9.覚えのない罪
キャンディちゃんを慰めている間に、キャンディちゃん一家の例の花壇のあり様を知っている人達、また、改めて知った人達が、《雪狼》のお姉さんに率いられてサーモンの家へと向かってしまっていました。
さっきよりは少し落ち着きを取り戻してきたキャンディちゃんも、この事態が非常に危険であることを知っていました。サーモンの家へと走るビスとクルトンとキャンディちゃんのなかで、キャンディちゃんが飛び出て速かったのも、疑いは完全に晴れていなくとも、自分のせいでサーモンがめっためたにされてしまっていたら、という恐れが強かったからかもしれません。
キャンディちゃん、ビス、そしてやや遅れてクルトンが辿り着いた時、サーモンの家にはひとだかりができていました。家の中では入りきらないとのことで、家の外で皆話しあっています。その群衆の中には、サーモンのお父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、そして、まだ小さな妹まで出てきていました。
サーモンのお父さんとお母さん、そしてお兄さんはネズミにしては大柄な方でしたが、サーモンほど大柄な人はその中にはいません。やはり、疑いをつよくかけられていたのは、サーモン本人でした。
サーモンは、目を真丸くして、群衆で何やら聞かされていました。きっと、キャンディちゃん一家の育てていた花壇の事、そして、その花壇を踏み荒らした犯人であると自分が疑われていることにびっくりしたのでしょう。
ビスとクルトンが、キャンディちゃんを連れて近づいた時、ちょうど、サーモンが声を張り上げました。ビスもクルトンもびくっとしてしまいました。なんせ、ネズミとはいえ、大柄な体格をした《熊ネズミ》とも呼ばれるサーモンです。声を張り上げるだけで、かなりの迫力です。
サーモンはしかし、混乱していました。無理もありません。彼にとっては、おそらく、突然やってきた予想外の事態なのですから。
「いきなり来て、何事ですか! もっと僕に分かる様に説明してください。一体、何が、どうなって、僕がキャンディちゃんたちの花壇を荒した犯人になってしまったんですか!」
その迫力に、その場にいた人達も怯みました。あの、《雪狼》のお姉さんですら、やや様子を見る体制を取る程です。ビスとクルトンでも、ふだん温厚な面しか見られない事を重々知っておきながら、あまり刺激しては、暴れかねないようにすら見えました。
しかし、そんな鬼のような迫力に面しても、キャンディちゃんは震えながらも前へと出て行きました。キャンディちゃんの姿を捉えて、サーモンは少しはっとした表情を見せました。犯人が誰にしろ、キャンディちゃんにとってとてもショックな事があったのは確かなことです。どれだけキャンディちゃんが大切に花を育てていたか、サーモンも知っていました。だからこそ、サーモンには、何も言えずにじっとキャンディちゃんを見つめている事しか出来なかったのです。
「ね、え……」
キャンディちゃんは、壊れたオルゴールのように、ぽつり、ぽつりと言葉をこぼしました。まるで、その瞳からぽろぽろこぼれている涙が、キャンディちゃんの言葉そのものの形みたいでした。キャンディちゃんは、じっとサーモンを見つめて、続けます。
「違う、よ、ね?」
こみ上げてくる涙が、彼女が喋る事を妨害しているようでした。けれど、それでもキャンディちゃんは、しっかりとサーモンに訊ねました。その必死な様子は、さきほどのサーモンとはまるっきし逆でしたが、相手を圧倒させる力は、同等だとビスは感じました。
サーモンはどきまぎとした様子でしたが、しっかりと、首を振って、キャンディちゃんの両肩に手を置きました。
「もちろん、そんなこと、僕はしない。どうして、僕が疑われているかは分からないし、その花壇が荒らされていたっていわれている時間は、確かに散歩に行っていたから、僕の家族も、誰も僕のことを弁護出来ないと思う。でも、でも、キャンディちゃん、でも!」
キャンディちゃんは肩を掴まれながらも、何度も頷きました。
キャンディちゃんだって、信じたいのです。サーモンがそんなことをするなんて信じたくないのです。それどころか、この花の町にいる誰もを疑いたくないのです。けれど、キャンディちゃん達が家族総出で手入れしていた花壇は荒らされました。誰かが荒らしたのです。その犯人が、疑いたくない中にいるかもしれないのです。
「してないって、あなたが言うのなら、いいの、もう、ごめんね、サーモン」
キャンディちゃんは途切れ途切れにそう言うと、サーモンの手から離れて、駆けだしてしまいました。その場にいた人達のすべてが、キャンディちゃんを目で追いました。何か言葉をかけなければ、と、何人もの人が思ったでしょう。しかし、結局、誰もが声をかけられぬまま、キャンディちゃんの姿は小さくなって行きました。
ビスはキャンディちゃんの姿を思い起こしました。たった今、走り去ったキャンディちゃん。彼女の顔は、涙だらけでした。
皆が沈黙と共に、サーモンを振り返りました。
先程の押し問答をする元気は、ここへ押しかけた人々にも、サーモンにもありませんでした。ビスとクルトンが見守る中、やっと口を開いたのは、《雪狼》のお姉さんでした。思えば、このお姉さんに皆がついて来たのという形でした。
「今日のところはこの辺でお暇させてもらうよ。けれど、後日、話はたっぷりと聞きたい。キャンディちゃん一家の花壇をあんな風にした犯人を捕まえたいのなら、それに、協力したいのなら、応じてもらいたいものだね」
サーモンの返事を待つことなく、人々は帰っていきました。
ビスとクルトンは、居たたまれなさを感じました。二人はそっと、今にも泣き出しそうなサーモンの姿を見ました。けれど、どちらとも声をかけられません。しばらく無言の問答をビスとクルトンの間で行った後、やっと勇気を持ったビスがサーモンに話しかけます。
「あのさ、サーモン……」
しかし、その勇気は、サーモンの大きな声で打ち消されました。
「悪いけど……ッ!」
泣きだしそうなのを抑えているのは明らかでした。必死にこらえながら喋ろうとするサーモンは、痛々しくも、ちょっと怖いとビスは思ってしまいました。サーモンの大きな声と、大きな体が、そう思わせてしまうのです。今回のことも、それが禍してしまいました。ビスはそんなサーモンのことが、気の毒でした。
でも、サーモンは優しいネズミです。こんな事態に陥っても、サーモンの優しさという本質は変わりませんでした。だから、サーモンはすぐに大声を出したことを反省したようで、少しだけ自責のような咳払いをしてから、肩を落とし、丁寧に言いなおしました。
「……悪いけど、今日は一人にしてくれないかな?」
今は、言われた通りにしてあげるのが、一番かもしれません。ビスとクルトンは、そう思い、サーモンを家に残してとぼとぼと帰っていきました。




