し早く、クルトンがフールに訊ねました。クルトンも同じく気になっていたのです。フールは手帳を取り出して、ビスとクルトンに言いました。手帳は、リィの歌の事を書いてあったあの手帳よりも随分古ぼけた物でした。

「前に、この町の隣町に行った時に聞いた話です」

「はい?」

 ビスはすぐに訊ね返しましたが、それは流されてしまいました。

「その町の代々の語り部である家の《影うさぎ》の御婆さんが語っていた話をわたしは書き留めていました。その中に、あったんです」

「何があったんですか?」

「悪魔の話です」

 ビスの問いに、今度はフールもちゃんと反応しました。フールはひとつ呼吸を置いて、興奮を抑え気味に話しだしました。

「その町が、まだ村だった時の話です。とても賢いある若者が、自立する為に一人店を構えたけれども、なかなか潤わず、困っているところへ、一人の旅人がやってきました。

 若者は生活が苦しかったけれども、その旅人を親切に接し、食事まで用意して一晩泊めてやると、次の日、旅人は重ね重ね礼を言い、去る前に一つの杖を置いていき『危険が訪れた時、この杖があなたを守るように』と残して去っていったと言います。

 それから一年経った頃、若者の店は一時期繁盛したのですが、村のある国が戦を起こし、再び貧困の風が吹き荒れたため、若者の店は前にも増して枯れていきました。いよいよ生活が出来なくなり、若者の心も荒んでいった頃、ふと若者に枕元にて若者に囁く声まで現れ始めました。その声は、若者を凶行へとそして、死へと導こうとする声だったのです。若者はただの悪夢だと思っていたのですが、毎夜毎夜その悪夢に魘され、次第にやせ細っていきました。

 しかし、ある夜、若者が寝ずに仕事を続けていると、若者の前に影が過りました。これこそが毎夜の悪夢をもたらす悪魔だと悟った若者は、その声を無視していましたが、痺れを切らした悪魔が飛びかかってきたため、慌てて家の中を逃げました。

 その途中、若者は咄嗟に一年前の旅人の事を思い出し、置いていった杖を捜しながら悪魔の手を逃れていきます。そして、物置に追い詰められた時、やっとその杖が転がっているのを見つけ、飛びかかってきた悪魔に投げつけました。すると、悪魔はみるみるうちに杖に吸い込まれていき、悲鳴を上げながら消えていきました。

 後には杖だけが残り、若者はその杖を丁重に飾り、誰の手も触れられないような場所へと置いておいたところ、若者はもう二度と悪夢を見る事無く、店も前の様に活気を取り戻したという話です。

 語り部の御婆さんがその呪いの杖だと言う杖を持ちながら語っていたのを覚えています。その杖は若者の死後、様々な土地を転々としていたが、ついにこの町へと戻ってきたという話でした」

「その呪いの杖が、あの歌で言われている呪いの杖なの?」

 クルトンの問いに、フールは冷静に答えました。

「そうかも知れない、という話です。

 実は、この杖の話。長く作り話だという事になっていて、当の杖が町へ戻って来てもそう信じられていました。ですが、この話が伝わるはずのない土地土地で、この杖に纏わる恐ろしい話がたくさん発見されたのです。

 もしかしたら、この歌を作った者も、その杖の話を知っていたのかもしれない。あらゆる土地でその杖の噂が流れているため、町の者も皆、その杖に対して恐れを抱くようになり、杖を博物館へと寄贈したのです。語り部が持っていたのはそのレプリカだったらしいのですが、ともかく、私がその町を出る三日ほど前、その本物の杖の方が紛失したのです。博物館に盗みが入り、杖だけを持ち去ったという話でした。

 しかし、侵入した形跡もなければ、手がかりも残されていないため、犯人も杖も見つからないまま、結局、私が町を出るまで解決しなかったのです。

 今ではどうなったか分かりませんが、もし、この歌を作った預言者がこの杖を透視していたのならば、この状況は杖が作ったのかもしれません。誰かの心に入り込んで、預言の様な事をしているのだったら――」

 そこまで言うと、フールは口をつぐみました。そして、恥ずかしそうに頭をかいて溜め息混じりにビスとクルトンに言いました。

「すみません。恥ずかしながら、ちょっと妄想が入りました。けれど、その語り部の話とその事件が、頭について離れないのです。紛失した杖が……今、何処にあるのか……」

「その杖が、ここに入ってきているかもしれないの?」

 クルトンは震えるような声でそう言いました。たしかに恐ろしいことです。呪いの杖というものがどういうものかはビスもクルトンも正確には分かりませんが、とても不吉で遠ざけておきたいものであることは間違いありません。

「杖がこの町に来ているとしたら……二人とも、杖を持った人にぴんときませんか?」

「杖を持った人は分かりませんが、でも、歌を作った預言者を知っている人ならぴんときました」

「……誰ですか、それは?」

 フールは目を丸くして訊ねてきました。

「月見丘の幽霊です。でも、彼は記憶をなくしてます」

 ビスは即座に答えました。もしも、杖の話を預言者が書いていたとしたら、幽霊もまた、何かを知っていたかもしれない。あの幽霊が覚えているかは分からないけれども、そんなことは試してみなければ分からない。そうビスは考えていたが、フールもまた同じ考えだったようです。

「一度、聞いてみなくては。覚えていることから少しずつ引き出せば、何かが出てくるかもしれませんね……」

 フールは一瞬だけ考え込み、そして手帳をマントの中にしまいました。

「私はさっそく月見丘に行ってきます」

 そう言うと、あっという間に走っていってしまいました。

「あ!」と、クルトンが何かを見つけた時のようなさりげない声を唐突に上げたのは、フールがもう呼びもどせないくらい小さくなってしまった後のことでした。ですが、そのあまりのさりげなさに、ビスは何気なく訊ね返しました。

「どうしたの?」

「最近、杖を変えた人、俺、知ってた」

「えッ!」

 あまりに淡々と言うので、ビスは驚いてしまった。ビスとクルトンはよく一緒にいるのですが、ビスは覚えていません。それに、町の中で杖をついている人なんていっぱいいます。だから、クルトンがこんな事を言いだすなんて、思いもしませんでした。

「ちょっと、行ってみようよ」

 ビスが訊ね返す前に、クルトンがそう提案しました。


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