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16.新たな容疑者

 翌朝、《のねずみ隊》の小屋の前は、昨日の騒ぎが嘘のように静まり返っていました。帰り道に小石でも投げられたらとんでもないことだとビスとクルトンは結局、家に帰らないまま、この小屋で三日目の朝を迎えてしまったのです。

 フールはじっと手帳を眺めては、いくらか貸本屋から借りて来たらしい本をあさっていた。旅人であるフールに本を貸すなんて、きっと《アマガエル》のママ・レード婦人くらいだろうとビスはぼんやり考えながら、フールをじっと見つめていました。集中力を高めたフールは、話しかける隙すらもありません。目が覚めてから、いったいどのくらいの時間が経ったでしょうか。ビスはじっと窓の外を見つめ、考え事をしていました。

「うーん」

 声に出して悩んだのは、クルトンでした。ビスはそんなクルトンの様子を見やり、そっと声をかけてみる事にしました。

「どうしたの? クルトン」

 クルトンはうんと一つ大きく頷いて、腕を組んで答えました。

「なんだか静かすぎる。今日も一人か二人くらいは頑固頭の奴がくるって思ったんだけれどな」

 クルトンが疑問に思うのも仕方のないことです。ビスだって不思議でした。リィのお咎めがあったからといって、たかだか店の歌い手の言葉がここまで影響力を持っているはずもありません。それに、あの中には別にヒー・ポゥの店に通っているわけでもない人々はたくさんいましたし、皆が皆、リィの言葉に納得して帰ったわけでもありません。特に、《雪狼》のフレイズ・ベリーがこないことが、ビスには驚くべきことでした。彼女こそ、フールの身が真っ白になるまで、通い続ける人物だと思っていたからです。

「ねえ、ちょっとさ、街に行ってみないかい?」

 クルトンの提案に、ビスはひとつ返事で賛同しました。

 街についてみて、ビスとクルトンは呆然としました。いつもは人であふれている街なのに、今日はがらんとしているのです。こないだ忙しなく通りすがる人々の間をどうにか通り抜けてヒー・ポゥの店に行ったのが嘘のように、全く人がいないのです。店のほうも、閉まっている店が多く、開いている店にも全く人がいません。店主たちも諦めたように新聞やら本やらに没頭しています。

 ビスは開いている店のうちの一件であるパン屋に向かいました。一番近かったからにすぎないのですが、中にいる店主も、優しそうな《ハクビシン》のおばさんで、外装の綺麗な分厚い本をじっと読んでいました。途中で邪魔しては悪いと思いつつも、ビスはパン屋の店先に立って、声をかけました。

「ごめんください」

 丁度その時、クルトンも後からついてきました。クルトンはビスと《ハクビシン》のおばさんの様子を交互に伺い、口をつぐんでいました。

「何かお求めかい?」

 《ハクビシン》のおばさんはちらりとビスとクルトンを見やり、柔らかい口調でそう言いました。積極的な態度ではないにしろ、その様子はあまり攻撃的でもなく、ビスは少し安心して、続けました。

「ジャムパンをください」

「あ、ボクも!」

 クルトンが慌てて割って入りました。

 《ハクビシン》のおばさんは本をぱたりと閉じて、ジャムパンを二つとりだして、もう一度、ビスとクルトンを見やりました。

「一つずつでいいのかい?」

「はい」

 ビスとクルトンは同時に答えました。

 《ハクビシン》のおばさんがジャムパンを一つずつ袋に詰めて、カウンターに置きます。ビスはそれを受け取ると同時に、何気なくを装って《ハクビシン》のおばさんに訊ねてみました。

「そういえば、今日はやたらと人がいませんね?」

 すると、《ハクビシン》のおばさんは苦笑いを浮かべながら、ビスとクルトンに言いました。

「おや、あなた達は朝の騒動を知らなかったのだね? 皆、月見丘に行ってしまいましたよ。なんでも、丘に出る幽霊がこの町をおかしくしているんだって叫んでいる人達がいましてね。いやはや全く、騒がしかったこと」

 柔らかい口調ながらに、迷惑そうなその《ハクビシン》のおばさんの表情に、ビスとクルトンは、簡単にその朝の光景とやらを思い浮かべることができました。

「丘の上の幽霊?」

 ビスとクルトンは訊ね返しました。月見丘といえば、この間行ったばかりの場所です。あの不思議な踊りを月光の下で踊っていた影が今も目に焼き付いています。しかし、それまでビスもクルトンも、丘に幽霊が出るなんて聞いたことがなかったのです。《ハクビシン》のおばさんは、不思議そうにビスとクルトンを見つめ、言いました。

「おや? あなた達の世代は知らないですか? あたしが子どもの頃なんかはね、あの丘には幽霊がいて、悪いことをした人があの場所に行くと、幽霊に憑かれておかしくなってしまうってもっぱらの噂だったのにねぇ」

「へぇ……」

 ビスとクルトンは呟くように、そう返事しました。

 幽霊が出るなんて知っていたら、あんな場所、《のねずみ》隊の任務先になんてしなかったでしょう。しかし、月の下で踊っていた謎の影が二人の脳裏をよぎります。あれが、幽霊だったのだろうか、と、二人はパン屋を出てからも、しばらく考えていました。

「ねえ」

 しばらくして、話しかけたのはクルトンの方からでした。彼はビスに話しかけながらも、買ったジャムパンをおもむろに取りだして、ぱくりと一口齧りついてから、ビスに言いました。

「月見丘の様子、ちょっと見てみない?」


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