18.星の友人の話
ある朝、ビスとクルトンが花の町の大広場へと行ってみると、人だかりが出来ていました。何だろうと二人が近づいてみると、大広場の噴水の前で、古ぼけた衣に身を包んだ《夜星トカゲ》のお祖父さんが、人だかりの前に立って何かを訴えていました。
そのお祖父さんを見て、ビスとクルトンはちょっと驚きました。彼がこういった街の真ん中に出てくるなんて、珍しいことだったからです。そう、ビスもクルトンもそのお祖父さんのことはよく知っていました。彼の名前はコスモス爺さんです。たまに遊びに来る子ども達を相手に星の話をする風変わりなお祖父さんで、あまり大人たちとは関わらないような、そんなお祖父さんです。だから、町の人達もまた、コスモス爺さんが大広場の噴水の前に現れただけでも、たいへん驚いていました。
「コスモス爺さん、話ってなんですか?」
そう優しく訊ねたのは、その場に集まった群衆の中に偶然いた、《姫ネズミ》のキャンディちゃんでした。キャンディちゃんの言葉に励まされたのか、コスモス爺さんはおどおどとしていたのを止めて、じっと集まってきた皆を見つめました。
……彼が話そうとしているのは、とても大きなことかも知れない。
ビスはそう感じました。
「皆、私の話を聞いてくれるかね?」
コスモス爺さんの言葉に、その場にいる人達は無言で頷きました。その空気を感じて、コスモス爺さんは、少しほっと胸を撫で下ろして、集まった人達に語りだしました。
「今から話すことは、町はずれの風変わりの戯言だと思ってくれてもいいし、老人の妄信であると思ってくれてもいい。また、そう思われることの方が多いだろうと私も理解している。今から話すのは、そんな感じの話なのじゃよ」
コスモス爺さんは大きく溜め息をつきました。
「それでも、ここ最近星を観察してきてはっきりとしていることだから、眉唾扱いされても、伝えずにはいられないのじゃ。これを語る前に、皆に聞いてほしい。最近、空の星に新しい仲間が増えていることは御存じかね?」
コスモス爺さんに訊ねられ、皆、首を傾げました。誰も星なんて見上げたりしないからです。ビスとクルトンでさえも、星を見上げるなんて滅多にありません。それだけ、花の町の人々の心は、忙しないものになってきていたのです。
コスモス爺さんは返事を待たずに、話を続けました。
「メドサという名前をつけたんだけれども、彼女の輝きは日々増していき、まるでルビーのように輝き続けているのじゃよ。他の星とは違うなにかが、彼女の中には散在している」
ルビーのような輝きというところで、ビスはふと思い出しました。そういえば、最近、赤く強く光る宝石のような星を観たことがあるのです。その輝きはあまりに美しくて、ビスの心をうっとりとさせました。いつも観ていた星空とは全く違う、はっきりとした美がそこにはあったのです。
ビスはその時の感動を思い出して、改めて、コスモス爺さんの話を聞きました。
「メドサは……彼女は、生きている。他の星よりもずっと正確に生きている。私にはわかる。あの大空の中でめらめらと燃えている彼女は、最初、呼吸し、空気を食べ、成長しているように見えたのじゃよ。ああ、最初だけ」
コスモス爺さんの言葉は、少しずつ混乱してきているようにも思えました。ビスとクルトンだけでなく、それは、この場にいる人達が少なからず感じていたことのようで、キャンディちゃんが薄っすら、苦し紛れの笑みを浮かべて、コスモス爺さんに訊ねました。
「どういうこと? コスモス爺さん、どうか、もう少しわたし達に分かりやすくお話しください」
コスモス爺さんはしかし、さらに興奮したように口調を荒立て始めた。
「私が早く気付くべきだったというのは、言うまでもない。でも、しかし、成長する星というものはこれまでもいっぱいあった。いっぱいあったからこそ、彼女もまたそれであると信じ切っておったんじゃ。長生きしていると自負しておった私だが、宇宙に比べれば本の赤子の年数しか生きておらん私が、断定なんて浅はかなことをしてしまった……今思えば、恥ずかしいことこの上ないことだよ」
皆、コスモス爺さんが何を言おうとしているのかが分かりませんでした。だから、ひとり、またひとりとその場を去って行くのも無理もありません。ただ、さらにひとり、またひとりと去ろうとしたところで、コスモス爺さんの言った台詞に、その場に居た全員がのめり込みました。
「メドサは……あの赤い星は……落ちてきているんじゃ」
ひとときの間が空いて、すぐにざわざわとその場がざわつき始めました。皆、コスモス爺さんの言葉を、後から理解したのです。ただし、かなりの反響ではありましたが、そのほとんどが、純粋なショックではなく懐疑的なものでした。
しかし、ビスとクルトンは目眩を起こしそうなくらいショックを受けました。メドサが落ちてきている。星が落ちてきている。コスモス爺さんのその台詞が何度も何度もこだまして、二人の頭の中を飛び交っていました。
――呪いの杖が渡りし時、星の落下促され、世の終わる時忍びよりて、世の終わり止めるのは、丘の者、光の者。
そんなまさかと言い合っている人々のことが腹立たしい程、ビスとクルトンの頭には、かの言葉が浮かび上がって消えてくれないのです。
「信じてくれないのは無理もないだろう」
コスモス爺さんはざわつく群衆を前に、自信なさげにそう言いました。そして、そっとひとことだけぽつりと漏らすように言葉を残しました。
「しかし、もしも私の言葉が耳に残ったのならば、今夜、星を眺めてみるといい」
一瞬、ざわついていた場がしんとなったため、コスモス爺さんの台詞は、賑やかな花の町の中心で響き渡りました。




