表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

1.ちびねずみ

 親愛なるクルトンへ


 風邪は治りましたか? こないだ、あんなにも元気にボクのスナックを平らげてくれた君が、急に高熱を出して寝込むなんて信じられなくて、とても心配です。

 先日からずっと続けられていたボクたち《のねずみ隊》の秘密基地づくりは、昨日無事に終わりました。なにもかも、力持ちのサーモンのおかげです。ちゃんと、みんなで決めたあの木の上に建っています。外からはよく見えないけれど、中は広々としていて、大人顔負けの出来だ、とナッツ隊長をはじめ、ラムネやガムも大満足です。もちろん、ボクもすごく満足しています。君に早く見せてあげたいくらい。

 完成パーティを開くそうですが、君の風邪の治り次第らしいです。でも、まあ、そんなに先じゃないだろうなとボクは思っています。だって、君はもう、あの《姫ネズミ》のキャンディちゃんと映画を観にいけるほど回復しているんだもんね。だから、明日でもいいよね? このこと、皆に伝えたほうが安心するんじゃないかって思ったけれど、やめました。感謝してもらいたいぐらいです。

 どうやら熱は下がったらしいとだけ伝えたので、明日の二時くらいに基地の前集合になりそうです。変更があったらまた手紙を出すけれど、たぶんこのままかな? だから、このまま何も連絡がなかったら、明日の二時までには基地の前に来てくださいね。もし、少しでも遅れたら――……


 花の町の片隅に、年中、様々な種類の緑の植物に包まれる場所がありました。花の町の古い言葉で緑のじゅうたんと呼ばれるその地域は、冬ですら青々としていて、気持ち的に温かい恵まれた場所で、常春とこはるの地とも呼ばれていました。そんな地域の端っこにて、少年クルトンは手紙を持ったまま固まっていました。片手には、便箋。手紙が入っていたもので、とても読みやすい字で「あなたの大親友、ビス」と書かれています。その便箋を持つクルトンの手が、次第にぶるぶると震えていきました。

 《のねずみ隊》の《木ネズミ》と呼ばれて早三年。その間には味わったこともないほどの恐怖を、クルトンは、まさに今、味わっていました。恐怖をお届けしてくれた手紙の消印は昨日。つまり、この手紙に書いてある明日とは、今日の事です。クルトンは再果てまで飛んでしまっていた意識を必死に引き寄せ直すとすぐに、昨日、郵便物を確認しなかった自分を責めて、後悔しました。でも、いくら後悔しても、時間は帰ってきません。ずっと同じ方向に流れ続けるだけです。このまま途方に暮れても、約束の時間に遅刻するだけです。約束の時間に遅れることがどういうことか。それは、手紙の最後がわざと破られており、悪意としか思えないほど中途半端な終わり方をしていることからも想像できます。クルトンはしばし放心していましたが、もう一度、なんだっけこれは、と、手紙を眺めました。

 目に入った文は、次の通りです。


 このこと、皆に伝えたほうが安心するんじゃないかって思ったけれど、やめました。感謝してもらいたいぐらいです。


 とても大変な事が起きた。クルトンにも分かりやすい展開でした。

「やべえ」

 クルトンは手紙を握りしめながら、がたがたと震え続けました。こんなにも恐ろしい気持ちになったことがあったでしょうか。そういえば、いつだったか、皆で野球をしていた時、打った球があらぬ方向に飛んで行き、雷親父として有名な《イノシシ》先生宅の窓ガラスを割ってしまった時、じゃんけんに負けた哀れなクルトンは謝る係りになってしまったことがありました。その時、汗でぐっしょりになったのですが、その時に負けないほど、いえ、むしろ、その時以上に、クルトンは汗でぐっしょぐしょになってしました。

「やべえぞ、これは!」

 まさに、クルトン、人生最大の危機とでも言うべきでしょう。めまいがする中で、クルトンは昨日の自分、そして、おとついの自分、その前の自分とを妬みました。まさか、見られていたとも知らず、うはうはと映画を観に行った自分が恥ずかしい。そして、幸せ気分で帰宅し、のほほんと今日まで過ごしてきた自分を責めたくりたくなったのです。しかし、先ほども言ったとおり、時間は戻ってきません。ずっと同じ方向に、流れ続けるだけです。どんなに偉い人が命令しても、逆流はしません。たかがクルトンの一人や二人が嘆いたって、時間は目もくれず突き進むのです。クルトンは落ち込みました。しかし、慎重に動いたと思っていたのに、どうしてばれてしまったのだろう、なんて思うあたり、こりない少年です、クルトンというネズミは。ただ、そんな強かな精神を持つクルトンですら、今のこの状況には混乱していました。どうしたらいいか、どう動くべきなのか、全くもって考えつかないのです。ただ理解出来るのは、絶対に遅れてはいけないということ。

 クルトンは慌てて家に飛び込み、大急ぎで朝ごはんのパンを頬張りました。約束の時間までは随分時間がありますが、油断なんてしていたらいけません。油断して遅刻でもしたら、それまでなんですから。少しくらい慎重過ぎたほうがいいんです。この《のねずみ隊》は特に、油断して参加してはいけない隊なのです。

 早々と着替え、時計の前で右往左往するクルトンを見て、家族は不審がりました。特に、クルトンのお姉さんは、勉強の邪魔だと何度もクルトンを叱りました。でも、クルトンの頭の中は、パーティに遅れないことでいっぱいいっぱい。お姉さんの注意なんて、耳にも入りません。まったく朝から不幸なものです。クルトンの手からは、瞬間接着剤でも付けられていたかのように、大親友のビスからの手紙がひっついて離れません。クルトンはそれを何度も確認しては、不可思議な悲鳴を上げながら更に右往左往するのです。

「クルトン、そろそろ出ないと遅刻しちゃいますよ」

 クルトンの母さんの冷静な言葉がなかったら、クルトンは約束の時間まで右往左往していたかもしれません。我に返っていよいよ気が狂ったかのような悲鳴をあげると、母さんの用意してくれたチーズボールの入った袋を受け取って、まるで大砲が放たれるように家から飛び出していきました。手紙を見つけて四時間後の事です。チーズボールは《のねずみ隊》の皆の好物です。賄賂と言われたらそれまでですが、機嫌とりでもしないと、今日一日ブルーな気分でパーティに参加することになってしまいます。それだけはさすがのクルトンも避けたかったので、祝い肴として、持っていくことにしたのです。

 それにしても、どうしてばれちゃったのだろう。そうクルトンは首をかしげました。完璧な計画だと思っていたのに、やっぱり油断はできないものです。隠しごとなんて、大抵すぐにばれてしまうものなのでしょうね。ともかく、クルトンは後悔しても意味がないととっくに悟っていたので、今は走る事に専念していました。

 こんなに走ったのは、花の町の中心部でもガキ大将と名高い、《山猫》のサーバルから借りた漫画を汚してしまった時ほどでした。あの時は、本当に命がかかっていましたが、今も同じようなものです。

ちなみに《山猫》サーバルに追いかけられた時は、その時はちゃんと逃げ果せたものの、次の日学校で普通に会ってしまうという自分の運命に、嘆きすら感じたクルトンでしたが、彼の自慢の妹が学校で表彰されたので、その日はずっと機嫌がよく、クルトンの首が繋がったという余談もあります。

 その時のような強運が舞い込んでくればなあとクルトンは思いましたが、思っている暇があったら走らなければとすぐに思いなおし、自分の足を叱咤しました。

 ――とにかく間に合え、間に合ってくれ。

 待っている友だちのためではなくて、自分のために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ