おまけ
みなさま、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけましたでしょうか。
「古城に住む悪魔」の投稿を開始して約二十日間、とても充実した毎日を過ごさせていただきました。人に見てもらうということが、適度な緊張感をもって文章の作成にあたらなければならない事など、色々と学ぶべきことも多くありました。
さて話は変わって、私にとってはこの物語は中編と言える長さのものになります。執筆日数約一カ月半ぐらいかかりました。サブタイトル1つにつき約一週間といったところでしょうか。
お気づきでしょうが、本来サブタイトル1つの長さの物語を、投稿するにあたって分割させていただきました。読みづらいところとかありましたでしょうが、こうして無事完結出来ましたのも、みなさまが読みに来て下さっているのを実感できたからです。
ということで、最後までお付き合いして下さった皆様に感謝の気持ちを込めて、本編では完全にあて馬役のクルトと、ヘルマンのその後をおまけで書いてみました。
大学を卒業して4年。結局、シリングスへと戻ることなく就職をしたクルトは、友人の結婚式の為に久々にシリングスの町を歩いていた。
あの頃と変わりない町並み。川に沿うように店が連なり、かつての幼なじみで初恋の少女が働いていたパン屋の前を通りかかる。
想いを伝える勇気がなく、まだ大丈夫だ、一番彼女に近いのは自分だと思っいこんでいた時にはもうすでに歯車が動き出していた。
ほんの一瞬の間に、彼女は他の男に連れ去られてしまっていた。彼女の幸せを願い――、いや、彼女が幸せであることを見るのが辛くて、シリングスから足が遠のいてしまっていたのだが……。
彼女は今もあの古城で暮らしているのだろうか。
そう思って、川向かいの山の中腹にあるであろう城に目を向ける。しかし、緑の覆い繁る季節だ。見えるはずもなかった。
カランと、鈴の音と共にパン屋の扉が開き、一人の少女が出てきた。
一瞬、彼女かと思った。
しかし、少女は彼女よりも利発そうな顔立ちをしていて、こちらに気づくと、目を瞬く。
「クルトお兄ちゃん?」
「え……」
なぜ自分のことを知っているのか。大学を卒業してからはシリングスへは帰ってきていない。
少女はまだ十五、六にしか見えない。四年前といえば、まだ十二、三歳ぐらいだろう。そんな子供に知り合いはいなかったはずだが……。
「あ……、アンナ?」
そこが、彼女が働いていたパン屋で、幼なじみの彼女に懐いていたパン屋の娘がいたことを思い出した。確か、そんな名前だったはずだ。
「覚えていてくれたんだ」
ふわりと、親しみを込めた笑みを見せられ、まだ自分はこの町の人間から忘れられた存在ではなかったのだと知る。ゆっくりと近づいてくるアンナからは懐かしいパンの匂いがした。
「久しぶりだね。お兄ちゃんは変わらないね」
「アンナは綺麗になったね」
女性を褒める言葉を言い慣れていないクルトだったが、思いの外、すんなりと言葉は口をついて出てきた。
「あはっ、それって社交辞令ってヤツでしょう」
それでもくすぐったそうに笑っているアンナは、純粋で清々しく、都会での生活に疲れて、すさんでいた心を温かくしてくれた。
(あ……――)
瞬間、クルトはシリングスに戻ってきて良かったと思った。たったこれだけのことだったが、アンナに会えて良かったと思った。
友人の結婚式の為であったが、アマーリエとは共通の友人だ。教会で会う可能性は高かったが、正直顔を合わせて普通に話せる自信はなかった。でも、今、大丈夫だという確信が胸にわく。
「ありがとう、アンナ。会えて嬉しかったよ」
「?どういたしまして……かしら?でも何もしていないんだけど?」
それから少しだけ会話をしてアンナとは別れた。
川沿いの道を、先ほどより軽い足取りで歩く。
アンナに、明日の夕食の約束を取ることが出来た。誘った時、驚いたように一瞬口を閉ざしたが、すぐに笑みを見せてくれたアンナは否とは言わなかった。
これからどうなっていくかは分からない。だが、もう二度と過去の過ちを繰り返さないでいようと足を止めると、もう一度、城のある山の中腹を見上げて、自らに誓った――。
**********
ヘルマンは台所で夕食の準備をしていたところだった。もう一品作れば完璧だと思っていた時だった。
「あ……」
裏口の扉が開き、銀髪の少年が姿を現す。
「おや……」
少年と視線が合い、お互いしばらくの間見つめ合う。だが、先に動いたのは少年の方だった。
「まさか――、ヘルマン?」
「……もしかして、ヨハンさまで?」
ヘルマンの脳裏に、かつての城主と契約していた悪魔の、使い魔の姿が蘇る。だが、たしかこんな小さな子供の姿をしていなかったはずだと首を傾げる。
一方、ヨハンはスタスタと勝手知ったる様子で、奥のテーブルに近づくと皿に盛りつけられた夕食を一瞥して、眉間に皺を寄せた。
「これじゃ駄目だよ」
「はい?」
ヘルマンは耳を疑った。
完璧だと思っていたが、何かおかしなものでも入っていただろうか。
ヨハンの隣に立ち、同じく料理を見下ろすがおかしなところは見当たらない。
「どこが……駄目なのでしょう?」
首を傾げると、ヨハンは深々と溜息をついた。
そして一つ一つの料理を指差し、説明を始める。
「いいかい。これ、アマーリエさんの苦手な野菜が入ってるし、これはマスタードを入れたでしょう?もっと薄くしないと……。アマーリエさんは食べれないの。すぐ涙目になるんだから。それにこれは――」
結局、駄目だしされた料理は全てだった。
どうやら、ヨハンが言うことには料理自体がイマドキではないらしい。町に食べに出かけろと言われても、ヘルマンは自縛霊だ。この城から出ることは出来ない。
それを告げると、ヨハンは再び深々と息を吐いた。
「仕方ない。僕が作るよ」
ヨハンの言葉に、一瞬、耳を疑う。
ヘルマンが右手だけになって、城を彷徨っていたのはもとはといえば、この少年のせいなのだ。時の城主の呪いを解いてもらう為に、この少年が提案した賭けに乗ってしまったのがすべての間違いだった。賭けの内容は、一週間以内に、ヨハンの主人が持つ使い魔との契約書を探すこと。今思えば、絶対に見つかりもしないものだったのだ。賭けに負けたヘルマンは、結局命を取られてからもずっと、その契約書を探していたのだが。
一瞬、何かの罠かと思ったが、思えばすでに彼はあの悪魔の使い魔ではない。しかも、少年の口から出てきた言葉に、何度今の城主の名前が含まれていたことか。どれほど彼女に気を配っているのかうかがい知れる。それに彼の纏う雰囲気は昔とは及びもつかないほど柔らかい。
ヘルマンは信用することにして、軽く頭を下げる。
「ではよろしくお願い致します。アマーリエさまもお喜びになりましょう」
「あたりまえだろ」
少し照れたような少年にその場を任せると、ヘルマンは台所を後にした――。
こうして、ヨハンは再び城で生活をすることになり、アマーリエをいたく喜ばしたのでした。
以上です!
彼らは今後、上手くやっていくと思います。きっと古城での生活はより賑やかになって楽しく過ごせると思います。
では、次回作もよろしかったら読んでやって下さい。一応、キリよく12月1日投稿開始予定です!詳しくは活動報告にてお知らせします!




