13.月夜のダンス
《のねずみ隊》の秘密基地は、いまやすっかりフールの寝泊まりする場所になっていました。フールは今日もテーブルの上で手帳を開き、何やら書き続けています。ぶつぶつ呟きながら書きなぐっては、ぐるぐるとそれを消すという作業をし続けています。たまに苛立っているのが少し離れたところで談話するビスとクルトンにまで伝わってくるほどでした。ビスとクルトンは、フールの様子を見ながら談話しつつも、帰ろうという気にはならずにその場に居座り続けていました。なんとなく、彼の様子が気になったからです。
結局、その日は夜になってもフールの様子は変わることなく、ずっとぶつぶつ言いながら書きなぐって、また書きはじめて、を繰り返していました。暗がりの窓辺には月の光が差し込んでいます。フールの傍にはランタンがあるのでそれは分からないようですが、今夜の月はいつも以上に素晴らしい姿をしています。オレンジ色の光が月の周りを取り囲んでいて、その様子はまるで、大事にされている美しいお姫様が、護衛に守られているかのようでした。クルトンがしばらくその月を見つめていると、ビスがやっと提案しました。
「ねぇ、ちょっと散歩してから、お家に帰ろうか!」
そろそろ帰らなくてはお家の人達も心配するころです。でも、散歩するには十分の時間もありますし、何しろこの月です。クルトンが断るはずもありませんでした。
「また明日、フール」
二人は熱中しているフールにそっと声をかけて、彼の返事は待たずに基地を降り、地面にとんと足をつけると、月と星の照らす夜の世界へと歩き出しました。なんせ、今日一日は任務のような任務もしていません。目の前に幻想的に照らされる道がある。それだけで、二人はわくわくしてしまいました。
二人はとりとめもない話を続けました。《のねずみ隊》での話、その他の話、皆で体験した出来事の話、二人だけで体験した出来事の話、個々の想い出。夢幻が包み込むような夜の道を歩きながら、それらの記憶を照らし合わせるかのように、二人は思いつくままに話しました。
そうして、二人は気付きました。
ビスとクルトンは、いつも一緒にいます。いつも一緒だよね、と、皆からも言われる程、仲が良くてなんとなく一緒に行動しています。けれど、同じ時間、同じ場所、同じ出来事を共に過ごしてきていても、ビスの覚えていることと、クルトンの覚えていることは、少しだけずれがありました。そして、その時に個々が考えた事、その時に個々が思ったこと、その時に個々が評価した事は、それなりに違うものでした。
見えている世界が少しだけ違う。
感じている世界が少しだけ違う。
でもそれは、確かに同じ世界。
同じ空間を二人は生きているのです。
ビスもクルトンも、お互いに少しだけ寂しさを感じました。けれど、寂しさだけでは終わりませんでした。違うもの。それは、憧れでもあります。人がもし、同じものしか気にならなかったとしたら、人の文明はここまで成長しなかったでしょうし、個々の人生もまったく広がらないまま終わっていくことでしょう。つまりは、そういうことです。ビスも、クルトンも、お互いに違うものを持ったお互いのことが今まで以上に気になる存在になったのを実感しました。そして、お互いに違うものを持っている二人で照らし合わせた結果、今までの想い出は新しい想い出に生まれ変わったのです。
ビスというフィルターを通した世界、クルトンというフィルターを通した世界。それぞれの世界を照らし合わせた時に、生まれてくる新しい記憶。
ビスは、この作業に非常に興味を持ちました。
生まれてくる新しい発見に、非常に興味を持ちました。
これからも、一緒にさまざまな想い出を共に作りたい。そう願ったのは、ビスだけではなく、クルトンも同じでした。
さて、お互いにお互いの話を出しつくした頃、二人は、秘密基地からさらに町はずれの丘へと辿り着いていました。そこは、月見丘とよばれる場所で、月に数回、マメな猫達が集会をし、年に数回、能天気なタヌキ達が祭りを開くという場所です。ビスもクルトンも、あいにく、猫の集会もタヌキの祭りも目撃した事はありませんが、名前の通り、月日のよく見える素晴らしい丘であることは、ネズミの間でも有名だったので、《のねずみ隊》の任務として、ここで夕暮れを眺めたり、街並みを眺めたり、星空を見上げたりといったときに訪れることはありました。
今夜はここへきて正解でした。変わった輝き方をする月の照らす空に、薄っすらと浮きあがる様に見える丘。ビスとクルトンは、その丘の下から空と月と丘のてっぺんを見上げていました。
「ねぇ、あのてっぺんまで行ってみようよ」
「うん、それもいいね」
ビスとクルトンがいいあった時、ふと、ビスは足を止めました。クルトンは気付かずにしばらく歩きだして、ふとビスがついて来ていない事に気づいて、振り返りました。
「どうしたの?」
ビスは丘のてっぺんを見上げたまま固まっています。
クルトンは引き返して、ビスの隣にやってきました。
「ねえ、どうして立ち止まるの?」
クルトンの問い直しに、ビスは指差しで答えました。指されているのは、丘のてっぺん。クルトンはそちらへと目をやり、すぐに、ビスと同じく固まってしまいました。ついさっき、ビスとクルトンが共に丘のてっぺんを見上げていた時とは雲行きが変わったのでしょうか。ビスとクルトンを見つめているのは、さっきの二倍には膨らんでいる赤い月でした。オレンジとは言えません。血のように赤くて、見る者の目に焼きついてしまいます。その姿を見つめ、二人は固まってしまいました。固まった二人の目に、何かがちょろちょろと動いているのが見えます。赤くて丸い月を背景に、踊り狂うかのようにちょろちょろと動いているのは、影です。
「あれは……?」
クルトンが呟いたので、ビスの力も抜けました。赤い月への驚きは少し緩和し、今度は、ちょろちょろ動き回っている影が気になり始めました。
「サルかな?」
ビスは首を傾げます。輪郭は少し分かりづらいけれど、頭と手足、しっぽまでの形がサルによく似ている気がしました。もっとよく見ると、そのサルような影は、何か棒のようなものを持っているのが分かりました。
「サルが、棒を掲げて踊っているのかな?」
だんたんと、クルトンの言うとおりのものが見えてきました。
その様子は、髭のある毛としっぽの長いサルが、棒を振り回して踊りながら月を仰いでいる。そんな感じでした。踊りは激しいもので、動きも複雑で、ビスとクルトンにはとても真似出来なさそうなものでしたが、背景となっている赤い月によく映えており、見ていると惹き込まれてしまいそうでした。
サルが棒を掲げ、空を仰ぎました。
「なんで踊っているんだろう?」
「さあね」
クルトン、ビスの順で、そのサルの行動を真似て空を見上げます。今の空では星はあまり見えません。ただ月ばかりが目立っているのは、薄っすらと曇ってしまっているからかもしれません。
ビスとクルトンは空を見るのを止め、また、丘の上で踊るサルの姿を目で探しました。
「あれ?」
二人がそう口走るのは同時でした。どこにもサルがいないのです。引っ込んでしまったのでしょうか。それにしても、あっという間の出来事でした。裏に回ればサルに会えるかもしれないと二人は同時に想ったのですが、裏に回っても、周辺を散策してみても、どこにもあの影の主らしき者には会えなかったのです。
ただ月ばかりが、影の主を探すビスとクルトンを見守り続けていました。




